32 共通点は「カミラ・アルベルツ」? (後)
まだ十一歳だったリーナは、突然のことに戸惑っていた。
「申し訳ありません、リーナお嬢様。急に、王城のパーティーに行くことになるとは、私も思いませんでした」
リーナの侍女も戸惑いを隠せない。
本来なら、父か祖母が、出席する予定だった。
しかし、その父が今、風邪でどうしても身体を起こせないほど、ひどい状態。それが祖母にもうつってしまった。
なら兄が……と言いたいところだが、一番上の兄は領に行っており、そこで風邪を引いてしまい、こちらに向かえる状態ではないと返答が帰ってきた。
下の兄は、騎士団に入っており、今は遠征に出ている。
兄弟の一番上である姉は、少し前に嫁いで行ったので、もうブローン公爵令嬢ではない。
消去法で残ったのは、リーナだけだったのである。
「ご挨拶……出来るかしら」
「お嬢様であれば平気です。私が側で付いていてあげられないのが悔しいですが……」
付き添いとしては来ることが可能だが、会場内は貴族しか入れなかった。
「しっかり、お勤めをしてくるわ」
そう大口を叩いたが、パーティーは練習とはまるで違った。
王城には何回か来ていたはずなのに、どういうことか、今まで入ったことがなかった部屋がパーティー会場だった。なので、リーナは最初から戸惑いを隠せなかった。
何が、リーナ様は王城をご存知ですから……よ!!
人が大勢いて、この会場で正しいかどうかなんて分からないじゃない!!
それは、王城の兵士の何気無い言葉だった。
元々リーナは社交下手であった。しかし、第二王子の婚約者になってしまったので、社交は嫌でもしなければならない。
ちょっとは自信あったのになぁ。
挨拶は出来たものの、世間話は出来なかった。結果は、惨敗。リーナはショックで、とりあえず気を落ち着かせようと、トイレに向かった。
トイレから出ると、さっきとは違う道に出てしまった。大回りすればいいかと思い、進むと、だんだん怪しくなってきた。人がどんどんいなくなっていく。
どうして? この道じゃなかったの? さっきの会場は? どうしよう。迷子だなんて……
キョロキョロするが、いつの間にか、リーナの周りには人が一人もいなくなっていた。
どこ!? みんなどこ?
だんだん焦ってきて、淑女の嗜みであるゆっくりとした歩みも疎かにして、つい小走りになってしまった。
どこ!? どこ!?
「もし」
綺麗な鈴のような声が響いた。
リーナが振り向くと、淡い金髪に碧眼の女神が現れた。
「無礼を承知でお声がけしてしまいました。ブローン公爵のご令嬢でお間違えありませんか?」
「はい。ブローン公爵が次女、アンジェリーナ・ブローンと申します」
「アルベルツ子爵が長女、カミラ・アルベルツですわ。アンジェリーナ様、私と、会場までご一緒しませんこと?」
「是非!」
リーナは即答して、カミラの言葉に飛びついた。
つり目が特徴的な、とても綺麗な顔したカミラは、あまり表情がなかった。
しかし、声がとても穏やかで心地よい。
顔と声が合っていないってこういうことかと、リーナは初めて知った。
「まぁ! この会場は初めてでいらしたのね」
「はい。なので、ここがどこかも……」
「確かに。ここは、大人のみの会でよく使われる所ですわ。それ以外は、いつもの中央の会場を使いますね」
「そうだったのですね。王城では、こちらにはあまり寄らないように言われていた場所だったのです。なので、勝手も分からず……」
「そう思って当然です。私も来た当初はよく迷いましたもの。でも、こちらであまり深くまで迷ってしまうと、ご令嬢には危険なことも起こるのですよ」
「どうしてですか?」
「奥の方に行くと、部屋が多くありませんでしたか?」
「はい。でも、開けてはいけない気がして……」
すると、カミラはリーナの耳元に口を近づけ、囁いた。
「それで正解です。ここは、休憩室とは名ばかりの、男女が秘密を共有する場でもあるのです。分かりますか?」
そう言われて、思わず顔が熱くなってしまった。
