57 何と! 王太子に会っちゃいました〜!!
次の日の午後、アピッツ侯爵領からの馬車がブローン公爵領邸へ入って来た。
「アピッツ様。迎えの馬車が到着致しました」
それを聞いたエルは、しょんぼりした顔になった。
「近いからなぁ。エルの領は」
「仕方ないですわ」
「俺のところはどう急いでも、もう一日はかかるからなぁ」
「いいなぁ。トールは」
「何言ってるんだよ。すぐに来て貰える方が良いに決まっているだろうが」
「トールの言う通りだ」
「また、学園でね。エル」
「ドリス……」
エルは後ろ髪を引かれながら、泣く泣く馬車に乗って、アピッツ領へ戻った。
その次の日。
今度は、ファルトマン伯爵領から馬車のお迎えが来た。
「じゃあな。すごく面白い旅だったよ! また学園で!」
トールとはあっさりと別れ、ファルトマン伯爵領へと出発した。
残るドリス、リーナ、アンディ、リコは、次の日の早朝に出発する事になった。
「大精霊の羽を運ばなければならないからな」
「早朝でも、王城って開いているの?」
大精霊の羽を届けるため、王都に入ったらまず、王城を目指す事になっていた。
「いつでも開けてくれる。今回は、事前にいつ頃着くと言ってあるからな。すぐ通して貰えるだろうが……」
「気分が悪くなる兵士が多く出てしまって、迷惑を掛けなければ良いのですが……」
大精霊の羽は、上位の精霊憑きの者でないと、普通でいる事すら困難である。どう対処するのかは、想像がつかなかった。
次の日。
リーナの父、ブローン公爵も早く起き、皆を見送ってくれた。
「慌ただしい終わりで……申し訳ないな……」
ブローン公爵は、口にハンカチを当てながらも、外で見送る事を譲らなかった。
「いいえ。とても楽しかったです」
「それば……良かっだ……。特に貴女には……申し訳ながったね。うぷ! ……それでも……リーナと今後も仲良くしてくれるど……嬉じい……う!」
「勿論です!」
ドリスの言葉に、魔力に当てられ苦しそうにしながらも、ブローン公爵は嘘のない笑顔を見せてくれた。
そして、先に風の馬の馬車が出て、遥か後から、使用人達の馬車がついて行くことになった。
馬車が王都へ向けて出発すると、アンディがアピッツ領のあの件の話を切り出した。
「アピッツ領での風の大精霊の件なのだが……もしかしたら、風の大精霊がいた地域で、ギラザックが淀みの実験をして、そこから逃げ出したのだとしたら?」
アンディが皆に問いかけた。ドリスとリーナは顔を合わせて、またアンディに向き直った。
「私は狼の魔獣達が追い払っていたという魔獣達も、ギラザックから来たのではないかと思うんだ」
「そうだとしたら……ロザリファに避難してくる魔獣達が、今後たくさん来ると……?」
「恐らく」
それを聞いて、ドリスとリーナはことの重大さにやっと気づいた。
「魔獣達が人を襲わなきゃ良いけど……」
「そうですわね。話せば分かる良い子達ですから……」
「まぁ……狩り好きの貴族は、喜んで駆逐するだろうな」
「え……」
「酷ければ、国から討伐隊が出るだろう。保護をするという頭はないはずだ」
「王には報告していますわよ!?」
「人に危害を加えるようでは避けられないだろう。国民第一だからな。一応、各領主に報告はするらしいから、正しく伝わっていれば、それなりに対処するだろう」
「……そうですわね」
「それよりも、重要なことが山積みだ。ギラザックに協力している貴族達を炙り出さなければならない」
「それに……どうして、今回ドリスだけが狙われたのでしょう? 私も対象者のはずですが……」
「私は、ドリスが下位貴族だからだと思っていた。上位より、下位を狙った方が、注目されにくいと」
「確かにそうだけれど……」
ドリスがそう言った途端、馬車がガタンと揺れた。
「キャ!」
「何!?」
『例の二人組が現れた!』
「ジン、悪いがやれるか」
『余裕♪』
ジンは、フードを目深に被った二人組の腹に向かって、衝撃波を放った。
