47 いざ! ブローン領へ
次の日。
ドリス達は、邸でのんびり過ごしていた。
「もうそろそろ、私の領へ移動しません? この通り、両親からも手紙が届いてしまいましたので」
リーナは、ブローン領から来たという手紙を皆に見せた。そこには「早く皆の顔が見たい」という趣旨の事が書いてあった。
「それもそうだな。まぁ、色々面白かったから、もうちょっと居てもいいと思ったが……」
「すまない。うちの事情に巻き込んで」
「不可抗力だし、俺も楽しかったからいいよ。それであの羽は、どうするんだ? どうやって王都まで持って行くんだよ」
「さぁ? どうするのか、俺も聞いていない」
「ロザリファ王に判断を仰ぐしかないが……」
答えは、その次の日の朝食の席で分かった。
「例の精霊の羽ですが、王がアンディ殿下に持って来て欲しいそうです。いつでも構わないと仰せになりました」
アピッツ侯爵の言葉に、皆唖然となる中、アンディだけは予想していたらしく「やっぱり」と呟いた。
アンディが持って行くとなれば、羽を馬車に乗せなければならない。つまり、エルとトールは強制的に別の馬車になるということ。
「それに、馬車から羽の魔力が漏れ出て、周りの人間が体調を崩すということがないか?」
「あるが、馬車をゆっくりではなく、早めに移動させれば良い。なるべく人通りの少ない時間を狙うなどしてな」
「それしかないか……」
エルはひっそりとため息をついた。
「ブローン領にはいつ?」
「二、三日以内には出るつもりですわ」
「そうか。狼達は本日、元のところへ返す事になった。よかったら、一緒に行って来なさい」
「はい!」
その言葉を聞いて、狼達と別れの挨拶をしてから、ブローン領へ行く事に決まった。
狼達に会いに行くと皆、元気にドリス達の元へ寄って来た。
今日で別れるとあって、狼達は皆、ドリス達の匂いを熱心に嗅いでいた。
時折「クゥン」と悲しげな鳴き声を上げる狼達に、皆も胸が締め付けられた。
狼達の縄張りに着くと、あれ程辺りを埋め尽くしていた白い花は、すっかりなくなっていた。
「何もないねぇ」
「本当に」
すると、狼達はドリス達に尻尾を振ると、元いたところへ帰って行った。
その後ろ姿をしばらく皆で、見送る。
「……さ! 帰るか」
エルの号令で、皆、重い足取りで邸まで戻った。
その次の日の早朝に、ブローン領に向けて出発することになった。
羽を運ぶ馬車は、馬も近寄れないため、アンディがジンに頼んで風で馬を創り、それに引いてもらうことに。馬はアピッツ領で預かってもらい、後日ブローン家の使者が、馬を迎えに来るらしい。
「面倒事を押し付けるような形になってしまい、申し訳ありません」
「仕方がない。これは確かに普通の人では無理だろう。こちらの領では大変世話になった。また、来てみたいものだ」
「いつでも、お待ちしております」
アピッツ侯爵とアンディの会話が終わり、アンディは馬車に乗り込んだ。
中には、ドリスとリーナの二人が待っていた。
従者のリコはと言うと、馬は風で創った馬に引いてもらうので、本来操縦の必要はないのだが、ただでさえ風で創った馬は周りから浮くため、飾りとしてリコが操縦席に乗ることになったのだ。
エルとトールは、遥か後ろに止まっている馬車に乗る事になった。
「出発だ」
アンディの号令で、馬車が南西に向けて走り出した。
ブローン領の歴史は浅い。
なぜなら、元々王族だったリーナの祖父が臣籍降下したため、始まった家だからである。そして、ブローン領はそのお祖父様が好きだった、職人達が揃って居る場所だ。
時計・ジュエリー・服・靴・グラス・食器・建築・庭・絵画・彫刻など、芸術に特化した職人達を集め、常に美しい作品を生み出している。
領民は、何もなかった街に産業をもたらしてくれた領主に感謝しているという。