「……はい。開けないでよかったです」
「そして、何も知らないご令嬢が、突然引き込まれてもおかしくない場なのですよ」
リーナはさっきとは反対に、顔が冷たくなってしまった。背筋もゾクッと冷えた風にあたった気がする。
「今歩いている前方に、男性がいるのが分かりますか?」
「はい。茶色の髪の男性ですね」
「私の夫です。何かあったら、すぐに、駆けつけてくださるよう、待っていてもらいました。ここの道は覚えていますか?」
「はい。トイレから出たところです」
「こちらの道を進めば、元いた会場に戻ります。さぁ、後もう少しですよ。一緒に参りましょう」
「はい!」
カミラの夫という、穏やかな顔をした男性が、リーナに優しい声をかけた。
「何もなかったかい?」
「はい。カミラ様のお陰です」
「それはよかった。僕が話しかけてしまうと、怖がると思って、カミラだけに任せたんだ。君のことを知っていた様だったし。突然、見ず知らずの大人の男性に話しかけられるのは、君も怖いだろう?」
「そう……ですね。怖いかもしれません」
「警戒することは忘れないようにね。それは大人になっても変わらないよ。にしても、どうして、今回は君が来ることに?」
「ブローン家の大人達は、皆、風邪を引いてしまって……私しか、来ることが出来なかったのです」
「ブローン公爵のご令嬢か。それは失礼しました。僕は、ローレンツ・ベック・アルベルツでございます」
「……失礼ながら、ローレンツ様は婿に入られたのですの?」
男性で、名前の間に旧姓を入れるのは、婿養子がすることなのだ。
「えぇ。王城のパーティーでカミラと知り合って……ね」
「はい。とても幸運でした」
「学園では、出会えませんでしたの?」
「僕とカミラは、まず年が違い、学園では会うことが出来ません」
「私は、恥ずかしながら、学園は出ておりませんの。当時、家は火の車でして……」
「そうだったのですか。……知らずに申し訳ありません」
「いいえ。今では、学園に通わなくて良いと思っていますのよ。ところで、アンジェリーナ様は、お年は?」
「十一になりました」
「まぁ! 一番下の妹がちょうど同い年です。学園で会った時はよろしくお願いしますね」
「はい! 楽しみですわ!!」
すると、さっきまであまり表情が変わらなかったカミラが、満面の笑みを見せた。
それに驚き、固まっていると、ローレンツがクスッと笑った。
「カミラの笑顔に驚いたかい?」
「……えぇ。とっても素敵ですわ」
「カミラは緊張すると、顔が強張ってしまうんだ」
「なら、私と同じですわ。緊張すると、上手く微笑むことが出来ませんの」
「まぁ! 私達、お揃いだったのね」
「はい」
お互いの共通点も見つけ、笑いあっていた時に、声が掛かった。
「お嬢様!!」
「あ!」
「お付きの方ですね?」
「そうです。ありがとうございました。カミラ様。ローレンツ様」
「それより、早く、顔を見せてあげてください」
「はい!」
侍女に会えて、ホッと一息ついた後、もう一度、カミラとローレンツに挨拶をしようと探したが、もう会場を後にしていたようで、会うことが出来なかった。
「……という訳よ。何でも、あの後、カミラ様が体調不良を訴えたと耳にしたわ」
「あぁ! そういえば、パーティーから体調不良で戻ってきた時があった! あれ、妊娠していたんだよね」
「え? そうでしたの?」
それになぜか、トールがうなずいた。
「うん。確かカミラ様は、二人の子持ちだ」
「そうだよ……あ、詳しいことは言えないんだった!! っていうか何で知ってるの!?」
「情報屋だから」
「怖~」
ロザリファの貴族間では、ある程度の年まで、子どものことは明かさないことがある。学園に入るまで、その存在を知らなかったという人も多い。
「二人とも、カミラ夫人に心酔しているな。そんなになるなら会ってみたい」
アンディが興味深そうに言った。
「タイミングが合えば、紹介しますね」
そう言ったところで、今日の宿に到着した。




