43 魔獣……現る!
ヴィオラお祖母様に会った次の日、ドリス達は乗馬を楽しんでいた。
今日は、研究所に行くと言い、ヴィリーはいなかった。
トールは本当に、乗馬がうまい。どんな馬も華麗に乗りこなした。
「なにせ、乗馬大会の優勝候補だ」
「え!? そうなの?」
「乗馬の授業でも、うちのクラスで一番だった」
満更でもない顔を見せるトールは、障害物も華麗にこなしていった。
「エルもすごいよね。慣れてる」
トールほどではないが、障害物を危なげなくこなしていった。
「ドリスもすごいわよ! いつやっているの?」
「前は休みの度にお祖父様のところへ行って、乗せてもらっていたの。たまに義兄様の実家の領でも、乗っていたから、慣れているだけ」
ドリスの祖父は、ブレンターノ伯爵だ。トールの領の隣に領を持ち、国で一番の食料庫だけあって、肉を育てるため、動物も多くいる。特に馬は移動手段には欠かせないため、領民全員が馬に乗れる。
そんな環境だったため、ドリスが馬に乗れたのも必然……と思いきや、運動神経が優れていた結果らしい。
なぜなら、姉妹で一番上のカミラは乗ることが出来なかったのだ。
馬には好かれていたのだが、いかんせん馬に乗れないと意味がない。
人の手を借りて乗るのがやっと。
乗ったとしても、いまいち操縦の仕方が下手で、馬が正しい反応をしているにも関わらず、カミラが間違った操縦をしてしまうため、進みたい方向にすら行けないという結果に。
「そ……それは。カミラ様、お気の毒ね」
「リーナは? やっぱり領で?」
「そうよ。領邸で飼育している馬を借りて、乗せてもらっていたの」
「殿下は?」
「……うるさい」
アンディは恐る恐る、手綱を引っ張り馬をとぼとぼと動かしていた。
「殿下は乗馬を常に後回しにしたため、いつの間にか、馬にまたがることすら恐がるように……」
「リコ!!」
侍従のリコが説明しようとするのを全力で阻止しつつ、馬にびびっていた。心なしか、馬も呆れ顔である。
「練習が必要だな」
「留学してきてよかったんじゃない? 同じ国の貴族にその姿観られてたら、後ろ指指されそうだ」
「確かに」と皆、心の中でつぶやいた。
アンディの怒りが噴射しようとしていたその時、アピッツ領の兵士二人が走ってこちらに来た。
「若様! 魔獣が出現しました!!」
「何だって!? どこに?」
「近くの山です。今、住民に避難勧告を行っております」
「魔獣にはまだ、攻撃していないんだな?」
「はい。領主様も先代夫人も、お出かけになられていまして、指示をお願いしたく参りました」
「分かった。まだ、魔獣を攻撃しないよう、皆に伝えに言ってくれ」
そういって、エルが乗っていた馬を降り、兵士に渡した。その馬に乗って、兵士は山へ。
「トール。魔獣について詳しいよな。早速実践してみようと思う。来てくれるか?」
「任せろ」
「待って! 私も行かせて! もし捕縛するなら、アイリスに頼めるから」
「……わかった。ただ、俺の指示に従ってくれ。念の為、剣を持っていく。剣三本用意を!」
「はっ!」
「アンディ、リーナ。馬から降りてくれるか? その馬を連れて行く」
「わかりましたわ」
「すぐ降りる」
トールとドリスは兵士について行き、エルは馬に乗り、もう一頭の手綱を掴み、一緒に来るよう誘導した。
残された二人は、エルの指示の早さに唖然とした。
「的確な指示だな」
「動揺もせずに流石ですわ」
「……俺はまだまだ足りんな」
「これからですよ」
リーナが微笑むと、アンディはキョトンとした顔になった。
ドリス達は剣を下げて、馬で山を目指した。
そこには兵士の人だかりが。
「魔獣は?」
「若様! あちらです」
馬から降り、指示された方に急ぐと、子どもと思われる魔獣がいた。
身体は白く、額には青い石がついていた。
「犬……かな?」
「いや、狼かも」
「なにか恐がっているみたいだな。俺がいつものようにやってみるよ」
トールが前に進むと、少し警戒しているのか、後退りをした。
「お腹空いているのか?」
そう尋ねると、魔獣は戸惑いつつもこくんとうなずいた。
「ご飯持って来たから、おいで」
それは、料理長に頼んで持って来てもらった、クズの肉だった。ありったけのクズ肉を、いくつかに分けた物を一つひとつ葉っぱに包んでもらい、紙袋に入れて持って来たのだ。
ひとつの葉っぱの包みを開き、クズ肉が見えるように置くと、魔獣はのろのろと近づき、匂いを嗅ぐと、すぐさまがっついた。
「お前、そんなに腹減ってたのか」
トールは優しく話しかけると、クズ肉を食べ終わった魔獣が、顔を上げて、トールに擦り寄り、服を軽く噛んでクイクイと引っ張った。
「なんだ?」
トールはエルに目配せすると、エルがうなずきトールは覚悟を決めたようにうなずいた。
するとトールは、魔獣の誘導に従いついて行く。
「どうしたの?」
「多分、仲間がいるんだろ。トールに確かめて来てもらう事にした」
「大丈夫なの?」
「大人数で行くと警戒されるかもしれないからな。トールなら、剣の腕も立つし平気だろう」
しばらくすると、トールが子どもの魔獣と一緒に、五頭の成人魔獣を引き連れて来た。
五頭とも、どこか弱々しい。
それを察して、ドリスが急いでクズ肉を置いて行くと、いきなり五頭ともこちらに向かって走り出した。
「ドリス!!」
すぐにエルがドリスを庇うように前に立った。
ただ、魔獣達はドリスに目もくれず、一心不乱に肉にかぶりついている。
少しホッとしたが、ドリスはエルの背中の大きさに密かに驚いていた。
エルってこんなに背中大きかったっけ? 私って今、もしかして……守ってもらってる!? 何? この動悸は!?
なぜか分からないが、ドリスは顔が赤くなっていた。
どうやら、魔獣五頭ともお腹が空いていて、とりあえず肉を食べさせてあげるために連れて来たら、目の前の肉に居ても立っても居られず、がっついてしまったらしい。
「ごめん! 止められなくて」
「しょうがない。……山の食料が少なかったのか?」
わざわざこんなに山の麓にまで来た理由は、それしか考えつかなかった。
「落ち着いたら聞いてみるよ。魔獣は頭がいいからね。魔獣と契約しちゃえば、話す内容もすぐに分かるけれど……」
魔獣たちががっついて尻尾をブンブン振ってる姿を見て、兵士を含む皆の顔に、笑みが浮かんだ。




