38 研究室で、エルの弟に会ったよ
「なぜ、そんなことに?」
「思ったよりも身体の調子が良かったらしい。是非、エルの友人達に会いたいとのことだ。滞在中のどこかで会ってもらいたい」
硬い口調で言うエルとその父の二人に、「お祖母様って?」と皆、疑問だったが、トールだけなぜか笑うのを必死に堪えていた。
「お祖母様って、どの様な方なのです?」
「一見物腰が柔らかいが、きつい人だ。ドリスには前も言ったけど、ドリスのお祖母様とは旧知の仲なんだ。社交上手で知られている」
「厳しそうな人だと、ジンが言っている」
「その通りだ。俺と弟を母の代わりに育ててくれた人なんだ。……俺は逆らえない」
それには皆、息を飲んだ。
「とにかく、ここでどう過ごすか決めておこう。トールのところと同じで、乗馬や剣術はやれるぞ。それと、皆には、研究所を見学してもらいたい。うちの領の唯一の目玉だ。そこに弟もいるから、後で紹介するよ」
すると、アンディがドリスに身体を向けた。
「ドリスは、戦う時に使う種を多く手に入れるように。ここでは、お前の精霊も生き生きと出来るだろうから、色々試そう」
「わかりました」
「種なら研究所にあるし、そこで渡せるな。ドリスってどんな精霊なんだっけ?」
「植物を育てる精霊だよ」
「なら、研究に少し協力してもらうかもしれない。育ちにくい植物があるんだ。理由とか分かればもっといい」
「分かった。アイリスよろしく!」
『任されました~!!』
領に着いた当日は流石に部屋で休みを取り、翌日研究所に行くことになった。
『んん~!! こんなに草花が生き生きしているなんて、気持ちいい~!! 土がいいのかなぁ? それとも水? あ、どっちも? 最っ高じゃない!!』
アイリスは、研究所にいる精霊達に、ここの成育環境を尋ねまくっていた。
「ここ、人間でいうと、王族が泊まるような、高級宿屋と同じくらい気持ち良いみたい」
アイリスが言いたいことをドリスが代弁すると、リーナは目を見開いた。
「ってことは物凄く、手厚い環境で育てられているようね」
そう。ここでは、植物は王様の様な扱いだったのだ。
「白衣の人多いなぁ。エルもあるのか? 白衣」
「もちろんだ。研究する時は、誰もが身につける決まりだしな」
「興味深いな。あれは作物だろう? なぜ、花が隣に植えられているんだ?」
「あの花が虫除けになるんだ。作物の相性もあるみたいだから、研究している」
「その育て方をしているのは、ここだけ?」
「今のところは。まだ実験段階だしな」
「それが成功したら、ブレンターノ家に、試験的に協力をしてもらう予定なのですよ」
後ろから声がするので振り向くと、そこには、茶髪に碧眼の、エルそっくりな面立ちをした少年が立っていた。
「ヴィリー。どこ行っていたんだ?」
「うん。ちょっと、材料を取りに行っててね」
ヴィリーと呼ばれた少年の手には、小さいプランターがたくさん入った長方形の籠を持っていた。
「自己紹介は、これ置いてからで良い?」
あどけない笑顔で、少年はそう言った。
「あ〜重かった!!」
少年は籠を下ろすとこちらを向き、丁寧な自己紹介をした。
「アピッツ侯爵が次男、ヴィリーと申します。齢十二になる若輩者でございますが、どうぞ、よろしくお願い致します」
ヴィリーの丁寧な挨拶に唖然とする中、エルだけは「はぁ」とため息をついた。
「ヴィリー。猫かぶりは止めろ」
「だって王子様がいるんだよ? それに、うちを救ってくれた救世主だっているんでしょ? 丁寧な挨拶くらいして当然じゃない?」
「救世主……」
ドリスがつぶやくと、皆がニヤニヤしながら、ドリスを見る。
「あ! 貴方が救世主? 本当にありがとう!! これでゆっくり、安心して研究出来るよ!!」
目ざとくドリスを見つけ、満面の笑みで微笑んだ。
お互い自己紹介が終わり、見学に戻ろうとすると、なぜかヴィリーもついてきた。
「好きなだけ研究していいんだぞ?」
「兄上の友人達が気になるんだ! いいでしょ?」
「……邪魔するなよ」
エルは「はぁ」とため息をつき、研究所の施設を案内する。
研究所には、薬草と香草を試験的に栽培する畑、新たな品種を造るために、交配を行なったり、ポーションを試作するための実験室、ポーションを造る精製所など、多岐に渡る。
「エルは土を研究してたんだっけ?」
「そう。肥料の研究な。俺が造る肥料は良いのができるって言うから……」
「土の精霊の力だな」
それを聞き、ヴィリーは目を丸くした。
「兄上に、精霊が憑いていたのですか?」
「あぁ。ヴィリーにも憑いているぞ。下位の植物の精霊か。それも今では貴重だな」
「俺にも!?」
「私と一緒だね」
ドリスが言うと、ヴィリーの顔が少し赤くなった。
「おい! ヴィリー!! あまりドリスを見るな!!」
「兄上が嫌なら俺が……」
「ドリス、モテモテね」
「何のこと?」
本当に恋愛に興味ないんだなと、この場にいる誰もが思った。
ドリスとリーナが話している間に、兄弟でコソコソ話していた。
「未来の姉上は、天然のようだね」
「まだ……決まったわけじゃ……」
「じゃあ俺が!!」
「それはダメだ!!」
「なら、はっきり言わないと。あの人、意外と惹きつけやすいし、本人は自覚なくても、ライバルは多いと思う。……兄上になびかないのが不思議だよ」
「なぜだ?」
「……ここにも天然がいた」
エルは忘れがちだが、銀髪碧眼の美形。ただ、本人にはその自覚がまったくない。
ヴィリーも同じ顔を持つものの、銀髪の綺麗な髪を持つ兄には敵わないと思っているようだ。
呆れながら言う弟に、エルは首を傾げる。
すると、ヴィリーの肩にポンとトールが手を置いた。
「ヴィリー。暖かく見守ろうよ。なんだかんだ言って、二人はお似合いだからさ」
「そのようですね。兄が恋愛事で慌てる姿は見られないと思っていたので、新鮮です」
トールとヴィリーは、互いに同じ何かを感じ取り、無言で握手した。
その様子を後ろから見ていたアンディは、楽しそうでいいなぁと密かに羨ましがっていた。




