33 精霊に話しかけられちゃった!
馬車は最初の目的地である、トールのファルトマン領へ向かう。
途中宿に一泊するので、明日着く予定だ。
その宿に着き、荷物を下ろすのは使用人に任せ、皆で一つの部屋に集まった。
「遠いって言っても二日で着くんだな」
「あぁ。ってか、今回行く領は皆、近場の領だろ?」
「確かに。うちのアピッツ領も一日で着くもんな」
「ブローン領も王都の隣ですから」
この中では、ブローン領が一番王都から近い。次にアピッツ領。一番遠いのがファルトマン領だ。
この三領の共通点は、皆、王都の北側に領があることだ。
王都の真北にあるのがブローン領。その北東に行ったところにあるのがアピッツ領。アピッツ領の北隣には、王領があり、その北にあるのがファルトマン領だ。
「全部、王都の北にあるんだね」
「王都の北側は、涼しくて、避暑地に最適ってことで、好まれているんだよ。夏には良い地域だよね」
「ドリスといえば、君のお祖父様の土地のブレンターノ伯爵領も、うちと隣接しているね」
ドリスの祖父、ブレンターノ伯爵が治めるブレンターノ領も王都の北側にある。そこの北東に隣接するのがファルトマン領だ。
「そうね。お祖父様は、気候的に野菜が育ちやすくて良い土地って言ってた」
「酪農もしやすいからな。食料庫と呼ばれる領は、北に集中しているんだ」
豆知識も入ったところで、トールが口を開いた。
「では、ここで、ファルトマン領について、説明します」
ファルトマン伯爵領。
そこは、わりと新しい領地の一つである。
ファルトマン伯爵家の起こりは、トールの曽祖父に当たる、エーミール・ヘルマン侯爵子息が伯爵位を賜ったことがきっかけである。
エーミール・ヘルマンは侯爵家の次男として生まれ、騎士団に入った後、兄を手伝うため、ヘルマン領で辣腕を振るっていた。
ロザリファでは、次男以降は、自力か他力で爵位を貰わなければならない。
爵位を貰わずに優秀な働きをする息子に、もったいなさを感じた父から、ある課題が与えられた。
それはある王領の、とある木の処理。
とある木とは、魔木と呼ばれる魔力がある木のことであった。その木はいつの間にか、枝が刃物で切った様に綺麗に切断され、地面に落ちているという摩訶不思議な木だ。薪として利用されているかと思いきや、気味が悪いと誰も拾うことはなかった。
その木の枝が大きく積み重なり、燃やすに燃やせず、困っているという。
エーミールは、何かに使えないか、試行錯誤した。その結果、出来たのが「紙」だ。
当時は羊皮紙の時代。その紙が出来た事が、新たな紙の始まりとなった。
エーミールはこの事がきっかけで、王から、爵位を賜ることになった。
元々その資格はあったのだが、あまり目立つ様な事ではなかったので、渡しづらかったらしい。
今回紙の革命をしたとして、今までの功績も上乗せされ、ファルトマン伯爵を賜り、魔木がある土地を領として貰い受けることになった。
それをきっかけに、ファルトマン伯爵領は紙産業の地として、栄えることになる。
「これが、ファルトマン伯爵領の起こりです」
「優秀だったんだね。ひいお祖父様」
「それだけじゃないんだよ。ひい祖父様は、めちゃくちゃな色男だったんだ。それも女性が正常じゃなくなるくらいに」
「え? 何それ?」
「正常じゃなくなる?」
リーナとドリスが眉を顰めると、トールが困ったような顔をした。
「そう。ひい祖父様と話す女性は皆、メロメロになっちゃって、『はい、はい』としか言えなくなったり、自分のことばかり喋り倒したり、凄かったらしい」
「トールは?」
「アンディ。俺がモテると思うか?」
冷ややかに言ったトールの顔は、良くいえば凛々しい顔。不細工とまではいかないが、貴族の中では決して美形ではない。
平民の中では、上位に行く顔であるが、貴族の中では、その他大勢に埋もれてしまう様な顔であった。
「トールは、どなた似ですの?」
「ひい祖母様似らしい。女性にしては凛々しい顔で、ひい祖父様の顔を見ても普通で居られたすごい人だったそうだ」
「そんなにすごいんだね。ひいお祖父様の顔見てみたかった」
「肖像画があるぞ」
「ちょっと怖いけど、楽しみだな」
「なぁ! その肖像画見て、変になった人はいるのか?」
「今のところはいないな」
「何だ。つまらない」
「実は少し変えてくれと、ひい祖父様が絵師に頼んだらしい。絵を見てぶっ倒れる所は見たくないと言ったそうだ」
