36 私の魔力が多い理由
バタバタと音が聞こえたので、皆、ドアの方を見ると、五十代くらいの男が顔を出した。
「殿下! 私が、ファルトマン伯爵アンゼルムにございます」
「戻ったか」
トールの父であるアンゼルムは、顔の造りが若干違うものの、髪と瞳の色と凛々しい眉は、トールとそっくりだった。
「私の書斎室へ、お越しくださいませ」
「わかった。私は、ちょっと席を外す」
「あぁ! 行ってらっしゃい」
トールが気さくにアンディに向かって言うと、アンゼルムからお叱りを受けてしまった。
「アナトール! そのような口調を……」
「良い。私がそうしてくれと頼んだんだ」
「それなら……」
リコと共にアンディは、書斎室へ。
ようやく落ち着いたリーナは、自分がさっきなっていた状態に、顔を赤くしていた。
「痴態を見られてしまいましたわ」
「それなら私なんて、ヨダレを垂らしているところを見られたのよ! もう~!! 恥ずかしいったら~」
「ドリスの場合、家でもそうなのではなくて?」
ギクッとなったドリスはそっぽ向いた。
「にしても、精霊のせいなんてな。不思議なことは、みんな精霊の仕業か?」
「どうなの? アイリス」
『視えない人間には、そう感じるかもしれないね。全部が全部、精霊がやったことでは無いかもしれないけど』
このことを伝えると、エルは嬉しそうな顔で口を開いた。
「俺らのことを思ってくれているのは、ありがたいことだよな」
「確かに。一人ひとりに神様が着いているみたいだ」
「でも、魔力が無い子には憑かないよ?」
「それでも、見ていると思う。魔力が無いだけで、実際憑きたくても憑けない奴もいるんじゃないか?」
『いるよ! いっぱい。 あの子に憑きたいなぁって思っても、魔力が無いと憑けないから、せめて、たまに側に近寄るだけの子とか』
「……だって」
ドリスがアイリスが話していることをそのまま言うと、リーナは困り顔で口を開いた。
「ずっと見られているなら、自分がしていることを全て見ているということよね?」
「そういうことだね」
「私の精霊も?」
「うん」
「うわぁ……」
リーナは恥ずかしいのか、顔を両手で隠している。
「というか、全員憑いてるってことは、全員魔力があるってことか。その中で、上位の精霊はアンディにリーナにドリス。共通点は?」
「リーナはアンディと血が繋がっているんだっけ?」
「だとしても、ものすごーく遠いわよ? それよりロザリファの王族の血の方が濃いわ。外見はワシューに近いけれど」
リーナの母親は、ワシュー国の元公爵令嬢。
公爵ということは、元ワシュー国の王族ということなので、アンディとも血が繋がっている。
そして、父方の祖父は、ロザリファの先代国王の弟。
血統的に見れば、ロザリファの王族の方が近い。
「ドリスは? 王族の血、入っているんじゃないのか?」
「どうしてそう言えるの? エル」
「カミラ様の容姿だよ。髪と瞳の色は、国王と同じだったじゃないか」
それを聞いて、ドリスはあることを思い出した。
「あ……そう言えば忘れてた。私、王族の血、入ってた」
「え!? じゃあ私とは遠い親戚になるの?」
「多分……庶子の王女様が嫁いできたことがあったから……」
「まぁ! どうして嫁いできたの?」
「その王女様の護衛をしていたのが、うちのご先祖様だったの。元々うちは騎士の家系だったみたい。武功を立てて、子爵まで上がったそうよ。で、護衛をしているうちに……」
すると、キラキラした顔のリーナが叫んだ。
「キャー! 恋愛小説みたいですわー!!」
「男としても憧れるな」
「自分が守っていた姫を妻にできる。男の夢だな」
「庶子の王女様だったから、子爵位でも嫁げたんだよ! 誰でも出来ると思わないでね」
「庶子にしても、強く王族の血があったのね。ドリスの世代まで引き継がれているなんて……」
「それもそうだね。その王女様、王族の血が強い容姿だったみたいだし……あ! 聡明だったって話もあったっけ?」
「どんどん面白い話が出てくるわね」
「退屈しないな」
トールは笑いながら言うと、エルが悪戯な笑顔を向けた。
「俺は、トールの家系話も面白いと思う」
「そうだね」
ドリスもエルに同意すると、トールは顔を赤くして叫んだ。
「もう! やめてくれよ!!」
そう言った途端、アンディが侍従のリコと戻ってきた。
「領主はすぐ、報告をしてくれるそうだ。で、何話してたんだ?」
魔力量のことについては、アンディが解説してくれた。
「確かに、精霊が憑いているということは、皆に魔力があることを証明している。それで、なぜ上位の精霊が憑いているのか、その理由が知りたい……と。
まず、上位の精霊が憑く理由は単純に、魔力量が多いということだ。精霊の方が多いけどな」
「皆で話していたら、王族の血が関係しているのではという結論に至ったのですわ」
「確かに。王族は、強い魔力を保有しているという考えがある。昔は魔力の強さで王を決めたものだ。貴族では基本、上位貴族の方が魔力が強いからな」
「やっぱり」
「ただ……なぜ、ドリスに上位の精霊がついているのかは、私にもわからない。ワシュー国の様な、精霊が視える国であれば、リコの様に平民でも、上位の精霊が憑くことはあり得るのだが……」
「それはさっき分かったよ」
「私の家に、王女様が嫁いで来たことがあったの」
「子爵家に?」
「庶子だそうで、護衛をしていた御先祖様と一緒になったと聞いているよ」
「なるほど。では、王位継承権も、下の方だがあると」
「無いに等しいじゃない」
「それはいいのですけれど、赤ちゃんに憑いてる精霊のことはお話になりました?」
「あぁ……驚いていたよ。あとは任せたぞ、アルベルツ。あの子が大きくなる頃には、私はここにいない予定だからな」
そう言えば殿下は、ワシュー王国の王子だっけ?
「はい……覚えていれば」
「大丈夫だ。その頃、ドリス宛に手紙を出すらしい」
「あ、それは助かります」
「それより、これからどうする?」
「うちは馬もあるから、乗馬訓練もできるけど」
そういえば、新学期には乗馬大会もあるんだった!
「やります!」
「ドリスって、乗れたんだな」
「一応、ブレンターノ領やベック領に行った時に、練習してる」
「授業でも問題なかったわよ?」
「でも、大会があるなら、乗らないと。あと、剣の訓練もしたいし」
「ん? ドリス。剣術大会は男だけ……」
「あぁ。やっているのか」
「殿下に勝つためです」
アンディとドリスの言葉に、エルが動揺した。
「いや……ちょ……え!? 危ないから」
「大丈夫! 騎士団長の父から、お墨付きをもらっているから」
ドリスと訓練しているとき、父のベルンフリートは、筋がいいと嬉しそうに微笑んでいた。
「なら、それも組みこもう。うちの紙工場見学と、乗馬に剣術、あと……動物や魔獣と遊ぶのも考えていたんだけど……どうする?」
「全部お願いします!」
「私もそれで構わない」
「楽しみですわ」
「工場って見学できたんだな」
全員異議なしだったので、トールは明日からの予定を組んだ。
ドリスが言っていたブレンターノ領はドリスの祖父の領で、ベック領は義兄ローレンツの実家の領です。
忘れているかなと思い、補足しました。
気になる人は、登場人物紹介をご覧ください。




