66 剣術大会決勝
本来なら、ここで三位決定戦があるが、過激派子息の失格が確定した今、三位はエルと戦った、中立派の子息のものになった。
なので決勝は、トールvsエルで行われる。
「さぁ! どちらが勝つと思います? ドリス」
「どっちも……」
「そこは! エルでしょう?」
「どっちも勝って欲しいもん! だって、剣を交わした仲だから」
「そのセリフ……男らしいですわ!」
「ふふふ」と笑うリーナに、ドリスはフィールドの方を向くことにした。
ドリスは、自分の顔が真っ赤な事に気づいていない。
そこも可愛いと、リーナは含み笑いをするのだった。
決勝戦とあって、周りはざわめいている。
決勝に進んだ二人は優勝候補ではあったが、その中でもあまり注目されていない二人だった。
エルは最近まで、中立派なのにも関わらず、過激派と勘違いされており、あまり応援したくはない対象だった。
トールは、中立派ではあるが、見た目は眼鏡をかけているせいで、あまり強くないと思われていた。
蓋を開けてみれば、どちらも中立派であり、有力とされる人物を倒し、そして過激派に勝ち続けた。中立派・穏健派にとっては、ちょっとした英雄だったのだ。
「正直、ないと思われていた二人だよな」
「そっちのクラスではそうかもしれないけど、うちのクラスではダントツだったよ。ただ、アピッツには負けて欲しかったけど」
「実は中立派って聞くまで、あいつが優秀なこと、嫌だったからな」
「へぇ。テストの成績もいいのか」
「うちのクラスでは二番目」
「一番は?」
「そりゃ、アンディ殿下に決まってるだろう?」
「ファルトマンは?」
「あいつは普通。けれど、運動神経は良い。乗馬は一番だからな」
「中立派から有能な人間が出て来て、いい気分だ」
中立派は皆、したり顔だった。
エルとトールがフィールドに姿を現し、「うおー」と言う猛々しい雄叫びがあちこちで聞こえる。
剣をお互いに構えると、さっきまでの歓声が嘘のように静まり返った。
「始め!」
審判の声が聞こえた瞬間、二人はすぐ互いに突っ込み、激しい打ち合いとなった。
両者素早く切り返すが、相手が受け止める。ひたすらその繰り返しだった。
一見すると、じゃれて遊んでいるようだった。二人が笑顔で楽しそうに剣を振っているせいだ。
その素早い剣技は、演武を仕込んでいるのではないかと思うほど、芸術的で、それでいて実践的なものだった。
長い打ち合いが続く。
そして、ついにキィンという、金属音が鳴ったかと思うと、トールの手から剣がなくなっていた。
「勝者、エルヴィン・アピッツ!!」
静まり返った会場が嘘のように湧き上がる。
「アピッツー!! 凄かったぞー!!」
「ファルトマーン!! よく頑張った!!」
二人に賞賛の拍手が送られ、照れながらそれぞれの出入り口に戻って言った。
そして、表彰式が始まった。
表彰状は、なぜかアンディが渡す役目を得たらしい。
普通その役目はこの国の王族なのだが、第二王子の派閥である過激派が、失格になるという事態になったため、急遽アンディに役目が回って来たらしい。
ちなみに王族がいない場合は、大会責任者の教師がやるそうだ。
三位の選手が表彰状を受け取った後は、トールの番である。
トールはアンディの前に立つと、笑顔で表彰状を受け取った。
「おめでとう。惜しい結果になったが、今後も励むように」
「お前もな」という目をトールがすると、アンディも負けじと「次は勝つ」と目で訴えた。
最後はエルだ。
緊張の面持ちでアンディの前に立ち、表彰状を受け取った。
「おめでとう。素晴らしい試合だった。是非来年はここで、剣を交したいものだ」
「有難きお言葉に……ございます」
エルは終始緊張して、その場を後にした。
「終わりましたわね」
「エル、緊張してたね」
「まぁ、私達はそれが緊張と分かりますけど、他の方には、クールな姿に惚れ惚れするといった声が聞こえてきますわ」
「エルって、良い意味で勘違いさせる天才?」
「天然ものですから、仕方がありません」
ドリスとリーナも帰るために、席を立ち上がると、そそくさと帰る一団を見かけた。
過激派だ
ドリスは一瞬見ただけだったが、過激派の表情は硬い。
「自業自得ですわ。王に説教でもされれば良いのです」
リーナは厳しい目で非難しつつ、冷たい声で独り言を呟いた。
無事、剣術大会が終了し、エルとトールと合流した。
「二人ともお疲れ様」
「とても良い試合でしたわ」
「ありがとう」
「いや~、俺がここまで来ると思わなかったよ! ドリスのお陰!! ありがとう、鍛錬に付き合ってくれてさ」
「どういたしまして! またやろうね」
「そういえば、アンディは?」
「大会委員だからか、委員控え室に引っ込んで行ったよ。まだ、仕事があるみたいだ」
「先に戻っていて良いって」
「そっか。あれ? リコさんは? いたの?」
「リコさんなら、陰でひっそりとアンディを見守ってたよ」
「一緒に帰ると思う。侍従だし」
「なら、私達も戻りましょう」
この日は学園には戻らず、寮に直接帰った。
次の日。
教室に行くと、男子達の声が聞こえてきた。
「昨日はさ、出場選手優先で風呂に入れたらしい」
「しょうがないよ。実際、試合で汗臭かったし」
「食堂の食事も、選手は特別メニューだった。あれ、美味しそうだったなぁ。来年は選ばれたい!!」
「俺も!」
「俺は特別メニューだけ食べたい」
「そっちかよ!」
ドリスがそれを聞き終わると、良いタイミングで、リーナが話しかけてきた。
「おはよう、ドリス。随分と熱心に聞いていましたのね」
「リーナ、おはよう。特別メニューってなんだろうと思って」
「あぁ。お兄様方に聞いたことがありますわ。なんでもその日だけは、我がブローン家のシェフを雇って、特別な食事を提供するのです。乗馬大会の出場者に選ばれれば、ドリスも食べられますよ?」
「本当!?」
「頑張りましょうね」
ボイス先生が来たので、会話はそこで終わってしまった。
「皆、剣術大会お疲れ様! うちのクラスから表彰台に登れる者は出なかったが、皆、よく頑張ったと思う。そして……その剣術大会で起きた、反則行為により失格になった者と、誤審をした審判役の教師についての話だ」
失格になった生徒は、騎士団への入団が出来なくなったそうだ。だが、それだけではなく、王城にも入れなくなってしまった。
この事態に、さすがの上位貴族達も驚きを隠せない。
「このことを、王は大変ご立腹だ。なぜなら王が学生時代、全く同じことが起こったからだ。この生徒は今日をもって退学することになった。しかも廃嫡されることが、正式に決定した。……なぜ俺が、この話をしたか、わかるか?」
ボイス先生の睨みに、生徒は石の様に固まった。
「今後、このような愚かなことをした生徒は、貴族になる資格なしと判断されるということだ。それが例え、嫡男であっても、唯一の直系の男であっても、それが覆る事はない。お前らも気をつけるように」
この言葉に、顔が青くなる生徒もいた。
教師の方は、本日付けで解雇。しかも、貴族身分を剥奪された。
「次の大会は、乗馬だ。同じ様に何か問題を起こした生徒には、それ相応の処分が下る。覚悟しておくように」
ボイス先生のドスの効いた声が、教室に響いた。




