59 嵐の前の静けさ……ってやつ?
ドリスはその日、義兄ローレンツの商会に来ていた。
「おぅ! 久しぶりだな」
「お久しぶりです、ブルーノさん」
今日は、ブルーノに話を聞くために来たのだ。
「スパイの件だな。テレシアに関してはもう一人、男が確認された。それに……知ってるんだろ? ギラザックの件」
「はい」
「こっちにも回って来た。ギラザックと繋がってる貴族を探せ……だとさ」
「それを聞く事は?」
「今わかっている範囲では、どうも過激派の動きがキナ臭いな」
「過激派に注意……ですね」
「それだけじゃないかもしれないが、注意が必要だ。で? 旅はどうだった? アピッツのガキとはどうなんだよ!」
ブルーノは、ニヤニヤしながらドリスを見ていた。
「そ……れは……」
ドリスが頬を少しピンクになったのを見て、男二人はドリスの顔を覗き込んだ。
「おぉ!?」
「え? ドリス。どうなんだ!!」
「……黙秘します!!」
「そうか……一丁前に……」
「まだ何もないですから!!」
「へぇー?」
語尾を上げながら言うブルーノに、ドリスはムカついていた。
それとドリスは一応、懸念事項も二人に伝えておくことにした。
「もう知っていると思うのですが、近々ギラザックにいる魔獣達が、大量にロザリファに避難してくる可能性があるそうです。殿下がおっしゃっていました」
「今度は魔獣か。話が通じるとはいえ、飢えていては危険だな」
「はい。対処は国が考えてくれると思うのですが……」
「まぁ。俺達は……深く介入は出来ないわな」
「やっぱりそうですか」
「俺はただの情報屋だぜ? それは国やお偉い方の仕事だ。まぁ……出来るのは、注意を促すことくらいか?」
「そうだね。話だけ、受け取っとくよ」
穏やかな笑みを見せたローレンツに、少しホッとしたドリスだった。
「では、本日はこれで、失礼致します」
「おぅ。また良い情報、教えてくれよ」
「はい。ブルーノさんも、お気をつけて」
「ドリス。今日は遅くなるって、皆に言っておいてくれる?」
「わかりました。ローレンツ兄様」
そう言って、ドリスは裏口に通じるドアから出て行った。
扉が閉まり、足音が遠のいたところで、男二人が笑みを消し、ため息をついた。
「「……はー……」」
二人のため息が、さらに部屋の中を寂しくさせた。
「厄介なことに巻き込まれたな、お前の義妹」
「強い精霊が憑いていたって時点で、巻き込まれていたさ」
「それだけじゃねぇよ。例の三人組の令嬢に、泣かされたらしいじゃねぇか」
「そっちか。それは、ドリスが対処しなければいけない問題だ。いずれこうなっていたさ。早いうちにこうなってくれてよかったよ。ドリスのことだ。次は大丈夫だろう」
「厳しいのか優しいのかわからねぇな」
「それはそっちも同じだろう?」
「……にしても、本当にすごいな。国内だけでも過激派から睨まれてるし、その上、ギラザックもとは……」
「どうして俺の義妹は、こんなに人気なのかね」
「ただでさえ、周りは曲者揃いだからじゃねぇの?」
「それ、そっくり返す」
「違いねぇ」
「ははっ」と笑い声をあげると、二人は真剣な顔になった。
「キナ臭いのはテレシアも同じだ。ギラザックと合わせて、動向を追う」
「よろしく頼む」
ローレンツはブルーノに硬貨の入った袋を渡し、黙ってそれを受け取った。
ちょうどその頃、リーナは王城に登城していた。
「バシリウスとはどうだ?」
「どうだと尋ねられましても……」
リーナは、第二王子の婚約者として、王に呼び出されることがたまにあった。
この日はたまたま、その日だったのだ。
「……相変わらずということだな。分かった。今日呼び出したのは、その件ではない。精霊のことだ」
「そちらでしたか」
「こちらは許可を出したので、返答待ちだ。結果はアンディ殿下に伝える。殿下から精霊魔法の指導の話が出たら、受けてくれないか?」
「勿論でございます」
「それと、あの件は、其方の思う通りに」
「重ね重ね、ありがたきことにございます」
リーナは帰宅するため、門まで歩いていると、厄介な奴に会ってしまった。
「なんだ? また王城へ来ていたのか?」
この国の第二王子、バシリウスその人だった。一応、リーナの婚約者のはずだが、何故かエミーリア・ボーム男爵令嬢が、慎ましく庇護欲を誘う不安気な顔で、バシリウスの横に控えている。
「バシリウス殿下……えぇ。陛下に参上するように申しつかりましたので」
「父上に? 何用だ?」
「殿下が知ることではございません。内容については、陛下にどうぞ」
「はっ! お前、俺の立場を分かって言っているのか?」
「えぇ。存じておりますわ。陛下から頼りにされていらっしゃるなら、私がここにいることも十分理解出来たはず。……ここまで申し上げてもお分かり頂けないのですか?」
「お前!!」
「お待ちになって! バシリウス様、癇癪はいけませんわ」
「エミーリア、君は優しすぎる。こいつには俺がしっかり言い聞かせねばならないのだ」
リーナは、何の茶番だという顔で、バシリウスとエミーリアを見ていたところ「騒がしいな」と、口を挟む声がした。
声のする方へ向くと、そこにはアンディがリコを伴って現れた。
「リーナが来ていると知って、見送りに来たのだが……こちらの王族は随分横暴なようだ」
「アンディ!! ここは俺の城だ。人質の分際で、他国の者が意見するな!!」
「おや? これは外交問題になるのではないか? 私は人質ではなく、遊学に来ているのだ。しっかり伝わっていないようだな。それに、王族としての在り方を教えたつもりだったのだが、貴殿には伝わらなかったのか」
「御託を並べるな!! 小国の分際でしゃしゃり出てくるなと言っている!!!」
アンディが険しい顔をしてバシリウスと対峙していると、そこにとても威圧感を与える人物が通りかかった。
「何の騒ぎだ?」
声を発したのは、淡い金髪に碧眼の美青年で、この国の王太子シュテファンだった。
「バシリウス。何だ? この騒ぎは」
「に……シュテファン様」
「王族としては随分情けない。少し聞こえていたが、その程度のことで大声で騒ぐなど、下品極まりないことだ。それを注意してくださった、アンディ殿下になんたる無礼。アンディ殿下、申し訳ない」
「シュテファン殿下が謝る事ではございませんが、ありがたく受け取っておきます」
「かたじけない。重ねて申し訳ないがアンディ殿下、アンジェリーナ嬢を門まで送り届けてはもらえないだろうか」
「そうするつもりでしたので、喜んで。さあ、リーナ」
「ありがとうございます」
アンディ達が去って行ったところで、シュテファンが口を開いた。
「相変わらず、成長がないな。それに何だ? その女は」
「その女ではありません! エミーリア嬢です!!」
「婚約者を蔑ろにして、愛人を王城に上げるなど、不届き千万! 即刻、この王城から立ち去って貰いたい」
「兄上!!」
「……今、何と言った? 私はもう、お前を王族とは思ってはいない。先ほど、俺の王城と言ったのが聞こえて来たが……まさかお前ではないよな?」
「……その通りではありませんか!」
「お前にはもう、王族の資格はない! さっさと出て行って欲しいものだ。もし、私の大切なものに手を挙げたなら、即刻叩き出してやろう」
そう言い残し、シュテファンは去って行った。
残されたバシリウスは、怒りの形相になりながらも、自分の手を強く握り、怒りを留めた。