それがあっさり当たってしまい、二人組はあまりにも呆気なく倒れた。
「アイリス、これで縛る事はできる?」
『任せて~』
アイリスはドリスが持っていた蔓の種を急激に成長させ、その蔓で、二人組を縛った。
「国王への土産が増えたな」
そう言いながら、アンディはリコに二人組のフードを取るよう指示を出した。
リコがフードを捲ると、二人共、二十代くらいの男だった。
ギラザックの人達の容姿はロザリファとあまり変わらない。ただ、ロザリファより北に住んでいるせいなのか、国民を含めて、皆、金髪と銀髪がほとんどだった。
この男達も、一人は金髪。もう一人は銀髪だった。
「ギラザックに多く見られる特徴ですけど……我が国にも居りますから……」
「見覚えがない人達よね?」
「えぇ。私も見たことはないわ」
「このまま捕縛し、先を急ごう」
リコが一人ずつ、賊を馬車の中へ乗せ、再び王都に向けて出発した。
王都に入り、朝早いせいか人通りは少ないが、それでも羽の影響があるので、さっさと王城へ向かった。
窓から見ると、たまに歩いている人が風の馬に驚きつつも、口を押さえていたり、喉や胃に手を当てている人が見て取れた。
「やっぱり羽の影響があるね。王様、この羽どうするんだろ?」
「さあな。とりあえず私達はこれを届けるだけだ」
王城に着くと、門番の兵士達がすぐに通してくれた。……口に手を当てながら。
馬車が止まり、降りると、思いも寄らない人物が待っていた。
「朝早くから、苦労をかけた。礼を言う」
緩いウェーブの淡い金髪に碧眼、背が高い美丈夫が、出迎えてくれた。
「これは……王太子様のお迎えとは、光栄ですね」
そう。その人物は紛れもない、このロザリファ国の王太子、シュテファンだった。
「大精霊の羽に興味があってな、この時間に来ると聞いて、楽しみにしていたのだ」
「そうですか。今、降ろしますのでお待ち願います」
「あ……あの、発言よろしいでしょうか?」
「何だ? アンジェリーナ嬢」
「ご気分は、悪くありませんか?」
「いや、全く? これと言って悪くはない」
「え?」
「発言よろしいでしょうか?」
「あぁ……君がドリス・アルベルツ子爵令嬢だな? 会うのを楽しみにしていた。シュテファンと呼んでくれ。君の義兄、ローレンツとは、親友なんだ」
「お初にお目にかかります。ドリス・アルベルツと申します。失礼ですが、シュテファン殿下には、上位の精霊が憑いているのです。それで、大精霊の魔力に酔うと言うことがないのだと思います」
「あぁ!」
リーナがなるほどとばかりに頷くと、シュテファンが首を傾げてしまった。
「私に精霊が憑いているのか?」
「はい、はっきりと見えます」
確かに、シュテファンには、聖属性と思われる上位精霊が憑いていた。
「ほぅ。それは興味深いな」
シュテファンは、驚きながらも微笑みを浮かべた。
「お待たせしました。こちらが風の大精霊の羽にございます」
アンディがロール紙を外し、大きな羽を差し出すと、シュテファンは興奮しているのか、若干頬を染めながら、少年のような目でそれを見ていた。
「これが……伝説級と言われる羽か。……美しいな」
そう呟いた瞬間、我に返り、己の職務を思い出した。
「……済まない。では、案内しよう」
シュテファンは、すぐに頭を切り替え、ドリス達を王の元へ案内した。
その道中、話は一切なかった。
なぜか人通りもない。
先ほど、気さくな態度を見せたシュテファンも、威厳のある顔になり、何やら威圧感が漂う。
すると、もう、謁見の間についたらしい。
「さぁ、こちらへ」
そう言って、シュテファンは中に入るよう促す。
本来ドアを開けるのは、兵士の役割のはずだが、兵士はなぜか立ってはいないし、ここは謁見の間ではなく、小さな会議室のようだった。
中に入ると、机が真ん中を囲むように並んでいる。そこには、ロザリファ国王と気分が悪そうな近衛達。そして、王女と思われる女性が一人立っていた。




