22 王子様には友人がいないようです
今日も放課後にアンディが教えてくれるというので、ウキウキしながら寮へ向かっていると、後ろからエルが走ってやって来た。
「ドリス! 昨日……アンディ殿下と二人きりでいたって……本当か?」
「二人きりじゃなかったよ。侍従の人もいたし」
「ってことは……いたんだな!?」
「いたよ。教えてもらいたいことがあったから」
「噂になってるぞ! 婚約者になりたいのかって」
「は?」
昨日は精霊を視るために、指導してくれただけだ。
「何でそんなことになってるの?」
「自覚無いのか? 昨日、寮の談話室を使っていたろ? そのドアの窓から、見たって人がいたんだよ」
そういえば、昨日、ドアのカーテンを引かずに使用していたかも。
確か、やましいことをしていませんよアピールだったような?
「やましいことはしてないってアピールで、カーテン閉めてなかったなぁ」
「手を取り合っていたって言ってたぞ」
「あれは、精霊を視るために必要だったから」
「部屋で! 二人きりで! 手をつないでいたら! そういう関係って思う人は多いだろ!?」
「……そういうもの?」
「そういうものだ」
「でも、何も無かったから!」
「いいか! 会うなとは言わないけど、もっと男と二人きりになるのがどういうことなのか、自覚しろよ!」
以前温室で二人きりになったことを、この男は覚えていないのかという目で、ドリスはエルを見た。
ドリスの斜め上では、アイリスが「フフフ」と笑っていた。
「ってことがあったのですよ」
「うん。確かにそうだな」
「え~?」
「男でも、女でも、部屋で二人っきりというのは、やましいことを想像するものだ。一応私の方で、潔白だということを伝えておこう」
そういうものなんだ……
「まさか君から、恋愛関連の話が出るとは思わなかったな」
「恋愛……ですか?」
「……それこそ君らしい反応だな。そうだ! 君にお願いがあるんだ」
「なんです?」
「アンジェリーナ・ブローン公爵令嬢と、お近づきになりたいんだ。協力してくれないか?」
「は? じゃあ、無理矢理でも、精霊の授業に引っ張ってくればよかったじゃないですか」
「本人が嫌がっていたからな。無理強いは良くないと思って……」
実はドリスが精霊の授業を受ける時に、リーナも一緒にどうだと聞いたが、お断りされてしまったのだ。
リーナの精霊は炎の精霊だという。
それを聞いたリーナは、恐いから今はいいと怯えていた。
「リーナのことが好きになったから、協力しろってことですか?」
「単純に、ロザリファと強い縁を結びたいからだ」
「え?」
するとアンディは、真剣な顔になった。
「少し前にこの世界の女神は、ドラッファルグ王国に、異世界からのお客を招いたんだ。近頃、変わったものや、見たことも無いもの、美味しい調味料とかが増えただろう?」
「そうですね……というか、女神って?」
「そこからか」
ハァとため息をついたアンディは、女神の説明を始めた。
女神とは、この世界を創った創造主として知られている。
不思議なことに、どこの国に行っても、女神様を祀っているのだ。
一説に寄ると、精霊が女神の存在を伝えているため、皆それを信じているという説が有力である。
「女神の存在は、私もジンを通してしか知らないが、どの精霊に聞いても女神様だ。信じるしかないだろう」
「そう……ですよね」
「その女神が、この世界のために動いたんだ。気にもなるだろう」
「確かに。人を異世界から招いたっていうのは、信じられませんが……」
「まぁな。とにかく、女神はこの世界で最も開発が進んでいない、ドラッファルグに異世界の知恵をもたらした」
ドラッファルグ王国は、この世界の一番大きな国だ。三大大陸の中で唯一、精霊が視える国でもある。ただ、大きな国のせいか、国内の争い事が絶えず起きているし、魔獣も多い。だから、冒険者が非常に多い土地でもある。
そして最近、ドリスは知識でしか知らないが、「まよねーず」や「けちゃっぷ」、それに以前ブルーノにもらった「名刺」や、「ボードゲーム」などもドラッファルグ王国から入って来たものだ。
