46 かなりの大物? 食い散らかした魔獣の正体
「これは……すごい量になったな」
アンディは辺り一面、白い花の絨毯が敷かれたように、おびただしい量の花が広がっているのを見て、呆れたような声を出した。
エルとトールは足が動くようになったらしく、こちらへ向かって来る。
「やっと来れた」
「大分足が楽になった」
高濃度の魔素に当たると、魔力がない、又は魔力が弱い人は、身体も重くなるらしい。二人は何もしていないのに、疲労が溜まっている顔になっていた。
「この花は摘んだ方が良いけど、この量は……」
途方も無いとばかりに、エルは遠い目をしてつぶやいた。
「採取はした方がいい。この花の価値は高いからな。今日は、持てるだけ採取しよう」
アンディの号令で一応持って来た紙袋を手に、兵士を含んだ皆で手分けして花を摘んでいった。
狼達も自由に動けるようになったらしく、様変わりした縄張りに驚きながらも、気持ち良さそうな表情をしている。
そんな姿に癒されながら、ドリスが花を摘んでいると、側に大きな羽があるのに気づいた。
「何この羽!? 大きい!!」
羽の大きさは、ドリスの身長の三分の二はあるエメラルドグリーンの羽だった。
「どうしたー?」
エルが遠くから近づいてくると、ドリスは羽をエルの前に掲げて見せた。
「大きな羽を見つけたの。もしかして、これが上位魔獣の羽かな?」
「ドリス……悪い。それ見てると、何だか気持ち悪く……」
「え?」
ドリスはすぐに察し、羽を持って、エルがゴマに見えるまで離れた。
「ここで持っていても気持ち悪い?」
大声で叫ぶと、エルも叫び返した。
「……少しマシになった!」
「魔力を帯びているのかな?」
ドリスが疑問に思っていると、精霊の叫び声が聞こえた。
『ドドドドドッドリス!? どこでその羽を見つけた!?』
アンディの精霊ジンが、どもった声で叫んだ。
「一体どうした」
アンディもドリスに近づいて来た。
「さっき、そこで拾いました。どうやら、ここを襲った魔獣のものみたいです」
「これは……すごいな。この羽の魔力、すごい濃い」
『そりゃそうだろ!! なんたって、大精霊様の羽だからな!!』
ジンがそう言うと、辺りは静まりかえった。
大精霊。
それは、それぞれの属性の頂点に君臨する、精霊の長のことだ。
通常、精霊は視える人と視えない人に別れるが、大精霊のみ、実体の姿を保つことが出来る、古龍と並ぶほどの存在である。
噂によると、鳥の姿をしており、滅多に人前に姿を現すことがない。気持ちが赴くままに、あちこちを移動するらしい。
もちろん気に入った土地があれば、そこに留まることもあるが、明確にここに居ると断言出来た例は無いに等しい。
かなり貴重な存在で、精霊達も震え上がるくらい、高濃度の魔素を纏っているらしい。
『俺だって、大精霊様なんて、見たことがないんだよ。でも、それだけの魔素を纏える鳥は大精霊様しか浮かばないし、何より風の魔力が強い。恐らくこれ、風の大精霊様の羽だよ。狼達を襲って来た魔獣は、風の大精霊様だったんだ』
その事実に、その場にいた三人は、固まってしまった。
「古龍と並ぶ存在って……災害級の出来事がここであったってこと!?」
「これ、国に報告上げなきゃいけないんじゃありません?」
「災害級というのは当たっているな。急激な魔素の上昇は、弱い魔獣を散らす代わりに、強い魔獣を惹きつける。遅かれ早かれ、この場に脅威となる魔獣が住み着いたとしても、おかしくなかった事態だということだ」
「じゃあ……もし、このままにしてたら……」
ドリスの言葉に、皆はゾッとした。
「とにかく、これも持ち帰ろう。但し、普通の人間では酔ってしまうくらいの魔力だ」
すると、遠くにいたエルにアンディが叫んだ。
「エル!! あまり使っていない倉庫とかあるか?」
大声でエルも答える。
「あると思うけど、大体が、種とか植物の保管場所なんだ!! もしかしたら、その影響を受けて、育つ植物もあるかもしれない!!」
「出来ればそういう場所は避けたい!! あまり人の出入りが少ない所に保管したい!!」