職人の領だからか街が多く、街近くの畑には、花が育てられている。一応領の半分は食料を育てているのだが、あまり力を入れているとはいえない。どちらかといえば、花産業が盛んだからだ。
食料は他領に頼っているのが現状ではあるが、芸術関連で儲けた潤沢な資金力により、食料の供給が止まる事はなかった。
「我が領の見所は、美術館や博物館といったところでしょうか。後、工芸品も多く揃えているから、滞在中に買いに行きましょう」
「あまり高いのはダメよ。お小遣いは貰ってきたけど、あまり無駄遣いしない様、強く言われているの」
「大丈夫! 程よい値段の物も勿論ございますから。ここは、安い値段でも、良い品を売っているところも多いのです。ブランド認定されたら高くなってしまいますが、認定されていなければ、職人の裁量で値段をつける事が可能なのですわ」
「それは良いな。男でも買い易い品があるのか?」
「えぇ。服やジュエリーもありますし、食器も豊富です。剣などの武器はありませんが、ベーパーナイフとか、ガラスペンなど事務用品もあります」
「そうか、楽しみだな」
「あ! でも変装はしてもらいますわよ。私と殿下の髪は目立ち過ぎますので」
ワシュー王国の特徴である、黒の髪を持っている二人は、街を歩くとどうしても浮いてしまうのだ。
「変装か。初めてだな」
「そうなのですか?」
「よく城下町には降りていたのだが、平民の服に着替えて、帽子を目深に被るくらいで、特に変装はしていなかった」
「自由だったんだね」
「羨ましいですわ」
「……二人共、何か失礼な事を考えていないか?」
ふと、二人の頭に、女の子と間違えられるアンディが浮かんでいた。
「「いいえ、何も」」
アンディの眉の間にシワが寄ったまま、馬車は先を急いだ。
「もう着くわ。ようこそ、ブローン領へ」
レンガで出来た可愛らしい街が見えてきた。
早い時間だからか、人通りは少ないがこちらとしては、好都合だった。が、風の馬であるため、皆怪訝な顔でこちらを見ていた。
さっさと街中を進むと、大きな建物が見えてきた。
「ここが、領邸よ」
馬車は、その門のところで止まった。
まずは、羽をすぐに何処かへ置かなければならない。
「使っていない倉庫があったから、そこに置くのが良いわね。人通りも少ないところだから、影響はないと思うわ」
そう言って馬車を降りると、すでに執事の方が気持ち悪そうな顔で立っていた。
「うぷ! ……おかえりなさいませ、アンジェリーナ様。お……お客人の方々も、ようこそおいでくださいました」
「しばらく滞在するから、よろしくね。それより、仕事があるの。私達にしか出来ないのよ。あるものを預かるために、使っていない倉庫に運びたいの。鍵持って、倉庫へ来てくれるかしら」
「……かしこまりました。す……ぐ準備致します」
体調の良くない身体に鞭を打ち、駆け足で執事は、建物の中へ入って行った。
リコとアンディは馬車置き場へと向かい、ドリスとリーナは羽を持って、倉庫の前にいると、駆け足で執事が寄ってきた。
「お嬢様、鍵でございます……うっ!」
「ありがとう。貴方は離れていて。普通の人は気持ちが悪くなるの」
「……かしこまりましたうぷっ!」
やっぱりドリス達ではないとダメらしい。
倉庫に羽をしまっても、執事の調子は治らなかった。
「申し訳ないけど、私達が滞在中はここをあまり通らない様、みんなに伝えてくれる?」
「……かじごまりました。……もうお客様方は……別の者が案内じて、邸内におりばすので……そちらにご案内致しまず」
執事は噛みつつも、吐きそうになるのを堪えながら、ドリス達に他の皆について伝えた。
何だかんだで、無事、ブローン領に着いてよかった。
ドリスはひっそりと思った。




