31 共通点は「カミラ・アルベルツ」? (前)
「そういえば、ブレンターノ伯爵邸でドリスと初めて会ったのだけど、覚えてない?」
突然のトールの告白に、皆、トールに目線が集中した。
「覚えてるよ。カミラ姉様が気に入っていたからね」
「「どう言うこと!?」」
リーナとエルが迫ったように言うと、ドリスはカラッとした口調で言った。
「ブレンターノ家のパーティーで会ったの」
「俺、嫌々参加したんだ。そのパーティ」
「そうだったの?」
「実は……」
その頃、トールは、貴族同士の付き合いにすでにうんざりしていた。
うわべだけの愛想、もちろん素直な奴もいるが、全てが好ましいわけではない。親の言う事を素直に受け取って、仲間外れをしている奴も多かった。
「俺、行きたくない!!」
「バカ言わないで! せっかくあの、ブレンターノ家からのお誘いなのよ! お孫様のアルベルツ家のご令嬢がたの紹介を兼ねているのだから、トールも行かないとダメよ!!」
ブレンターノ家とファルトマン家は同じ中立派ではあるし、領も隣接しているため、てっきり付き合いが普段からあると思われがちだが全くないに等しかった。
なぜならブレンターノ夫人とは、トールの両親と年が違いすぎる。
なら前ファルトマン伯爵夫人と関わりが……と思うだろうが、彼女は病気のため、随分前から領で静養している。
しかも、ブレンターノ伯爵夫人とは、全く交流が無いまま領にこもってしまったため、繋がりなど何も無いのだ。
元々ブレンターノ家は名門伯爵。
ファルトマン家は新興伯爵。
隣接しているため挨拶はするが、それだけの関係なのだ。
そんな時に来た突然の誘いに、トールの母はトールを連れて、意気揚々とブレンターノ家へ向かった。
到着すると、想像通りつまらなかった。
母親は、トールを放置して、さっさと他のご婦人方と交流を深めている。
さっき、アルベルツ姉妹に挨拶したものの、可愛いと思うだけで、それだけだった。
すると、「魔女」と噂をされた女性が、トールに近づいて来た。
「そこの凛々しいお方、下の者から、話しかける無礼を御許しください。私は、カミラ・アルベルツと申します。少し、私とお話しませんか?」
「……はい、喜んで」
思った以上に、おっとりした可愛らしい声にトールは驚いて、すぐに声を出すことが出来なかった。
「ファルトマン伯爵が三男、アナトール・ファルトマンと申します」
「ご丁寧な挨拶、ありがとうございます。アナトール卿、パーティーは御嫌いですか?」
「……正直、あまり……」
「まぁ! 私もなのです」
「そうなのですか?」
「私は、未だに、色んな方とお話しするのが苦手なのですよ。アナトール卿に話しかけたのは、実はかなり勇気が要りました」
「全然そんな気はしませんが……」
「私はこの顔でしょう? 緊張で強張ると、笑顔ひとつ浮かべることが出来ないのですよ。パーティーには、情報収集の意味合いもあるのに、情けないです」
「僕がパーティーを嫌いな理由は、人間関係の薄さです。……もっと気軽に話せればいいのに」
「本当に。貴方は、本質をご存知です。しかもそのお年で。しかし、分からない方はたくさんいらっしゃいます」
「そうでしょうか?」
「皆、貴方と同じとは限らないでしょう。たとえば、私は皆と違って、学園すら出ておりません」
「あ……」
確か、カミラ様は結婚する前、貧乏だったはずだ。
「あら? もしかして、私の事情はご存知かしら?」
「ええと……確か……あまり裕福では……」
「そうなんです。お金はありませんでした。でも私は母から詰め込まれましたから、学園に通わずとも、学園を卒業した方と同等の知識はあります」
「例えば?」
『ミーシェ語を話せます』
「? 何とおっしゃったのでしょうか?」
「ミーシェ語を話せると言ったのです」
「え? 学園で習っても、話せない人も多いのに!? ……あ、失礼しました」
「いいえ。ドラッファルグ語も話せますよ。『練習すれば、話せる様になるのですよ』」
「!?」
「今は、練習すれば、話せる様になると言いました」
「すごいですね……。一番上の兄は、もう学園を出ているのですが、ミーシェ語すら話せませんよ」
「そうなのですね。世の中には、話さないと分からないことがいっぱいあります。だから私は、人と話すのが苦にならない人に憧れを抱いているのです」
その瞬間、トールの中で、何かが生まれた。
「では、カミラ様の代わりに僕が情報を集めて来ます!」
「まぁ! 頼もしい。けれど、私にもそういう方はいっぱいいてよ?」
確かに。彼女の夫は、ローレンツ・ベック・アルベルツ。商会の会頭であるため、情報収集には余念がない。
あと、彼女の未来の義理の姉に当たる、アンネリーゼ・ダナー男爵令嬢も、情報についてはお手の物だ。
忘れてはならないのが、この会を主宰している、彼女の祖母ベッティ・ブレンターノ伯爵夫人。彼女は、社交が上手いことで有名だ。情報は常に入って来るに違いなかった。
「ですが、子どもの中で囁かれる噂はご存知ないでしょう。機会がありましたら、是非、僕が集めた情報を聞かせたいと思います」
「それは、助かります。確か、アナトール卿はドリスと同い年でしたね。是非、仲良くしてくれると嬉しいわ」
「それも、機会がありましたら」
「そうですね。女の子と話す機会は、中々ないと聞いていますから。もし、妹が困っていたら、助けてやってくださいますか?」
「かしこまりました」
「やっぱり、男性ですね。かっこいいです!」
そう言った、カミラの満面の笑みを見て、トールも自然に笑っていた。
「ってことがあったんだよ。それで俺は、情報屋をやるって決めたんだ。やっといてよかったよ。役立つこともあってさ。流行とか色々」
「カミラ姉様らしい」
「かなりスペックが高い人物なのに、相手を尊敬出来るところがすごいな。最初はただの自慢かと思ったが」
「自慢になるの!?」
「あからさまに『すごいでしょ?』 と言っているのと同じだろ?」
「……そうなんだ」
「私もミーシェ語とドラッファルグ語が話せるなら、同じことしちゃいますわ」
「それを嫌らしく感じさせないところがすごいな。俺も会ったことがあるけれど、人をホッとさせる雰囲気がある人だったよ」
「ほう。是非、会ってみたいな」
「私だって、カミラ様に助けられたことがあるのだから!!」
「そういえば言ってたね」
「あれは私が、十一歳の頃……」
「あれ? 語っちゃうの?」
リーナはお構い無しに、語り始めた。
アンネリーゼ・ダナー男爵令嬢とありますが、間違いではありません。まだこの時は、結婚していなかったので、ここでは旧姓を使っています。
アンネリーゼは、アンネリーゼ・ベック男爵子息夫人として、前の話に出ていたので、一応書いておきました。
確認したい方は、13話をご覧ください。




