02 ドリス 十四歳
「せいれい?」
「そうよ。この世界には、精霊がいるの」
「ん~……おかあさま。みえないよ」
「ロザリファの国の人は、視える人がいないの。他の国の人だったら、精霊を視ることが出来るのよ」
「ドリスもみたい!」
「ん~……あ! 確か、毎日精霊に祈れば、視えるんじゃなかったかしら?」
「ほんとー? じゃぁ、おはなにおいのりしてみる!!」
「お花に?」
「だって、このごほんには、おはなをきれいにさかせてくれるのは、せいれいさんだってかいてあるから! ドリスね、せいれいさんとおともだちになるの! そしたらいっぱい、はなをさかせてあげるね!」
とても懐かしい夢を見た気がする。そう思いながら、ドリスは身体を起こした。
「ドリス様、おはようございます」
「おはよう」
ドリスと呼ばれた十四歳の少女は、侍女の挨拶を聞いてから、ベッドから降りた。大きな瞳の碧眼に、ストレートな金髪。愛らしい印象の、整った顔。
いつもは眠そうに朝支度をしているのに、今日は夢を見たせいか、スッキリとしていた。
部屋を出て、食堂へ向かうと、すでにみんな揃っていた。
「おはようございます」
「ドリス、おはよう」
「今日は、ちょっと早いな」
母のアマーリアと、父のベルンフリートが、ドリスを出迎えた。
アマーリアは、ストレートな金髪に緑の目を持った、ドリスそっくりな顔。
ベルンフリートは、ストレートな淡い金髪に、碧眼のつり目の男性。
黙っていると恐い印象になるが、気さくで笑顔なため、あまりきつい印象を受けない人だった。王城で、ある一師団の騎士団長をしている。
今日は、皆が休みの日なので、全員揃っているかと思ったら……足りない。
「あれ……カミラ姉様は?」
「あぁ……昨日、オリバーがぐずってなかなか寝なくてね。侍女と交代であやしていたんだ。やっと明け方に寝て、カミラは今ベッドの中」
そう答えたのは、ドリスの姉、カミラの旦那様のローレンツ。
緩いウェーブの茶色の髪に、茶色の瞳の、優しげな印象を持つ男性。
正式な名前は、ローレンツ・ベック・アルベルツ。入り婿である彼は、名前と今の姓の間に、元の姓を入れるのだ。
元々はベック男爵家の次男で、実家は日用品を販売している商会を経営している。
彼は個人の商会を持っており、国内で唯一、絹を製造していることから、彼とお近づきになりたいという人が絶えない。
横には、ぐずっていたオリバーの姉で、今年三歳になるカレンが、ちょこんとお行儀よく座っていた。
カレンは、父のローレンツに似て、緩いウェーブの茶の髪に茶の瞳。面立ちは、母カミラに似て、つり目の可愛い女の子だ。
「ドリーおばちゃま、おはよう」
叔母ちゃまと呼ばれるのは、まだ十四歳のドリスにとって、最初は複雑だった。
だが、それ以上に、姪馬鹿・甥馬鹿化したドリスにとっては、どうでも良いことになっていた。
「おはよう! カレン~!!」
ドリスが抱きつこうとすると「さっさと席に着きなさい」と、アマーリアに怒られてしまった。
席に着くと、食事が運ばれて来た。
未だに慣れないなぁ……
そんなことを思いながら、食事を始めた。
「そういえば、学園に行く準備は進んでいるのか?」
ベルンフリートがドリスに向かって尋ねた。
「やってますよ。 出来れば、デリア姉様に、詳しいことを聞きたかったのだけど……」
ドリスは、この国の貴族が通う学園、王立ロザリファ貴族学園に入学予定だ。王都に住んでいようと、寮生活になるので、そこに行くための支度でここ最近は忙しかった。
ドリスのもう一人の姉、デリアは、この前学園を卒業したばかり。
しかも、卒業と同時に結婚が決まっており、社交界デビューをしてすぐのつい先日、結婚式を挙げたばかりだ。
それにデリアは、結婚するよりも前に、母方のお祖父様、ブレンターノ伯爵の養子になった。なので、この家にいつも居ることがないため、聞くに聞けなかったのだ。
「一応、手紙は送ったのだけど……忙しいから見ていないと思う」
「そうよね。慌ただしかったし。私でよければ、少しは見てあげられるわよ?」
「後でお願いします」
話が一段落し、食事も終わると、男達二人は私に、険しい顔を向けて来た。
「な……何……ですか?」
「いいかい、ドリス。デリアもアマーリアも、伯爵令嬢だったから、そんなに苦労せずに、学園を過ごすことが出来たけど、ドリスは子爵令嬢だ。嫌みを言われることはざらだぞ。その辺は、分かっているか?」
ベルンフリートは、あまり娘に見せない厳しい顔で、ドリスを見た。
「……一応」
貴族には爵位があり、基本、上の爵位の者に逆らうことができない。
それは、このロザリファ王国でも変わらず、学園に行ってもそれが反映されるらしい。
ロザリファの爵位順は、上から公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵である。
上位貴族は公爵・侯爵・伯爵。下位貴族は子爵・男爵となる。
ローレンツからも言いたいことがあるらしい。ベルンフリートと交代して、口を開いた。
「俺は男爵だったし、成績も目立ってたから、爵位が上のやつからは嫌がらせや言いがかりもあったんだ。たまたま王太子と縁があって、かばってもらえたから無事だったけど……出来ればドリスには、味方になってくれる、上位貴族と仲良くしてもらいたい」
ドリスは「うわっ」と嫌な顔をする。……心の中で。
「……嫌な人は嫌よ」
「もちろん、それを見極めた上でだ。いろんな伝手ができると、便利なこともある」
「俺も、学園に行ってた頃は、家が没落寸前だったから、授業のノートの貸し出しをして、小銭を稼いだりしたよ。後、情報をもらえたり、顔が広くなったな」
「お父様……そんなことしていたの?」
「していたのよ。それが切っ掛けで、私達は出会えたのよね」
アマーリアが嬉しそうに言うと、ベルンフリートは照れたように、顔を赤くしながら苦笑いした。
「ドリスは、お金稼ぎ何てしなくて良いけど、学園での出会いは大事よ。未だに続く縁もあるんだから」
アマーリアに諭され、ドリスは「……はい」と渋々答えた。