67 炎系の精霊のお勉強
剣術大会が無事終わり、ホッとしたのも束の間。
「もうすぐ中間試験だな」
「げぇ!」
これに驚いたのは、トールだけだった。
「何で皆、落ち着いているんだよ! あ……ここにいるのは、トップクラスの人間だった……うわぁ」
「トール、また教えてやるから」
「頼む! 前が良すぎたから、家族も変に期待しててさ!」
実際、トールの中間試験の結果は普通だ。
けれど、家族はそんなに取れないだろうと、落第ギリギリの点数じゃないかと予想していたという。
「私はそれより、精霊の授業をして欲しいのですが……」
「あぁ。もうそろそろやらないと、精霊が拗ねるな」
「もう、遅いんじゃ……」
ドリスが心配そうにリーナの精霊である、ブリギッドに目を向けた。
ブリギッドはそっぽを向いて、アンディの顔を見ようとしない。
「ジン、ブリギッドへの指導進度は?」
『一応、一通り叩き込んで、無理無理納得させた。最近では、魔法を使えとは言わないだろ?』
「はい。言いませんわ」
『……リーナに負担がかかるって分かったから、辞めただけ』
『それが分かるだけでも、進歩だと思うよ』
アイリスがフォローするが、アンディは渋い顔でブリギッドを見た。
「いいか。まずは、私に従ってもらう。そうしなければ、リーナにも迷惑がかかるからだ。特にブリギッドの属性は炎。しっかりコントロール出来るまでは勝手に使ってはいけない。約束出来るか?」
『リーナのためだ。……約束する』
ブリギッドはやっとアンディの目を見て、そう答えた。
この後、リーナとアンディは精霊授業をすると言うので、二人きりはまずいと思ったドリスも、一緒に授業を受ける事になった。
「じゃあ、俺らは勉強に力入れるから!」
トールは、まだドリスと居たいと思うエルを引きづりながら、立ち去った。
「そう言えば、王から言付けがあったのを思い出した」
「誰に?」
「アルベルツ、お前だ。精霊の羽を届けてくれた礼がしたいと言っていた。何か要望はあるか?」
「今のところないなぁ。保留で」
「わかった。そう伝える。ただ、何かあったら、すぐに言えとの仰せだ。私か、お前の父親に言えば、すぐに通してくれるそうだ」
「私の父に?」
「彼は有能な部下らしい。それは、王城に行った時に分かったろ?」
「えぇ。お陰であの方々に会わずに済みましたわ」
「ただの一師団の団長だと思っていたのだけど……」
お父様って只者じゃないの? まぁ、あの剣技を見たら、只者じゃないのかな?
悶々とドリスが考え込むと、アンディは苦笑した。
「そんな考え込むな。とりあえず、お前の父親はロザリファ王の覚えがめでたいと思っておけ」
「ドリス。王城勤務の者は、ある程度秘密を持っているものですわ。それは騎士団も同じです。ちょっとくらい、秘密があったって良いではありませんか。それはご家族を裏切るものではないはず。家では、良いお父様なのでしょう?」
「……うん。そうだね。お義兄様も商会経営で、黒いことがありそうだし」
「その言い方ですと、誤解を受けますわよ?」
「黒いことも、守るものがあってこそ……って思うことにする!」
やっとドリスに笑顔が戻り、ホッとした表情のリーナ。
そんな二人を見て、アンディはひっそりと思う。
「黒いこと」か。ロザリファ王は問題ないと思うが……曲者だしなぁ。
そちらは良いとしても、息子の第二王子がコソコソしていることが、道理から外れないことであって欲しいのだがな……
アンディの考えていることが伝わったかのように、横にいたリコが、小さく頷いた。
精霊の授業は、当たり前だが、ドリスが受けたものとは違った。
「この蝋燭に火を灯すのが、最初の訓練だ」
机の上には、用意された蝋燭が五本立った状態で並んでいた。
「これは、小さい炎を出す練習だ。念のため、水も用意してあるが、なるべく使いたくない。ブリギッド、わかるな?」
『要は小さい炎になるよう、調節すれば良いんでしょ!』
「ふん!」とそれくらい出来るわよとばかりに、手をかざすリーナの合図で、ブリギッドは蝋燭に集中する。
ポポポポポッと、五本の蝋燭に規則正しいリズムで火がついた。
「で……出来ましたわ!!」
「うん。いいな。次はつけた火を消してくれ」
「そんなことが出来るのですの!?」
「炎の精霊は、火の調節が出来るのですよ。やってみればわかります」
リーナと同じ炎の精霊憑きである、リコが答えた。
「ブリギッド、お願い」
『任せて』
リーナが手をかざすと、今度は静かに火が規則正しく消えていった。
「成功だな。よく頑張った」
「ありがとうございます!」
「ブリギッドもよく我慢した」
『わ……私はリーナの指示に従っただけなんだから!!』
「よくブリギッドに指導したな。ジン、アイリス」
『大変だったなぁ。これで報われたよ』
『ブリギッドは一生懸命でしたから、出来ると思っていました』
結局、水の出番はなかったので、リコと一緒に、ドリスが片付けることになった。
「申し訳ございません。ご令嬢にこんなことを」
「気にしないでください。下位貴族はこんなものですし、小さい頃を思い出しました」
「ドリス様が、水汲みをしていたので?」
「当時は貧乏でしたから、皆でやっていました。良い点もあるのですよ。もし、女官になれなくても、侍女として王城に上がれる力がつきますし」
そう言いながら、流し場に水を流した。
「ドリス様が、侍女ということはないでしょう」
「そうですか? 合っていると思うのですが……」
「ドリス様は革命者だと、私は思っております。この国で精霊が視える時点で、もう特異な存在ですし。……歴史に大きく名を残すようなことを成し遂げてしまいそうですね。実際、ロザリファ初の精霊魔法士ですし」
「それは私がたまたま最初ってだけですよ! 歴史に名を残すなんて……夢のような話、ですね」
戻ると、二人はもう、帰り支度を終えていた。
部屋を出て、アンディとリコと別れ、リーナと一緒に女子寮へと進んだその時。
目の前に、ライオンを連れたフードを被った人が立っていた。
「行きなさい!」
フードを被った賊は女性の声で、ライオンに指示をする。
ライオンはそれに応える様に、こちらに向かって走って来た。
「アイリス!」
『はい!』
ドリスはポケットに入れていた種をまとめたものを掴み、相手にそれを見せる様に、手のひらを上に向ける。
すると、種は見る見るうちに成長し、ライオンはつるに縛り上げられた。そして、一緒に成長した花の形をした食虫植物が、ライオンの顔に向かって花粉の様なものを吐き出した。
その粉を浴びたライオンは、眠ってしまった。
「ちっ!」
舌打ちすると、ライオンは消え、フードの女の背中に、魔法陣が浮かぶ。
その魔法陣の中にフードの女は消えた。
「どうした!!」
さっき別れたはずのアンディとリコが戻って来た。
「賊に……襲われました」
「とりあえず、これ、なんとかするね」
ドリスが成長を促したツルと食虫植物が、うねうねと廊下を彷徨っている。
「お願い。 種に戻して」
『はい。皆~、戻って~』
するとシュルシュルと種に戻って行き、ドリスの手のひらに収まった。
「ライオンを連れたフードを被った女に襲われたの。最後は空間魔法使って逃げたみたい」
「そうか……また報告が必要だな」
女子寮と男子寮の警備をしていた兵士達に報告し、警戒を強めてもらった。




