52 お茶会の時間。それは女の戦場です!!
次の日の朝。
訪問者は我が物顔でやって来た。
「お招きありがとうございますわ! アンジェリーナ様」
三人を代表して、アリアネ・グロック侯爵令嬢が挨拶をする。
正直、招いてはいないので、ブローン公爵家側は苦笑いを浮かべた。
「こちらこそ、我が領へようこそ。アリアネ様、ベルタ様、グロリア様」
リーナは三人組をにこやかに出迎えたが、正直さっさと出て行けとばかりに、すぐに部屋に案内する。
部屋に入ると、インテリアはクラシカルな雰囲気で、まとまっていた。
丸いテーブルには、白いレースのテーブルクロスが。そのテーブルを囲むように、木目が目立つ背もたれがある木の椅子が五つ用意されている。
全体的に色味が少なく、どのようなドレスの色でも映えるような、正統派なインテリアだった。
お茶会の部屋にはすでに、ドリスが椅子に座って待っていた。
「あら……貴女もおりましたの」
アリアネがトーンを落とした声で、ドリスを下に見た。
貴女が私とも話したいと言ったのではないの!?
ドリスは心の中で毒づくも、平静を装い口を開いた。
「休み中は是非にと、アンジェリーナ様に誘って頂きましたから」
見えない雷が、部屋に緊張感をもたらしていた。
『恐いよ~!! ドリス、こんなのと渡り合えるなんてすごい~』
ドリスの頭の上で、アイリスがこの状況をブルブル震えながら見守っている。
全員が席に着くと、控えていた侍女が、お茶をカップに注ぎ始めた。その間ドリスは、皆の顔を伺っていた。
まずは、アリアネ・グロック侯爵令嬢。三人組のボスで、縦ロールの金髪に、タレ目の紫の瞳を持つ少女。
薄紫を基調としたドレスを着ていた。
リーナの隣に席をつき、反対側にいるドリスを見下すように見ている。
次に、ベルタ・ビットナー伯爵令嬢。きついパーマの茶髪に、碧眼の少し地味目な少女。
黄色のドレスが良く似合っている。
つり目の瞳で、ドリスを射抜いていた。
最後に、グロリア・ケール伯爵令嬢。ストレートの茶髪にグレーの瞳の穏やかそうな顔の少女だ。
青のドレスを品良く着ていた。
柔らかい笑みを浮かべているのに、なぜか黒い物を孕んでいるような瞳でこちらを見ていた。
リーナはというと、仮面を貼り付けている顔をしていた。目は笑っておらず、口元だけが口角を上げている。
席は丸いテーブルに五つ。リーナの席から時計周りにアリアネ、ベルタ、グロリア、ドリスの順に座っていた。
その席順も、三人組には面白くない。さらに仲の良さをアピールしているのか、ドリスとリーナが緑のドレス着ているのも、癇に障る。
全員に紅茶が行き渡ったところで、お茶会が始まった。
「皆様、夏は何をなさってましたの?」
「皆、一旦領地に帰って、羽を伸ばしておりました」
「まぁ! 皆様の領地は……確か、南……で合っていたかしら?」
「覚えていてくださいましたの!? 嬉しい」
「光栄ですわ」
「とても海が綺麗なところですのよ」
「そうですの。私の領地とは、大分違うのでしょうね」
「はい。でも、その土地ごとに趣が違って良いと思いますわ」
すると、ニンマリと微笑みながら、ドリスに目だけを向けた。
「あら、失礼。領がない方には関係の無い話でしたわ」
「どうぞ、お気になさらず。皆様の話を聞いているだけでも、面白いですもの」
「あらそう。なら良いですわ」
きつい目をドリスに向けながら、話を続ける。
「そうそう。実は私、婚約者が決まりましたの」
「アリアネ様の! どんな方なのかしら?」
聞くと同じ過激派で、五歳年上の方だった。
「年上ですけれど、以前から交流があった方です」
「あら……では幼馴染……というご関係でしたの?」
「そうですね。私にとって兄のような存在でしたので、今でも信じられないのですが……」
「あら……初々しいしくっていいわね」
「アンジェリーナ様だって、いらっしゃるではありませんか。パシリウス様が! 第二王子殿下が婚約者なんて、誰も夢見るものですわ」
ドリスにはピシッという音が聞こえた。
これは探り? 本当に話の流れ?
心の中で戸惑うドリスに対し、リーナは冷静に対応していた。
「そう?」
「当たり前です! なのにあの女……」
あの女とは、エミーリア・ボーム男爵令嬢のことである。
第二王子とは同じクラスであり、よく一緒にいるという噂は誰もが知っていた。
「アンジェリーナ様はお優しすぎでは? 注意して差し上げた方が……」
ベルタが眉をハの字にして、心配そうな表情を作った。
「いいえ。私の申し上げることを殿下はお聞きになりませんわ。意味のない事はしたくはないの」
「あの女が付け上がっても良いのですか?」
「今のところ、そんな様子は見えないから……かしらね。残念ながら、私は会ったことがないのよ。いつも又聞きなの」
「これ以上付け上がる、下位貴族が増えても、迷惑だと思うのですが……ほら、その方のように」
三人組は一斉に、ドリスを睨みつけた。
こう来たか!!
ドリスは「受けてやろうじゃないの!」とばかりに、にっこりと微笑んだ。
「私が何かいたしました?」
「貴女、子爵家の者にも関わらず、貴族の頂点である、公爵家のアンジェリーナ様に付きまとって……身の程知らずにも程がありますわ」
「以前にも言われましたが、それは友人とおっしゃってくださる、アンジェリーナ様の言葉を信じていないということではございませんか?」
「それは……」
「ドリスと友人になったのは、紛れもなく本当の事ですわ。彼女とは話も合いますし、成績も素晴らしいものでございますから」
それには三人組の表情が曇った。
だが、グロリアの発言で、ドリスは衝撃を受ける結果になった。
「領を手放した愚かな貴族が、何か?」
ドリスは目を見開いた。
彼女は知っていたのだ。アルベルツ家が、今から約二十年前に、領を手放した事実を。
「呆れて物が言えませんわ。領民を手放す愚かな行為。裏切られた領民は怒り狂ったでしょうね」
ドリスの手は手を握り締めながら、耐えていた。
「そうそう。何かの事業の失敗……でしたっけ? それが、領民を苦しめる結果になったなんて……愚の骨頂ですわ!」
「貴族としての責任を果たせていないだなんて……なんて愚かなのかしら?」
形勢逆転とばかりに、ドリスを見下しながら笑う三人組。
当然ながら、この部屋の雰囲気は最悪を極めるものになった。
「良いパトロンを得たようだけど、それでやっていけるかしら?」
「私たちより格下じゃ……ねぇ」
「本当に」
クスクスと嘲るように笑う彼女達の声が、ドリスの耳にこびりついた。
「ねぇ。皆様。我が領には、買い物にいらっしゃったのではなくて?」
リーナの問いかけにドキッとする三人組。どうやら、そっちがメインらしい。
「もうそろそろ、街へ向かった方が良いですわ。着いたら丁度お昼時ですし、予約しないで入れるレストランもございますから。混む前にいらっしゃるのがオススメですわ。そしてその後、お買い物をゆっくり楽しむのです。その方がスムーズに事が運びますわ」
「まぁ! そうなのですの? では、もうそろそろお暇いたしますわ」
リーナに導かれながら、三人組はドリスを置いて、さっさと出て行った。
負けた。
ドリスはお茶会での敗北に、悔しくてつぅっと一雫、涙を垂らした。




