50 今の内に、美術館見学です!
話題は変わって、三人組の話になった。
「そう言えばお父様、グロック侯爵令嬢からお手紙が届きましたの」
「ん? どんな内容かな?」
「うちに来たいのですって。その時、ドリスも同席させたいらしいの。私はお断りしたいのですけれど……」
「そうしたいのは山々だが、グロック侯爵家は断りにくいなぁ。我慢して、来てもらいなさい。お断りする方が面倒なことになりそうだ」
すると、リーナの口がへの字に変わる。
「そんな顔するな。せっかくの美人が台無しだ」
「だって……」
「その代わり、招待するなら午前中にしなさい。昼は街のレストランをお勧めするんだ。そうした方が、すぐに買い物にも行けると言ってね。退出してもらいたい時にそれを言えば、すぐにここを出て行くだろう」
「そう……ですわね」
「我慢も大事だ。それが貴族の付き合いだよ?」
「……わかりましたわ。試練とでも思っておきます」
「ドリス嬢も申し訳ないが、付き合ってくれるかな?」
「はい」
「君にも良い勉強になると思う。ここが嫌いになってしまうかも知れないが……」
「もし私が傷ついたとしても、この場所ではなく人がきっかけでしょうから、ここが嫌いになるということはありません」
「……ありがとう」
食事は無事終わったが、リーナの顔に笑みが戻ることはなかった。
リーナは手紙に返事を書くと言うが、顔には「出したくない」と書いてあった。
「さっさと嫌な事は済まそうよ」
「……そうね。ちゃっちゃと書くわ」
「ちょっと意外だったなぁ」
「トール、何が?」
「ブローン公爵はリーナに甘々だと思ってた。娘の嫌がる事は極力やらせたくない人だと……」
「合ってますわよ。けれど、それが許されない事もありますわ」
食事を取る前まで使っていた部屋に戻ると、リーナはみんなが見ている前で、グロッグ令嬢に宛てる手紙をサラサラ書き、後は任せたとばかりに執事に渡した。
リーナは一仕事終えたとばかりに、侍女が用意してくれたお茶を一気に飲み干した。
そして一息ついていると、アンディから申し出があった。
「ジンにも探らせてみるか?」
「殿下、顔も知らない人物の事を調べる事なんて出来ますの?」
「それは難しいが、風の精霊は音を拾うから、名前が分かればなんとかなる」
「……大変勿体ない申し出なのですが、お断りしますわ。恐らく、これ以上の情報は無いでしょう。私を持ち上げて、ドリスに嫌味を言って終わりですから」
「……わかった。私も力になりたかったのだがな。またの機会にするか」
「その時はよろしくお願いしますわ」
やっとリーナは柔らかな笑顔を見せた。
次の日。
手紙は早くても今日出しに行くので、少なくとも二日は猶予があるそうだ。その間ドリス達は、美術館に足を運んでいた。
「着きましたわ。ここで一番大きな美術館です」
白い柱が並んだ大きな神殿のような建物をみんなで見上げる。
「なんか……圧倒されるな」
「エルも?」
「トールもか。アンディは?」
「……正直、この国の王城より入りづらい」
「分かる」
男性陣がまじまじと建物を見ていると、茶色の髪の女が声をかけた。
「皆様、足止まってますわよ! さぁ! 入りましょう」
リーナは黒髪が目立つので、カツラを被っていた。同じ理由で、アンディも同じ色のカツラを頭に乗せている。
エルの銀髪も目立つというので、金髪のカツラを無理矢理つけられてしまった。
「なんだか慣れないなぁ、皆の頭」
「その内慣れますわ、トール」
「私は新鮮で良い。こういうのも悪く無いな」
「……私も被れば良かったかな?」
実はここに来る前に、ドリスもカツラを被らないかと誘われたのだが、トールは被らないということで、お断りしてしまったのだ。
「なら、次に街に出る時につければ良いですわ」
「全員でつけるの? なら俺、金髪にしよっと」
「甥っ子君とお揃いだね」
「選べるなら金髪が良かったんだ。ただでさえ顔も地味なのに……」
「普通の人よりも格好良いと思うよ」
「ドリス、それ本当!? 期待しちゃっても良いかな?」
その、ドリスの発言に、敏感に反応したのはエルだ。
「ドリス、俺は!? 格好良いか?」
「自分で格好良いか聞くのと、トールのは違うと思う」
バッサリ切られ、エルはシュンとしてしまった。そんなエルにトールは肩を叩くと、にこやかな顔をした。
「悪いな、エル」
「……ドヤ顔するな」
そんな二人を他所に、三人は中へと向かった。
美術館の中も、白が基調となっている。壁には絵が、部屋の中心には彫刻が飾られていた。
意外と人は少なく、小声でなら会話しても良いとのことで、皆で行動しつつ、気になったらリーナに尋ねていた。
「お! 歴代ロザリファの王様達だ」
「ここでも観られるのか」
歴代の王の肖像画は、王城に行けば見ることが出来る。
初代ブローン公爵は自分が王族だったということを忘れてはならないと、美術館に歴代の王と王妃の肖像を飾ったのだ。
王族に敬意を表してとの見方もある。
「こう見ると、王様って必ず淡い金髪に碧眼だよな」
「本当だ! 顔はちょっとずつ違うのにね」
「たまたまみたいですよ? ほら、王妃は茶髪も多いですから」
歴代王妃の肖像画を見ると、半分くらいが茶髪で、後は金髪か銀髪だった。
「赤毛はあまりいないんだね」
「平民の方が多い髪色だからな。今は、男爵に多いか?」
「これから貴族に赤髪が増えそうだな」
「どうして?」
「今、商人を男爵にする動きが加速しているんだよ。王がよく陞爵しているらしい」
「それは私も把握している。何故だろうな」
「さぁ。そこまでは分からない。王の気まぐれ?」
「考えがあってのことだろうが……没落する貴族が以前より増えているから……とか?」
「エルにしてはまともなお答えで」
「「本当」」
トールにからかわれてイラっとしたが、女性二人にも言われてしまい、エルは眉を寄せながら複雑な表情を作っていた。
「……あの王のことだ。何か考えがあってのことだろうな」
アンディは小声で呟いた。