「何でトールに引き継がなかったんだ?」
「俺、そんな女に追い回されたくない。これでよかったんだよ」
「他のご兄弟は?」
「同じじゃないけど、ひい祖父様似はいないぞ」
「見たかったなぁ」
「見て見たいね~」
「あのさ、俺のひい祖父様で遊ばないでくれない?」
「あ! お兄様のお子さんは? いらっしゃるの?」
「一番上の兄に一人いるよ。もう一人、俺が学園に行っている間に生まれたらしいけど……」
「見たい人~」
「「「「はーい」」」」
「……分かったよ。頼んでみる」
「「「「よろしく~」」」」
楽しみが増えたところで、窓の外を見ると、木々が広がっていた。
「トール、これが魔木?」
「そうだよ。人間が見ていないときに、枝が落ちているという木。今は、ファルトっていうんだよ。ファルトマン伯爵にあやかって」
「ん? この木、多くの精霊がいるな」
「え?」
「あ! 本当だ。いっぱい居る」
下位の木の精霊と思われる子どもの精霊が沢山いた。
「中位の精霊もいる。彼が指示を出しているのか?」
「あっちにも居る。場所ごとに責任者として、中位の精霊がいるのかも」
「もしかしたら……いた! 上位の木の精霊だ」
「じゃあ彼が……」
「多分この精霊たちの頭だな」
「あ、気づいた」
その上位の木の精霊が近づいて、馬車をすり抜ける様に中に入ってきた。
『視えるのか? 俺が』
「視えます」
「其方が、この魔木を管理しているのか?」
『あぁ! この木は成長が早くてな。早く枝を切らないと、どんどん養分を吸収する木なんだ。だから剪定をしている』
アンディの通訳の後、トールは目を見開いた。
「もしかして! ひい祖父様が積み上った枝をどう降ろそうか悩んでいた時に、勝手に一番上の枝から、ゆっくり降りてきたって……」
『あぁ! お前、あの青年の子孫か。やっと枝を利用してくれる人間が現れたのだけど、降ろすのに困っていたからな。手伝ってやったんだ』
精霊が言っていたことを伝えると、トールは呆然とした顔になった。
「はぁ~……精霊の仕業だったのか」
『お前たちはうまく木を利用してくれるのでな。この領民達には我らの加護が強い。ほら、お前にもいるだろう』
「トールは木の精霊が憑いているもんね」
『以前、この辺りの人間は、魔力が無い者が多かったんだ。この地にやってきた人間によってこの魔木が植えられて、魔木に接する機会が多くなって、ここの人間達は魔力が自然に増えてきた。
だが、世話する奴がいなくなって、こんなに木がいっぱい育っちゃってさ。世話は大変だったんだけど、だからこそ俺達がこの土地の人間に憑くことができるし、何よりここは居心地が良い』
「精霊にとってもいい土地なんだね」
「精霊が憑くことが出来るというのは、いい事なのか?」
エルが疑問を口にすると、木の精霊が説明してくれた。
『憑いていると、ずっと魔力がある環境になるから、俺たちにとってはいい事なんだよ。魔力が無いと、俺たちは消滅するしか無い。人間なら一時的に魔力をなくしても、回復すればいいだけだから、安心なんだ。もちろん、俺達も人は選んでいるつもりだ。魔力があっても気が合いそうになきゃ、憑かないし、離れることもある』
目を見開いたまま、エルは固まっていた。
「じゃあ俺達にも、好きで精霊が憑いてるってことか」
『お前達に憑いているやつらは皆、お前達のことを気に入っているぞ。例えば青年の子孫。お前は、将来紙を使って何か仕事がしたいのだろう。そういうところにこの精霊は惹かれたそうだぞ』
アンディが伝えると、トールは肩をビクッと反応し、顔が真っ赤になっていた。
「え……そうなの?」
『そういうところを見ているのさ。ここは気持ちの良い土地だ。皆、ゆっくりしていけよ』
そう言い残し、上位の木の精霊は去って行った。
「は……恥ずかしい。精霊って何でもお見通しなのか……」
「いいことじゃないか。ますます行きたくなった。もう着くのか?」
「もうそろそろ」
すると、目の前の道に光が差した。
トールのひいお祖父様とひいお祖母様の話は、「とある貴族の結婚事情」に載っております。
作者的には、クルツ子爵令嬢(トールのひいお祖母様視点)のみ読んでいただけたらと思います。
ひいお祖父様視点の話は、人によっては気分が悪くなるかも知れませんので、ご注意ください。




