51 急いで準備!!
グロック侯爵令嬢から、思った以上に早く返信があった。美術館から帰ってきて、すぐに執事が手紙を持ってきたのだ。
「もう!? いつ手紙を出しましたの?」
「朝でございます。郵便屋に出しました。そうしましたら昼過ぎに、グロック侯爵令嬢の使いという方がいらっしゃったのです」
「……やられた!!」
ロザリファは手紙を出す際、貴族で王都内であれば、使用人が手紙を届ける。だが、領をまたいでの手紙だと、手紙を運んでくれる郵便屋に頼む。その場合、朝に出すと早くても、夕方に王都へ着くのが普通だ。
王都内では下働きが手紙を届けることも珍しくないのだが、領になると、流石に下働きには無理な距離になることが多いので、重要な手紙以外は郵便屋に頼むのが一般的だ。
ブローン領は王都からは近く、馬車を出せば一時間ほどで着く距離ではある。しかし、だからといっても郵便の配達速度は変わらないはずなのだが……。
「郵便屋に早く届けるよう、言ってあった……とか?」
「可能性はあるな。不可能ではないし」
「使用人が来たのは……もしかしてお金の節約!?」
「郵便って、そんなにかからないよね?」
「でも馬車を使えば、郵便を使うよりもお得ですし、早く到着しますわ」
リーナはすぐに手紙を開封し、中身を見た。
『明朝、友人二人を連れてお伺い致します。お茶会、楽しみにしております』
それを見た瞬間、リーナの顔が引きつり、淑女のカケラもない声で叫んでいた。
「は・や・い!!」
「こっちの事情も無視か。流石、過激派」
「幾ら何でも、上位のリーナに失礼だよね?」
『お茶会、楽しみにしております』が入っていなければ、何の問題もなかった。
『友人二人を連れてお伺い致します』のみであれば、普通に訪ねてくるだけなのでそれでも良い。
ただお茶を出して、ちょっと話して、失礼するだけなのだから。
だがグロック侯爵令嬢は、身分が上の家に図々しくも友人達と押しかけ、自分の家に招くのではなく、こちらでお茶会をしたいと言っている。
正式なお茶会の準備には、少なくとも三日くらい時間がかかることもある。
まず、お茶会のコンセプトを決め、それから部屋の飾り付けをし、それに合う食器、お茶請けの菓子、菓子に合うお茶の銘柄選定など、やることは山ほどあるのだ。
簡易的なお茶会の場合は、即席なのでコンセプトも何も必要ない。
アピッツ領でエルの祖母のお茶会が、その例だ。
口伝えで突発的に行うお茶会や、お話ししましょうなどの手紙が届いた場合もそれに当たる。
しかし、この場合は手紙にお茶会と記載されている。しかもそれを全てこちら任せの上に、時間もない。
どう考えても、侮辱に当たる行為だ。
「とにかくお茶会の支度をしなくては! 明日の明朝には来ますわ! すぐ支度を……」
「差し出がましいようですが、お嬢様。もう、支度は済んでおります。後はお嬢様方のドレスのみです」
それには皆、執事さんを尊敬の眼差しで見ていた。
「さすがですわ! ドリスは、ドレスを持って来ましたよね?」
今、ドリスが着ているのは、普段着使いしているワンピースだった。
「うん、一応。荷物の中に入っているはずだけど」
「すぐに合わせましょう。もう、出しておいた方が良いわ! 皆様はここで、寛いでいてくださいませ。私とドリスは、ドレス合わせに行って参ります」
「分かった。行ってらっしゃい!」
トールの調子の良い声を置いて、さっさと二人は部屋を出て行ってしまった。
「ジン」
『なんだ?』
「出来る範囲で構わない。グロック侯爵令嬢について、調べて来てくれないか?」
『珍しいな。そんなに気になるのか』
「嫌な予感と、他の思惑があるのではという考えが拭えない」
『分かった』
ジンは、周囲の自分の精霊に指示を出し、目を閉じた。大量の情報を処理をするためだ。そして、数分で目を開けた。
『グロック侯爵令嬢とやらは、とにかくここに遊びに来たいという思いしかない。親からも過激派に協力するようにと言われてはいるが、それは二の次だ。
他に二人の令嬢も、グロック侯爵令嬢の屋敷にいる。すぐに出発出来るように、集まっていたとしか思えない。
後は、何やら怪しい者達がこの邸にいる。……あ、王の影だ! 何か大人達の思惑があるようだな』
「それで十分だ。これ以上はまずいな」
