56 ブレンターノ家からの手紙
街への買い物から帰宅し、皆で同じ部屋に集まってのんびりしていると、ドリス宛の手紙がブローン公爵領邸に届いた。
「ドリス様。ブレンターノ伯爵領邸から、お手紙が届いております」
執事から、手紙を受け取ったドリスが差出人を確認すると、それはドリスの二番目の姉、デリア・ブレンターノ伯爵子息夫人からだった。
「デリア姉様からだ」
「そういえば、ブローン領を出た後は、ブレンターノ領へ向かうって言ってましたっけ」
そうなのだ。実は、ブレンターノ領にいる姉、デリアの所にもついでに遊びに行こうと思っており、事前に打診し、許可を貰っていたのだが……
「え……」
「どうした?」
エルが心配そうな声で聞くと、ドリスの顔が青くなった。
「来るなって。私に良く似た子が攫われそうになったり、魔獣に襲われそうになったりする事件が多発してるって」
「え……」
それは、学園の夏休みに入った頃から起こっているらしい。
初めは、十三歳の金髪碧眼の女の子が襲われそうになった。女の子の顔を見ると、フードを目深にかぶった二人組は、去って行ったという。
その後同様の事件が多発し、つい先日、魔獣を従えて襲わせようとする事案が発生してしまった。
それを受け、狙われているのはドリスではないかと推測し、ドリスにこの手紙を出したのだ。
「二人組か……覚えは?」
「わからない。あ……以前寮で、不審者が侵入したことがあったでしょう? もしかしたら、二人組だったかも。ドアから来た女と、天井裏に潜んでいた人。天井裏は未確認だけど、そこから音が聞こえたから……もしかして……」
「確証はないか。ドリス、お前が狙われているのは間違いないな。その二人だとしても、階段から落とした者だとしても、警戒はするべきだ」
すると、ジンの口から新たな情報が聞かされた。
『ドリス、お前が誘拐されかかっているのは間違いないぞ。それに、どうやらリーナも狙われているみたいだ』
「どうしてリーナまで……」
『それは、リーナの精霊が浄化ができる精霊だからだろうな。実はさ。最近、ある国である実験が行われたらしい』
「ある実験?」
『淀みって知ってるか?』
淀み。
それは、あらゆる植物を枯らす、人為的な魔法。
呪いの一種で、一箇所でも小さな黒いシミが出来ると、どんどんそれが広がり、その土地を枯らしてしまう。それを解くことが出来るのは、呪いを掛けた者か浄化魔法が使える者のみ。ある国はそれで各国を脅し、土地を奪う計画をしているというのだ。
「それって、極秘中の極秘だよね? なんで、ジンが分かるの?」
『たまたま、風の精霊がいる前で話していたらしい。その精霊は慌てて他の精霊達に伝えたんだと。それがきっかけで、こちらに魔獣達が来る事も増えてきているそうだ』
「不味いじゃない!? そのとある国って……」
『ギラザック』
それを聞き、ドリス達は目を見開いた。
「それって……ギラザックがこの国に……」
『周辺の国に淀みをバラ撒く計画があって、今は最終調整中だ。どうも周辺国に協力者がいる様だ』
「い……急いで王に……」
「私がやろう。それよりジン。なぜ、そんな重要なことをすぐに言わなかった!」
『たった今、入った情報だったんだよ。ドリスが狙われているって知って、すぐに調べたら、その情報が。……すぐに入って来るはずだったんだけど、どこかで阻害されていた様でさ。こちらから聞かなきゃ、入らない状況だったんだよ』
「阻害……急いで、王に書簡を! ブローン公爵にも伝えてくる」
すぐにアンディが動き、リコと一緒に公爵の元へ急いだ。
「私も、お義兄様に至急手紙を……調べてもらわないと」
ドリスが慌てて手紙を書こうと、侍女にお願いしようとしたところで、リーナに止められた。
「待って! ドリス。これはもう、国の案件だから、国に任せましょう。民間の情報屋のレベルでは、難しいわ」
「そんな……」
「もし、国王の方から依頼があれば、民間の情報屋でも動くでしょう。恐らくこの話に関して、私達は箝口令を敷かれるかもしれない」
「そっか……私が知らせたら……」
「罰せられる可能性もあるわね」
その話を聞いていたエルとトールは、呆然とした目で見ていた。
「何だか……物凄い情報を聞いて、情報屋としては嬉しいはずなのに、なんだろう……めちゃくちゃ不味い案件に巻き込まれている気がする!!」
「今更だろ? 大精霊の羽の件も、かなりの案件だと思うが……」
「しかも、ロザリファに裏切り者がいるって事だろ? 誰だよ!! そんな馬鹿な事に関わっているのは!!」
「馬鹿な大人達に決まっているでしょう!」
そんな話をしていたら、ブローン公爵と共に、アンディとリコが帰ってきた。
「淀みの件、これは国家案件とし、君達には緘口令を敷くことになった」
「それはお父様の一存?」
「そうだ。これは極秘で動かなければならないものだからね。それと……リーナ。リーナが精霊魔法士になる許可を王に求める事も決めた」
「え!?」
「もし、これが事実なら、対処をしてくれる人材が必要だ。アンディ殿下に話を聞いたが、リーナの精霊のように、浄化を出来る精霊はあまりいないそうだ。やってくれるな?」
「……はい」
「リーナには許可が降り次第、すぐに精霊魔法の指導をしてくださるよう、アンディ殿下には頼んである。それと、君達の旅だが、ここで終了とし、それぞれの親の元へ至急帰って欲しい。そして、王都に戻る者は、まず、王城へ向かって欲しい。羽の件もあるからな」
今から、三日以内に出て行って欲しいとのこと。それは、本人達を心配し、配慮した結果だった。
「俺達も手紙出さなきゃな。リーナはここに?」
「いいえ。王都に戻りますわ」
リーナはお祖母様が心配だからと、家族よりも先に、家に戻ることにした。
エルとトールはそれぞれ馬車を出してもらい、来たらそれに乗って帰るそうだ。
王都に向かうのは、ドリス、リーナ、アンディ、リコの四人。大精霊の羽のこともあるので、四人で王城に登城してから、それぞれの家に帰ることになった。




