65 剣術大会準決勝
時は少し遡る。
トールと過激派子息の対戦が始まった。
まずは睨み合う二人。最初に仕掛けたのはトールだった。
懐に飛び込もうとするが、相手に躱されうまくいかない。
今度は、素早く打ち合うことにしたらしく、剣の打ち合いが始まった。
そして、首に剣を持って行こうとした、その時……
「待った!」
赤い旗を揚げた審判から待ったがかかり、二人ともゆっくりと剣を下ろした。
「ファルトマン! 貴様、首ではなく目を狙ったな?」
剣術をする時の決まりとして、目を狙うのは禁止事項であった。
「いえ! 首を……」
「言い訳は聞かん! アナトール・ファルトマン、反則行為の為、失格」
審判の顔を見て、「はぁ?」 と顔をしかめるトール。
それに対し、過激派子息は、うっすら笑みを浮かべていた。
そのままトールは退場になるかもしれないと思ったその時、審判団に動きがあった。
「異議あり」「異議あり」「異議あり」
生徒の審判員が全員白い旗を揚げた。
ちなみに赤い旗は、反則行為を示し、白い旗は、反則でないことを主張するためのものだ。
「ファルトマンに、何も落ち度がなかったことを断言する」
「同じく」
「右に同じ」
「なんだ? 生徒の分際で、俺の審判に納得が出来ないとでも?」
睨みを効かせる審判役の教師。
それに屈しないのが、ワシュー王国の王族でもある、アンディその人である。
「ファルトマンには落ち度がなかった。落ち度があったのは、そちらだ」
アンディは過激派子息に向けて、言い放った。
「貴殿はファルトマンが、剣を首に持って行こうとした瞬間、少し屈んで、目を剣の先に持ってきた。それは、違反行為を作り出そうとした、騎士にあるまじき行為である。よって貴殿こそ、反則行為のため、失格とする」
「同じく。この目でしっかりと見ていた」
「右に同じ。あんなあからさまにやるとは……恥を知れ!」
三人共、相手選手である過激派子息に向かって、赤い旗を揚げた。
その後、他の審判役の教員達が駆け寄り、審判団の審議の結果、トールの勝利が確定。
過激派子息と審判役の教師は、取り調べのため、別の審判役の教師達に連行されて行った。
「嫌~な審判だったんだね」
「……ドリス。今の試合。まさに、貴女のお父様の再現ですわ」
「どういう事?」
「先ほども言いましたけれど、ドリスのお父様は、学生時代に出た剣術大会で、同じ様に言いがかりをつけられたのです。恐らく、目を狙ったと言って、反則を取ろうとしたのでしょう」
「もしかして……それを知っていて、実行したってこと?」
「恐らく。にしても、変ですわね。審判役をする教師であれば、このくらいのことは知っていたはず」
「ただ……若そうな先生だったよね」
「では急遽、代理を立てたのでしょう」
「そうだね。あとは先生達に任せれば良いか!」
「とりあえず、過激派は考えが浅いという事が、浮き彫りになる結果ですわ」
リーナは「いい気味」と呟き、ほくそ笑んだ。
この結果に、苦虫を噛んだ人がいた。ロザリファの第二王子、バシリウスだ。
「っち。中立派の連中にしてやられるとは……」
「バシリウス様。違反はダメですわ!」
「エミーリアは優しいね。でも、綺麗事ばかり言ってられないのが、貴族なんだ。よく覚えておいて」
「……それは、悲しいですわ」
「エ……エミーリア。そんな悲しい顔しないでくれ。な! な!」
本気なのか、茶番なのかわからない二人のやり取りに、周りの中立派、穏健派の人々は呆れていた。
大丈夫か? うちの王族がこんなので
バシリウスのクラスの中立派、穏健派の人間は、バシリウスの我儘に振り回され、疲れ切っていた。
剣術大会も本来出場するはずの者が、バシリウスによって懐柔された、このクラスの剣術の教師によって、出場出来なくなる事態。
そして今回のこの行動に、中立派、穏健派の人間は、バシリウスに怒りすら感じていた。
自らの行動に、皆が呆れ、怒りの眼差しを向けられていることをバシリウスだけが知らなかった。
場所は変わって、剣術大会出場者控え室。
「トール!」
「おぅ、エル」
「大丈夫だったか?」
「全然ヘーキ! アンディ達がちゃんと見ていてくれたお陰で、助かった」
「災難だったな」
「……俺はエルが受けると思っていたよ」
「え?」
「だって、ずっと過激派と当たっているだろ? そしたらまさかの俺だもん。焦ったー」
「そうか……その可能性も……」
「ただ、エルがこの前まで、過激派だと思っていたから、奴らも睨みは効かせるが、反則行為はしなかった。俺はちょうど良い頃合いに出てきた、中立派の生贄だったのだろう」
「これ……王子も関わっているのか?」
「さぁな。だが、この反則が覆らなかったら、俺は騎士団には入団出来ず、家にも何らかの圧力がかけられるか、謂れのない罪を押し付けられて、没落していたかしたかもな」
「……奴らは何もかもが浅い。それはないだろう」
「今はな。一昔前で、誰も助けてくれなかったら、あり得た。過激派が表立って動き出したって事だ。エル。次の試合、気を付けろよ」
「わかってる」
トールは、エルにいつものように肩をポンと置いて、離れた。
とあるクラスのご令嬢は、今までの試合を見て、目をキラキラ輝かせながら、フィールドを見ていた。
「素敵! ……アナトール様」
その呟きは、誰の耳にも届かなかった。
エルの出番になり、フィールドに出て来て、対戦相手の顔を真っ直ぐ見た。
相手は、中立派の実力者だった。
「始め!」
その声を聞いた瞬間、相手が突っ込んで来た。
エルは一度は躱すも、二度目は、自分の剣で受け止めるしかなかった。
その後、剣の打ち合いになり、両者譲らなかったが、速さはエルの方が上だったので、一瞬の隙をついて、首に剣を添えた。
「勝者! エルヴィン・アピッツ!」
相手選手は直ぐに顔を崩し、柔和な顔になって、手を差し伸べてくる。
「楽しかったよ! また、やれない?」
「あぁ、時間が空いていれば、良いぞ」
同じクラスだったが、あまり話したことがなかったので、こんな奴だとは知らなかった。
すると、それを察してか、相手選手は苦笑いをした。
「過激派だと思って、警戒してたんだよ。やる時にはこちらから声をかける」
そう言って、それぞれの出入り口に向かった。
「これよ! これが見たかったの!」
「リーナが見たかったのって、男の友情?」
「女性には、あまりない世界ですわ。ドリスは違いますけど」
「この国の貴族には……だろうね。見てて気持ちいい」
「全員これなら良いんですけど」
バシリウスがいるクラスの方向を向いて、二人で密かにため息をついた。
トールにも……春が!