アンディは、ジンに聞いたことを話したが、エルとトールは王の影と聞いた途端、口を開けて固まった。
「王の影って……やっぱりいるんだ」
「そっちかよ! いるに決まってるだろ? それより、王が動いていることの方が重要だよ!?」
「その通りだ。私は他国の王族だからな。あまり干渉は出来ないし、したくもない」
「だからか~。ブローン公爵がリーナの我儘聞かなかったのは」
「……そういうことか」
王の思惑があって、わざと過激派を泳がせているのだろう。ブローン公爵が招き入れたのも恐らく王が関わっている。
「リーナとドリスには言うな。どちらの親も知って欲しくはないだろうし」
「女の戦いに集中して欲しいからね。まぁ、この話はここまでってことで。それよりもさ……アンディってリーナに気があるだろ?」
「え!?」
それに何故が、エルが反応した。
「エルは鈍感だもんな」
「そ……れはそうだが」
「あ、自覚してるんだ」
「そういうところがあるなと、最近気づいた」
エルとトールが呑気にそんな会話をしていると、アンディは固まっていた。
「え!? 無自覚だった? 元々狙っている感じはしたけれど、この旅行では、割と気遣っているよね? リーナに。ね、リコさん」
「そうですね。珍しく、手を貸そうとしていましたからね。しかも女性に対して」
「リコ!」
「あぁ! 昨日リーナに聞いていたもんな。ジンに調べてもらおうかって!」
「それ聞いて確信したんだよね。うちの第二王子の婚約者だけど、上手くいってなさそうだし、どうなの? 奪うの?」
「……黙秘」
「逃げた!」
「賢明だな」
男達がそんな話をしていた頃、ドリスとリーナはドレス選びをしていた。
「持参したドレスはこの二着です」
ドリスが持って着たのは、瞳と同じ水色のドレスと、薄いエメラルドグリーンのドレスだった。
「汚れた時のために二着持ってけって言われてね」
「どちらも素敵ね。私もこんなの着てみたいわ」
ドリスが持ってきたドレスは、クラシカルな印象を残しつつ、流行りの形を取り入れた品のあるドレスだった。
一方、リーナが持っているドレスは、どれも斬新なものばかり。流行りの先を意識しているので、クラシカルなものはなく、形が奇抜なものばかりだった。
これが流行るとは思えない。
リーナは何度もそう思ったが、家のことがあるので仕方がなかった。
「ヴェンデル義兄様に頼めば、仕立ててくれると思うけれど……。リーナも専属の仕立て屋さんがいるんでしょ?」
「うちは、毎回私に似合うドレスのコンテストがあって、それに優勝した人のドレスを着ることになっているの」
ブローン領は、芸術に力を入れていることもあり、服のこだわりも半端ないらしい。
リーナは今まで気に入ったドレスを着るというより、優勝者のドレスを着させられているのだ。
「私の服のコンテストなら、私に選ばせてくれればいいのに」
「それは……大変だね」
「お父様に頼んでみるわ。ドリスのお義兄様にドレスを頼みたいって」
「……大丈夫?」
「私の我儘ですもの!」
そうよ! 一着くらい好きなもの頼んだっていいじゃない!
リーナは、今まで我慢していた事をやめる決意をした。……後で色々言われるのは分かってはいたが。
ドリスのドレスの色に合わせて、リーナのドレスも選ぶことになった。
「グリーンが良いわね。水色もいいけど、私の瞳には合いづらいから」
リーナは、オレンジの瞳をしている。この国でも珍しい瞳だ。
「私に合わせなくても……」
「良いのよ!! 仲の良さをアピールするのだから!!」
取り出したのは、オリーブ色のドレスだった。全体の形はシンプルだが、スカートの形が独特だった。
大きな葉っぱ型の生地が何枚にも折り重なっており、一つ一つの葉っぱの型も色も微妙に異なる。
上の方の葉っぱは透けており、それがスカートの色の強さを少し落ち着いた印象にしていた。
まるで舞台で着るような衣装に近いが、これでもリーナが持っているドレスの中では、特に控えめなものだった。
明日の戦闘服が決まり、英気を養うため、その日は早めに寝ることになった。
書いている間、ドリスなのかドレスなのか、こんがらがりそうになりました。
もし間違っていたら、ご指摘ください。
この回は特に、お茶会の暗黙ルールや、リーナのドレスには苦労しました。