「それを教えたのは、異世界からのお客だ。女神はこの世界に発展をして欲しいと望んでいることがわかった。今、この世界で一番発展しようと努力をしているのはロザリファだし、そこと婚姻を結べば、ワシュー国の発展にも繋がる」
「はぁ……」
「ブローンなら、ワシューの血が流れているのだから、国民も納得してくれるはずだ」
リーナの母親はワシュー王国の公爵令嬢だった。リーナ自身はワシュー王家の血と、ロザリファ王家の血、どちらも入っている。
だからって……。
ドリスは戸惑った。
「殿下、私はリーナの友人です」
「そうだな」
「だからこそ、協力はできません」
「それは、ブローンに婚約者がいるからか?」
リーナは一応、ロザリファの第二王子、パシリウスと婚約をしている。
「いいえ。本心は、本人が決めた相手とそうなればいいなと願っております」
つまり、ドリスはリーナに対し、政略結婚ではなく恋愛結婚を望んでいた。
「それは、王族や貴族の私達には難しくないか?」
アンディは正しい。けれどドリス自身、自分の周りにあまり政略結婚という人はいなかった。政略ではあったが、相性が良く、仲睦まじく暮らしている親戚もいる。
夢のまた夢かもしれないけれど……
「それでも、リーナが幸せになってくれることを望みます。……殿下。貴方は基本、人を信用していませんよね」
アンディは目を見開いて、ドリスを見た。
「まず、相手を知り、信用することから始めてください。そうしなくては、人は本当の意味で、貴方について行くことはないでしょう」
「……驚いたな。父上と同じ様なことを言う」
「確か、ジンは風の精霊でしたよね? 人の噂が好きと聞きました。もしかして、ジンの言うことしか基本信じていないのでは?」
「ジンの言うことは的確だ。自分の精霊を信じないでどうする」
「なら、人も信じてください。それに、ジンの言うことばかり聞いていたら、貴方はジンに仕えていることになります」
「どういうことだ?」
「だってそうでしょう? ジンの言うことしか信じなかったら、もし、本当に良い人でもジンが嫌いな人なら、避けますよね? それってもったいないです」
「そうか?」
「ジンにとっては苦手な人でも、殿下にとってはとても気の合う相手かもしれません。それに殿下が自分で考えることをジンが何でもやってしまうことによって、自分で考えるということが無くなり、自身の成長が出来なくなると思います」
すると、ジンも口を挟んで来た。
『アンディ。俺がドリスの成績を伝えなかったろ? 前も言ったけどさ、自分で調べる努力をしろって言ったよな? 人も精霊も、基本命令では動かないんだよ。人間も俺達も、ものじゃない。心ってもんがあるんだ。まず、お前は友人をつくれ!』
そこで、ドリスはアンディに友人がいないことを知った。
「殿下……」
「おい! そんな目で見るな!!」
『向こうでもそんなにいなかったろ? ロザリファの縁を持ちたかったら、ここで友人をつくりまくれ!!』
「ジン! お願いだから、もう黙ってくれ」
「ったく」と口にすると、ジンは黙った。
アンディは気まずくなったのか、絞り出すように話題を無理矢理切り替えようとした。
「……お前に婚約者はいないのか?」
「いませんよ。もう、諦めてます」
「は?」
アンディは口を開けて固まっていたが、あまり詮索はしてこなかった。
そしてまた、アンディは話題を変えた。
「まぁ……いいか。そういえば、第二王子と一緒に居る令嬢……確か、エミーリア・ボームといったか、何か違和感を感じないか?」
「あ……私、どちらにも会ったことがないので……」
「君のクラスじゃ……」
「私のクラスじゃありませんよ?」
「おかしいな。普通、王族の婚約者がいれば、クラスは一緒になることが多いと聞いていたのだが……」
それは、リーナが王にお願いしたからだと言いたかったが、黙っておいた。
結局この日は、雑談が長引き、精霊の授業はなしになった。




