35 トールのひいお祖父様の体質理由
牧場を見学した後、ファルトマン伯爵領邸に到着した。
すると、何やら玄関の辺りに、多くの女性が詰めかけている。
「もう一度! もう一度だけで良いから、ロイ様を抱かせて~!!」
「ちょっとで良いの! 顔もちらっと見るだけで良いから!!」
「こら、落ち着け!! 領主邸の前で騒ぐな!!」
それを見て皆、唖然とした顔になった。
「何あれ?」
「何か、大物が来ているのか?」
「そんな奴とうちは縁がありませ~ん」
「女性ばかりよね……まさか!」
「あぁ。リーナも気づいたか」
「あ! もしかして……」
「え~……考えたく無いな」
「何だ? 何が分かったんだ?」
「エル……気づかないのか?」
エルだけ分からないまま、馬車は領主邸の前に止まり、馬車を降りて中に入った。
ファルトマン家の執事が皆を出迎えた。
「アナトール様、お久しぶりにございます! ご友人の方々も、歓迎致します」
「それより、外の騒ぎはなんだ?」
「あぁ……それは……」
歯切れの悪い様子の執事に首を傾げると、トールの一番上の兄が玄関に来た。
「トール! 帰ったのか!」
「兄上。外の騒ぎのことで……」
「あ~……それな。とりあえず、お客様がいるのだから、中に入りな。皆様ようこそ! ファルトマン領へ」
「どうも」
「自己紹介は後ほど、とにかく客間へご案内いたします」
トールの兄は、自分より上の身分の人がいることを知っているのか、ドリス達を上等そうな客間に案内してくれた。
「トールの一番上の兄で、嫡男のアルマントと申します。しかし……上の身分の方が多いですね。まさかワシューの王族の方まで、弟が連れてくるとは思いませんでした」
「後ほど、領主に話があるのだが」
「はい。ただ今、領主は外に出ておりますので、夕食後になりますが……」
「それで構わないが、出来るだけ、早く報告を上げて欲しい案件がある」
「私が伺っても?」
「構わない」
アンディが召喚獣ビジネスが画期的だと伝えると、アルマントは目を丸くした。
「他の領ではやらないのですか!?」
「まず、魔獣を飼うという発想がない」
「そ……それは、早急に王に進言しなければなりませんね。出来るだけ早く戻ってくるよう、使いを出します」
アルマントは執事を呼び出し、すぐに領主に戻って来て欲しい旨を伝えて、執事は部屋を出ていった。
そしてすぐ、トールはアルマントに尋ねた。
「で、兄上。外の騒ぎは一体……」
「俺に息子が産まれたんだ」
「それは知ってるけど……」
「その息子を見た侍女達は、皆、ああなってしまったんだ」
「まさか……」
「あぁ……。ひい祖父様にそっくりだ」
ゲッソリした顔のアルマントに、皆、苦笑いをした。
アルマントはこちらから頼むまでもなく、息子を連れて来てくれた。
金髪に碧眼で、将来が楽しみと思ってしまうくらい、綺麗な赤ちゃんだった。
ちなみに父親のアルマントは金髪に碧眼だが、顔はロイと若干パーツが似ているかな? と思うくらいで、貴族の中では平凡な顔だった。
「は~……女の子じゃないんだ」
「男の俺でも、惚れちゃうくらい綺麗な子だな。本当に、俺の甥なの?」
「紛れもなく、そうだ。俺も最初は疑ったよ」
すると、女性陣に異変が現れた。
「も……」
「も?」
「ものすごく、神秘的で、綺麗な赤ちゃんですわーーーーーー!!」
「うわーーーーーー!! 抱かせて!! 抱かせて!! 抱っこさせてぇーーーーーー!!」
リーナとドリスがぶっ壊れた。
「おい! ドリス!! 口からヨダレが!!」
「リーナも! 目がおかしくないか?」
よーく見ると、目がハートマークになっていた。
「これは……まさか!!」
アンディは周りを見回し、ある一点を見た。
「おい! リコ!! アルベルツ!! お前達、精霊が見えないか?」
アンディの大声に反応し、二人は上を向くと、そこには鍛えられた肉体をはだけさせた、金髪に碧眼の色っぽい男が浮かんでいた。
『あれ? 君たち、俺が視えてる? よく見ると、俺と同じ上位の精霊が憑いているじゃないか』
声も低くて色っぽいそれは、やっぱり上位の精霊だった。
「あ……あなたは?」
『俺は、君達が言うところの、魅了の精霊さ!』
「魅了!」
「そんなのあるの!?」
「あります。テレシア王国周辺の国には、こういった特殊属性を持った精霊がいるのです」
リコが説明すると、アンディは眉を寄せた。
「だが……なぜ、赤ん坊に憑いている」
普通、精霊が憑くのは、もう少し大きくなってからだとされている。
『前に憑いていた奴の魔力が気に入っちゃってさ。また同じ魔力を持った奴に憑いたという訳さ』
「ってことは……」
『彼は前に憑いていた奴の生まれ変わりだよ。前はエーミールって言ってたっけ?』
色男な精霊は、赤ちゃんを見てそう答えた。
その言葉に、皆、呆然と立ち尽くすしかなかった。
「つまり、この子は初代様の生まれ変わりだと?」
「あぁ。間違いないだろう。トールから初代の話は聞いていたが、まさか精霊のせいだとは思いもしなかった」
「では、この状況を止めることはできるので?」
「それは、その子次第と答えておこう。魔力が制御できれば、こういったことはなくなるが……いっそ、精霊を視える様にした方が早いかもしれないな。
精霊と会話が出来るし、やめてくれと言って聞かせるのも可能だ。だが、いうことを聞くとは限らないとも言っておこう。とりあえず、今、この場で頼んで見るか」
アンディは精霊に目を向ける。
「この魅了を撒き散らすのはやめてもらいたい」
『えぇ~……この子がモテるところ見るのが醍醐味なんだけどな!! それに俺だって、十分配慮していると思うよ。この子の家族の女性には、魅了は使っていないし』
そのことについてアルマントに聞くと、確かに奥方や、トールの母と祖母は正常だそうだ。
「先代はこの事をとても困っていたのではないか?」
『困りはしたが、利用もしていたぞ。女をよく連れて歩いていたこともあったし』
「結婚してからは?」
『妻一筋になった。精霊としても、俺の魅了に惑わされない者と一緒になって欲しかったからね』
「じゃあ、全てがわざとでは無いのか」
『精霊はさ。常に主人のことを思っている訳よ。先代の妻はいい子だったよ。俺の魅了に耐え抜いた子だ。魅了が効いているはずなのに、気力で吹き飛ばしたんだ。一応風の精霊が憑いていたけど、下位だったから当てにならなかったっけ。うん。あの精霊にもまた会ってみたい』
「とにかく、このままでは、この子が連れ去られていてもおかしくは無い状況だ。魅了を解いてはもらえないだろうか?」
『……そうだね。連れ去られるのは、この子が可哀想だ。……分かった。この子を後に俺が見えるようにしてくれれば、約束しよう』
「わかった。その約束、こいつが引き受けよう」
アンディがドリスの肩に手を置くと、慌ててドリスがアンディに身体を向けた。
「え? 私!?」
『娘! よろしく頼む』
「あ……はい」
頭の冷えたドリスは、うなずくしかなかった。
その後ろではまだ、リーナが目をハートにさせながら赤ちゃんを見ていたのだが、それには誰も気付かなかった。




