30 三領巡りに出発!
ドリスが剣の素振りに慣れて、ベルンフリートと手合わせも出来る様になった頃、いよいよ三領巡りの出発の朝が来た。
「ドリおばちゃま……もういっちゃうの?」
「ドリちゃ……」
カレンとカミラに抱かれたオリバーはウルウルした目で、ドリスを見ていた。
か……可愛すぎる……!!
「ちょっと旅行してくるだけだよ! またすぐ会えるからね!」
「あらあら……またこの子達はドリスを引き止めて……」
カミラが困った顔をして、なだめようとした、その時。
「だって、ドリおばちゃま、おかあしゃまより、おむねがプニプニしててきもちいいの」
「プニプニ~」
無垢な二人の子どもが衝撃の言葉を放った瞬間、ピシッと何かにヒビが入った様な音が聞こえた。
カレンとオリバーの母であるカミラは、とてもスレンダーな容姿だ。胸はとてもとても慎ましい。
今は、まだ授乳中だから、いつもよりはあるというのに……。
一方ドリスは、女性の平均くらいの体型で、カミラよりも女性らしい身体をしていた。
まさか……自分が気に入られていた理由がそれだったとは……
カミラもそうだが、ドリスもショックを受けて、二人して固まってしまった。
この状況に、側にいた男性陣も、オロオロするしかない。
ちなみにドリスの精霊アイリスは、みんなに視えないのを良いことに、腹を抱えて爆笑していた。
ちょっと状況考えてよ! とドリスは心の中で、アイリスに対し、恨み節を送る。
するとドリスの母、アマーリアが、助け船を出した。
「困った孫達ね! じゃあ、プニプニじゃないお母様のことは嫌いなのかしら?」
お祖母様に諭された二人は困った顔になり、頭を横に振った。
「おかあしゃまも、しゅきれしゅ」
「かあしゃ……しゅき」
「だったら、そんなことは言わずに、二人にギュっとしてあげなさい」
カレンは、ドリスとカミラの元に行って、一人ずつギュっとした。
オリバーは、抱かれていたカミラにぎゅっとする仕草をし、ドリスに向かって手を伸ばし、ドリスは近づいて、オリバーを軽く抱きしめた。
そのタイミングで、執事が玄関の扉を開けた。
「失礼します、ドリスお嬢様。ブローン公爵邸より、馬車のお迎えです」
「ありがとう。みんな! 楽しんでくるね! 行ってきまーす!!」
そう言って、ドリスはアルベルツ邸を飛び出した。
馬車に向かう途中、嬉しそうな顔で、アイリスが話しかけて来た。
『もう! ドリスの家族は楽しいね! 見ていて飽きないよ』
「アイリス~。あの状況で笑わないでよ」
『人間は面白いね~。胸くらいでショック受けるなんて』
「女にとっては、重要な問題なの!!」
『カミラの精霊は、ちょっと心配そうにしていたけどね。カミラって無意識に、落ち込むこともあるみたいだし』
精霊が視えるようになってから分かったのだが、魔力があれば、精霊は憑くらしい。
ロザリファには、魔力が全くない人も珍しくはなく、憑いていない人も多い。
ドリスの家族には、カレンとオリバー以外は、下位の精霊が憑いている。
アイリスによると、子ども達にはこれから憑くらしい。
ブローン家の使用人に荷物を預け、促されて馬車に乗ると、ドリス以外は全員既に乗っていた。
「ドリス! やっとムサイ空気から、清浄な空気になったわ」
いきなりリーナに抱きつかれて戸惑ったが、すぐドリスの席に導いてくれた。
席に着くと、周りは男性のみ。
なので、ドリスは思ったままを口にしてしまった。
「まるで、リーナのハーレムのようね」
「そんなこと言わないで」
ドリスがふざけて言うと、リーナは真顔で淡々とした口調で言った。
……怒っている様だ。
「ごめん、リーナ」
「この中では、ブローンが最強だな」
アンディ殿下がそう言うと、エルとトールもうんうんと頷いた。
「私は女性二人で行くつもりだったのです! 殿方はついでですわ」
「王子である私も?」
「もちろん。身分は上ですが、同じ学園のただの同期ですもの」
「王族にきっぱり言える精神は、見事だな」
アンディは案外嬉しそうな顔で、リーナを見ている。
男性陣をよく見ると、アンディ殿下の侍従であるリコも乗っていた。
ちなみに席順は、進行方向を向いて座っているのは、奥からアンディ、リーナ、ドリス。
そのアンディの対面にリコ。その隣にはトール、エルの順で座っていた。
ドリスの正面には当たり前の様に、エルが座っているのが、ドリスは気に食わなかった。
と言うか、馬車って四人が限界じゃなかったっけ?
そんなことを思っていると、リーナがニヤリと笑った。
「この馬車は特注よ! うちの家族は多いから、一度に移動する時に使うの」
そういえば、リーナは兄弟が多かったっけ。
お兄様二人に、お姉様が一人。お父様とお祖母様を合わせると、リーナを入れて六人になる。
お姉様は嫁いでいるので、今は五人だと思うのだが、それでも一緒に乗るにはこのくらいの広さが必要だ。
「確かに便利だね。この馬車がうちの前に来た時は驚いたよ」
「俺も……。お祖母様も目を丸くした」
トールとエルが感想を言うと、アンディもそれに続く。
「王城に来たときも、ひときわ目立っていたな。大丈夫か? ブローン。王家の使用人達が、噂をするぞ」
婚約者がいるのに、別の男性達と一緒にいるなど、はしたないと。
一応、アンディを迎えに行くときは、馬車には誰も乗っていなかったので、そういう目で見る人は居なかった様だが。
「大丈夫よ。あっちも早速、例の男爵令嬢を呼んでいたから」
この会話を聞いていると、まるで仮面夫婦の様だと誰もが思った。
「私達は最初から、冷えた関係なのよ。……そんなことより、もうそろそろ王都を出るわ!」
窓を覗くと、大きな門が見えて来た。
「さぁ! 三領巡りに出発!!」
リーナが手をグーにして、片腕を振り上げた。
それに合わせて、皆もリーナに習い「出発!」と片腕をあげる。
……淑女として名高いリーナが、年相応の平民みたいなことをするとは思わなかったと、誰もが思った瞬間だった。
作者もカミラの気持ちがよくわかるのですが、断腸の思いで書きました。




