53 女の戦場の裏
お茶会当日。
女性だけのお茶会には出れないエル、トール、アンディは、別室で大人しく過ごしていた。
リーナが婚約者を差し置いて、長期休暇中に他の男達といたと知られれば、遊んでいたとリーナの名に傷がつくからだ。
学園でつるんでいることは周知の事実ではあるのだが、休みまで会っているとなると良くない。
現に、婚約者がいるのにも関わらず、他の女を侍らしている、ロザリファの第二王子パシリウスは、周りからの評判はだだ下がりだった。
二人の仲が良くないのは知られているが、リーナが不利益を被るのは癪だ。なので、男性陣はおとなしくしていたのである。
今いる部屋は、そのお茶会の部屋からは最も遠い。トイレでかち合うこともないところだったので、安心して過ごすことができた。
アンディの侍従のリコにお茶を入れてもらい、こちらも男性のみのお茶会になっている。
「ブローン公爵に頼んで、お茶会やってる部屋の横の部屋に、入れてもらうべきだったかな?」
トールは戯けると、アンディはゆっくりと首を横に振った。
「その部屋には現在、王の影や、公爵。ここの使用人達が集まっている」
「嘘!? そんなことになってるのか? 恐!」
「言わないで良かったな。トール」
「だが、ジンに頼めば、内容は聞くことが可能だ。聞くか?」
「「お願いします」」
『俺、分かりやすく言い直すの苦手だから、そのまま言うぞ』
「頼む」
『分かった』
ジンが目を閉じ、風の精霊に協力を仰ぎ、口にした言葉をアンディが話す。
「皆様、夏は何をなさってましたの?」
「皆、一旦領地に帰って、羽を伸ばしておりました」
「まぁ! 皆様の領地は……確か、南……で合っていたかしら?」
「覚えていてくださいましたの!? 嬉しい」
「光栄ですわ」
「とても海が綺麗なところですのよ」
「そうなの。私の領地とは、大分違うのでしょうね」
「はい。でも、その土地ごと趣が違って良いと思いますわ」
会話を聞いた後、皆の目がジト目になった。
「……嘘だな」
「領地に帰る資金も無いくせに」
「お前ら、ボスザルの家に居たじゃないか」
すると、アンディが続けた。
「あら、失礼。領がない人には関係の無い話でしたわね」
「どうぞ、お気になさらず。皆様の話を伺っているだけでも、面白いです」
「あらそう。なら良いですわ」
「ドリス一点攻撃だな」
「嫌な口調だ。夢に出てこないといいけど」
「そうそう。実は私、婚約者が決まりましたの」
「アリアネ様の! どんな方なのかしら?」
「本当それ! 趣味悪!!」
「人の好き好きがあるんだろ」
よくよく聞くと、同じ過激派らしく、皆で納得という顔をした。
「年上ですけれど、以前から交流があった方です」
「あら……では幼馴染……というご関係でしたの?」
「そうですね。私にとっては兄のような存在でしたので、今でも信じられないのですが……」
「あら……初々しいしくっていいわね」
「アンジェリーナ様だって、いらっしゃるではありませんか。パシリウス様が! 第二王子殿下が婚約者なんて、誰もが夢見るものですわ」
「今、何か聞こえなかった?」
「空耳……かもしれないが、カップが割れた音か?」
「俺は聞こえなかったが……」
「エル……相変わらずの安定感だな」
トールが呆れていると、アンディは眉を顰めた。
「まさか探っているのか?」
「そう?」
「当たり前です! なのにあの女……」
その話を聞いて、探ってはいなさそうだということがわかる。
彼女達は身分の低い女性が、リーナや王族と一緒にいることだけが、とにかく気に食わないらしい。
「アンジェリーナ様はお優しすぎでは? 注意して差し上げた方が……」
「いいえ。私の申し上げることを殿下はお聞きになりませんわ。意味のない事をしたくはないの」
「あの女が付け上がっても良いのですか?」
「今のところ、そんな様子は見えないから……かしらね。残念ながら、私は会ったことがございませんのよ。いつも又聞きですの」
「これ以上付け上がる、下位貴族が増えても、迷惑だと思うのですが……ほら、そのように」
「やっぱりか」
「予想通りだ」
「……ドリス」
エルが心配そうに、呟いた。
「私が何かいたしました?」
「貴女、子爵家の者にも関わらず、貴族の頂点である、公爵家のアンジェリーナ様に付きまとって……身の程知らずにも程がありますわ」
「以前にも言われましたが、それは友人とおっしゃってくださる、アンジェリーナ様の言葉を信じていないということではありませんか?」
「それは……」
「ドリスと友人になったのは、紛れもなく本当の事ですわ。彼女とは話も合いますし、成績も素晴らしいですから」
「その通り! リーナ自身が認めているんだから、いいじゃん!」
「中々そうはいかないのが、貴族だ。次にどう出るか……」
「領を手放した愚かな貴族が、何か? 呆れて物が言えませんわ。領民を手放す愚かな行為。裏切られた領民は怒り狂ったでしょうね」
「こう来たか。トール、アルベルツ家については……」
「あぁ。確か、二十数年前に、領を王に返上している」
「ドリスは……その事を知って居たのか?」
「そうそう。何かの事業の失敗……でしたっけ? それで、領民を苦しめる結果になったなんて……愚の骨頂ですわ!」
「貴族としての責任を果たせていないだなんて……なんて愚かなのかしら?」
「良いパトロンを得たようだけど、それでやっていけるかしら?」
「私たちより格下じゃ……ねぇ」
「本当に」
「お前らが言えた義理ないだろ!! 今カツカツなのはそっち!!」
「男だったら殴ってたな」
「……ドリス!!」
エルがお茶会の部屋に向かおうと立ち上がった。
「待て!」
「アンディ……」
「もうそろそろ、客人達がお帰りだ。もう少し待て」
「……っ」
渋々エルは乱暴に席についた。
「……女も男と同じか。貴族社会に入れば、誰でも腹の探り合いに、嫌味の掛け合い。……嫌になる」
「それは俺も一緒だよ。こうして、俺達がまさか腹割って話せるなんて思わなかった。しかも、片や他国の王子様だし?」
「私も感謝しているよ。祖国でも私とこんなに話せる者はいなかった。話して見ないと分からないものだな」
「……俺は、ドリスのお祖母様……ブレンターノ家のお茶会に行って、先入観で判断しない事を学んだつもりだ。そこには、周りからはあまり良くないと思われている人もいたが、気さくで良い人だった」
「それは……カミラ様?」
「カミラ様もそうだが、アンネリーゼ・ベック男爵子息夫人もだよ」
「あぁ。色目使っているって噂の。あの人は情報通なだけだもんな」
「知ってたのか」
「積極的に情報収集していると、勝手に情報が入ってくるんだよ。本当にそうか裏を取る時にな。その確認を怠っている者には、ただの尻軽女にしか見えないのさ」
「機会があれば、私にも紹介してくれ」
「アンディにはジンがいるだろ?」
「自分でも情報収集をやれと注意されてしまったんだ。人脈は広げておいた方が、外交もしやすくて良い」
「なら、ドリスと仲良くしといた方が得だな。ドリスの家族・親戚って、かなり有益な人物が多いんだよ」
「なるほど。では、先ほどの彼女達は、それを見抜くことが出来なかった愚か者という訳だな」
「ははっ!! 違いない!!」
ひとしきり笑った後、エルがそわそわし出した。
「もうそろそろ、いいんじゃないか?」
「そうだな。もう帰った。部屋に向かおうとしよう」
アンディの号令で、男達はお茶会の部屋に向かった。