「それなら、その羽も入るくらいのスペースはある!! ガラクタ置き場になっている倉庫があるんだ!! そこに入れよう!!」
とにかく早く、この事をアピッツ侯爵に報告した方がいい。
エルとトールは一足先に、紙袋いっぱいになった花を出来る限り持って、急いで領邸へ。狼達はその後ろをついて行った。
残りの四人は、羽と残りの紙袋を持って、ゆっくり帰ることになった。
アピッツ侯爵は、朝言っていた通り、まだ出かけ先から帰って来ていなかった。
大精霊の羽は、エルの権限で倉庫を開けてもらい、アンディとリコはそこに羽を置いた。
「これに合う箱は……ないか」
見渡すが、ガラクタ置き場と言うだけあり、壊れたビーカーの山や、どこに飾ったら良いか分からない熊の剥製など、関連性のない、ありとあらゆるものが雑多に置かれていた。
すると、ドリスとリーナが細長くなったロール紙を運んで来た。
「エルから、渡されたの。これで包めって」
「でかした。だが、ロール紙なんてどこにあったんだ?」
「薬を調合するときに便利みたいで、大量に紙を買うより、ロール紙で買っちゃった方がお得だったそうですわ。これを好きなだけ切って、使って良いそうです」
アピッツ領は薬にかけるお金が多い代わりに、備品などは出来るだけ安く仕入れる事に徹底している。
このロール紙も、幅がドリス達の身長より高いもの。羽を包むには十分な大きさだった。
羽をロール紙で包み、倉庫の中に置いて鍵をかけてから部屋に戻ると、留守番のトールとエルの弟のヴィリーも一緒にいた。
「殿下、兄上、お帰りなさいませ。……何か凄かったみたいだね」
ヴィリーは話を聞いて、引きつった表情をしていた。話を変えるため、狼達の話をエルに振った。
「狼達は連れて帰って来たんだね」
「あぁ。もう、置いて来ても平気なんだが、一応父上の許可がない限り、余計な事をしない方が良いと判断した」
「もう、うちのにしちゃえば? 言うこと聴くんだったら、うちに大分利益があると思うけど」
「彼らに聞いたら、出来れば元の暮らしをしたいそうだ。こちらの都合を押し付けるような事はしない方が良いと思う」
そんな話をしているうちに、アピッツ侯爵が帰って来た。
エルがすぐさま報告すると、眉の中央に深い縦じわが寄った。
「そんなに花が育ったのか?」
「えぇ。それと、大精霊と思われる羽も持ち帰りました」
「外で兵と会って聞いた。俺達には気持ち悪くなるんだろう? どうすればいいんだ」
「王に献上するか、魔力が高いものに管理を依頼するか……しかないようです」
「とにかく王に報告だな。花だが、出来る限り、こちらで全て摘んでしまおう。生態系に異常があっては困る。種も全部とは言わんが、出来るだけ集めてくれ」
「分かりました。明日、兵達にも……」
「兵もそうだが、研究員も連れて行ってはどうだ?」
「あぁ……なるほど。それなら捗りそうですね」
「それに、花を摘むだけなら、お前達が行く必要はない。折角遊びに来てくれているというのに、本来うちの者でしなければならない仕事に、いつまでも巻き込むわけにはいかない」
「……そうですね」
「狼達は、花を摘み取ったら、すぐにでも帰そう。だが、食料が無ければ、こちらを頼れと言っておいてくれ。明日は皆、休め。後はこちらの仕事だ。そう客人にも伝えてくれ」
「かしこまりました」
エルは皆に、明日は休みという事を伝えると、緊張感のあった顔が、一気に脱力した顔になった。
「そういえば私達、遊びに来たのでしたわね」
「すっかり忘れてたね」
「申し訳ない。うちの領の事情で」
「狼達にも伝えるのでしょう? 私も行ってもいい?」
「あぁ」
「兄上! 俺も行ってもいい?」
「……ドリスの真似をするな、ヴィリー」
「行ってもよろしいでしょうか?」
「許す」
結局、全員で行く事になった。エルが狼達に父の言葉を伝えると、舌でペロッと舐められた。
「ありがとう」との事らしい。
ヴィリーは興奮して、ワッシャワッシャ狼達を撫でていて、狼達は嬉しそうにすり寄っていた。




