42 この人がエルのお祖母様!
外に用意されたお茶会の席に、ドリス達は参加していた。
アピッツ家の庭は、どの花も薬草や香草で敷き詰められている。
それに気づかなければ、ただ、可憐な花が咲き誇っているとしか思えないものだった。
「皆様。ようこそお越しくださいました。私は前アピッツ侯爵が妻、ヴィオラと申します。エルヴィンの祖母として、皆様を歓迎致しますわ」
エルヴィンの祖母はとても優雅で上品そうな、優しそうな方だった。
白髪混じりの金髪に、緑の瞳。
背は年の割に高めで、背筋をしゃんとさせている。
目の前にいる人は、エルの話とは、反対の気がする。皆でエルの事を疑った目で見たが、その当人と弟は、ブルブル震えていた。
なぜだろうと思っていると、ヴィオラはまず、王族であるアンディに話しかけた。この場では、アンディが最上位。次に、リーナ、トール、最後がドリスだ。
「ワシューからお越しになったとお聞きしております。我が領はあまり見るところがないため、お楽しみいただけないかと心配ですが……何か不便していることはございませんか?」
「ない。それなりに楽しんでいるぞ。ワシューは今、作物を育てるにも苦労しているため、出来れば助言をもらいたいと思っている」
「どうぞ、エルやヴィリーを使ってくださいまし。ロザリファ王の許可が降りれば、そちらで育てることも可能かと」
「気遣い、痛みいる」
次はリーナの元へ顔を向けた。
「リーナ様、貴方のお祖母様とは懇意にさせて頂いております」
「まぁ……そうなのですか?」
「アピッツ家は、あの元嫁のせいで、一時期、過激派と勘違いされてしまったので、ひっそりとお会いしておりました。リーナ様は外見はお母様似かと存じますが、雰囲気はお祖父様に似ておられます」
「……初めて言われました。この容姿のため、全く似ていないと言われることが多かったのですよ?」
「長くあの方々と付き合っていれば、誰でもわかることですわ。きっと、それ以外の方々から、言われたのでしょう。誰がなんと言おうと、貴方はブローン公爵の血が入っておりますわ」
「……気遣いとはいえ、とても嬉しいですわ」
リーナは、黒髪にオレンジの瞳の、ワシュー王国出身の母親に良く似ている。
ロザリファには全くいないと言っても良いくらいの容姿を持つ彼女は、影で色々言われていることもわかっていた。
ヴィオラは、堂々としていれば良いと背中を押してくれているのがわかる。
リーナにとっては、心強い味方を得たも同然だった。
次はトールに顔を向ける。
「ファルトマン領といえば、紙ですね。最近では名刺なるものにも、力を入れているとか」
「はい。ドラッファルグから伝え聞いたものです。そちらから依頼がありまして、我が領がこの国で初めて、それを作りました。主に商人たちからご好評頂いております」
「実用的で良いですわ。たまに、名前を思い出せないときに重宝しておりますのよ。名前以外でお願いしたいのだけれど……それはこちらから注文できるのかしら?」
「はい、一枚から可能ですよ」
「お茶会の時に使いたいと思って。今度お願いするわね」
「かしこまりました。父に伝えておきます」
最後はドリスに顔を向けた。
「ベッティとは、学園時代からの仲なの。昔から話は聞いていたわ。今も、自分を責めているのかしら?」
その言葉に、ドリスは一瞬固まった。
アルベルツ家は、男児がいなかった。
一縷の望みを賭けて産んだ末っ子は、残念ながら、女だった。さぞかし両親は失望したに違いない。
昔は、よく自分が男だったらと思うこともあった。
今では、カミラやドリスを含めた家族を、全力で支えてくれるローレンツが来てくれたから、そんな心配は無用だ。
ドリスも思いっきり好きなことに取り組むことができて、ローレンツには本当に感謝している。
「昔とは、状況が違いますので、それはもう気にしていません」
「そう。ベッティから、孫の中で一番男らしいのは貴女と聞いていたの。もしかして、無理に振る舞っているのかと思っていたのだけれど……」
「お……男らしい?」
すると、周りからクスクスと笑いが漏れる。
「肩の力を抜いて、その性格なら良いわ。無理してないことが分かっただけでも安心ですからね」
「……はい」
ドリスとの会話はそれで終わった。
「さてと」
アピッツ兄弟はビクッと肩を震わせた。
「元気そうで何より。ここを離れてから、便りが一度もなくて寂しかったわ」
二人はダラダラと冷や汗が止まらない。
「お……お祖母様、気を楽にして、お話しください」
「お客様がいる前で?」
「あ……そ……れは、その……」
エルがどもっていると、ヴィリーが助け舟を出した。
「お久しぶりでございます、お祖母様! 研究に打ち込み過ぎて、つい、怠ってしまい、申し訳ございません」
白々しい笑顔を向けると、ヴィオラは「ふぅ」とため息をついた。
「研究熱心なのは良いことでもあります。けれど、それで身体を壊したり、やるべきことを怠るのは以ての外です。うちはただでさえ、田舎なのですから、情報収集は重要ですよ。植物の情報もそうですが、貴族間の情報にも力を入れるようにね」
「「は……はい」」
「皆さん。ぜひ、今後とも孫達と仲良くしてくださいませ。ちょっと足らないところがありますが、皆さんにも有益なところもあるかと存じます。もし情報に困ったら、ベッティもそうですが、私にも頼ってくだされば、力になりますわ」
「色々、お気遣い感謝いたします」
ドリスが言うと、ヴィオラはにっこりと微笑んだ。
これで、お茶会はお開きとなった。本当に、ドリス達に挨拶したいだけだとわかり、ホッとした。
ヴィオラがその場を後にすると、皆一斉に、エルに身体を向けた。
「エル。お祖母様、恐い人じゃなかったよ!」
「そうよ! とってもお優しい人じゃない」
「あぁ……拍子抜けだった」
「厳しそうだけど、優しいお方じゃないか」
四人の言葉を聞いて、アピッツ兄弟は驚愕した。
「皆、分からないのか!? まず、お祖母様は俺たちに向かって、『元気そうで何より。ここを離れてから、便りが一度もなくて寂しかったわ』て言ったのは分かる?」
「普通よね?」
「不自然には思わなかったけど?」
「普通はな。ただ、今のを訳すとこうなる」
「『何で、手紙一通すらよこさないんだ、ああん? お前ら私を舐めているのか?』 ……になるんだ」
「「え……」」
ドリスとリーナは固まった。
「気楽に話してってお願いしたら、『お客様がいる前で?』と言ったんだけど、それは……」
『テメェら、客が居る前で私に醜態さらせと?』
「……と訳される」
それを聞いて、女性陣は目が点になった。
「……言っていることは正しいと思う」
「そうね。手紙を出して近況報告なんて、最低限の礼儀だし、いきなりお客様の前で、気軽にお話しくださいなんて、失礼だと思うわよね」
その言葉に男性陣、特にアピッツ兄弟は恥ずかしさで、顔を伏せてしまった。
今まではただ、いつもなぜかガミガミ言うところが苦手だったのだが、明らかに自分達の失態のせいで、お祖母様が怒っていることに、今更ながら気づいたのだ。
「お前達は、本当に社交に力を入れた方が良さそうだ」
アンディの言葉が二人に追い打ちをかけ、兄弟で顔を真っ赤にさせた。




