03 私、精霊が視たい!!
子息令嬢と書いてありますが、間違えではありません。
前作の「つり目」では、令息とするところを子息としてしまったため、今回このようにしました。
王立ロザリファ貴族学園は十四から十六歳になる、貴族の子息令嬢が通うところ。
その二年間の学園生活の目的は、勉学もそうだが、本命は社交にある。
社交界デビューの前の練習の様なものだ。
ただ、練習ではあるが、影響は社交界に出るのと変わらない。
下の爵位の者が、上の爵位の者に粗相しようものなら、罰が下ることもある。粗相した本人が、将来社交界デビュー出来ないとか、親が左遷される、又は、失職することもある。それがきっかけで、家が没落することだってあるのだ。
それに、学園とは、将来の相手を捜す場でもある。
すでに婚約者がいる者にとっては関係無いが、まだ居ない者も居て、相手を捜す為に学園に来たという者も少なくない。
特にロザリファでは、男女共に成人年齢である十六歳以上であれば、結婚が可能だ。
その年齢の低さからか、女性は二十歳を過ぎれば行き遅れ。なので、女性は将来の旦那探しに奔走する。
ドリスには婚約者が居ないが、本人は全くそんな相手を捜す気など無かった。
なぜなら、あの、苦い出来事があったからだ。
あれは三年くらい前、ドリスは姉のデリアと共に、アルベルツ家主催のパーティーに出席していた。
そのパーティーは、未来の婚約者探しも兼ねているものだった。
苦い思い出は、出席していた、とある子息が言った言葉から始まった。
「俺、ミーシェ語を話せるんだ!」
そう言った子息は、ミーシェ語の簡単な挨拶や、単語を話していた。「すごいだろ!」と天狗になっていた子息は、姉のデリアに話しかけた。すると……
『それくらい、私も出来るわ。もっと流暢に話せないの?』
とても流暢なミーシェ語を聞いて、子ども達はおろか大人達まで驚きの目でデリアを見ていた。
ドリスは「私もそれくらい出来るんだけどな」と言おうとした、その時……
「お……女のくせに! 可愛くない奴だな、お前!」
その言葉に、デリアとドリスはきょとんとなった。
「そういう時は、男を持ち上げるのが良い女なんだよ! お前、そんなことも分からないのか!? 男の俺に、恥を欠かせるな!!」
なんて自分勝手な言い分だと思ったが、うんうんとうなずく大人もいて、ドリスはショックを受けた。
隣にいたデリアは、顔を青くして、固まっていた。
デリアもドリスも、そのことを切っ掛けに、男に夢を抱くようなことはやめた。
デリアは幸運にも、義兄ローレンツの弟、ヴェンデルに見初められ、結婚することになった。
けれどドリスは、そんな人は現れないだろうと、すでに諦めている。
そんなことよりも、ドリスには、学園に行きたい訳がある。
一つは堅実に、王城の女官になる資格を得ること。
学園で優秀な成績が取れれば、これをもらうことができる。
これを持っておけば、王城に就職出来て、自立することが可能だからだ。
もう一つは、ドリスの夢である、ロザリファ初の精霊魔法士になることだった。
まず、この世界には精霊がいる。
視えても視えなくても、魔力がある人間には、必ず憑いているのだ。
だが、精霊信仰次第で精霊が視え、その精霊の力を借りて、魔法が使える国と、精霊が視えず、魔法が使えない国があった。
ロザリファは、この世界で三つあるうちの、大国と呼ばれる国の一つだが、精霊信仰がなく、魔法が使えない国。
精霊は存在するのに、視ることすら出来ない国だったのだ。
精霊魔法士とは、精霊を視ることができ、精霊の力を借りて、魔法が扱える人の総称である。魔法が使える国の人は、国の全員が精霊魔法士ということになる。
ちなみに、精霊魔術師というのも存在するが、それは、魔法を極めた人や、多数の精霊と契約が出来る稀な人の総称のこと。
もちろんドリスが目指すのは、精霊魔法士の方だ。
今日も、食事が終わると、ドリスは侍女と一緒に庭に向かった。
花壇には一つ一つ、生き生きと、それぞれ立派な花が咲いている。
そこでドリスは、いつも両手を組み、祈りを捧げていた。花の精霊がいることを信じて、小さい頃からやっている儀式だ。
精霊を視るには、毎日精霊に祈ることが重要と聞いたことがある。
ドリスは、その話を聞いた五歳の時から、毎日花に向かって、精霊に祈りを捧げている。
しかし、全く精霊を視る兆しすらなかった。
ドリスが学園に行く理由、それは、学園で同級生になる、とある公爵令嬢か、他国から留学に来る王子のどちらかに、精霊を視る方法を教えてもらうことだった。
とある公爵令嬢は、ロザリファの公爵と、ワシュー王国という国の元公爵令嬢を親に持つ。
ワシュー王国は精霊が視える国なので、もしかしたら公爵令嬢は、既に精霊魔法士なのかもしれない!
そして、他国から留学に来る王子様は、そのワシュー王国の王子。ということは、必ず精霊のことを知っているはず!
接触するには、公爵令嬢の方が同性なので、まだ接触しやすい。
未来の婚約者より……精霊が視たい!!
それは、単に夢見る小娘の、小さな願望だった。