01 ドリス 十歳
「つり目の強面令嬢が可愛い過ぎて困る」の終了から、四年後の話になります。
思った以上にかなり長い話になってしまいましたが、どうぞ、お付き合いくださいませ。
「ドリス! 今度、姉様の婚約者が来るんだって!」
金髪に碧眼の少女ドリスは、その言葉に驚く。
同じ金髪に、緑の瞳の姉のデリアが、ドリスに向かって慌てた様子で知らせて来た。
「カミラ姉様に!?」
「正確には、まだ婚約者ではないのだけれどね」
一番上の姉で、淡い金髪につり目の碧眼を持つカミラは、ドリスとデリアにとっては自慢の姉であり、第二の母親的存在だった。
そんなカミラが社交界デビューしてから、悪い噂が飛び交ったのだ。
ドリス達の家アルベルツ家は、使用人一人も雇えないほど、カツカツの貧乏子爵家。
勿論ドレスも買えず、カミラは母のお古のドレスを、自分なりに繕い直して参加していた。
そのボロボロのドレスと、カミラの緊張した顔が、悪い方へと周りに伝わった。
何とカミラは、社交界で「魔女」と呼ばれてしまう様になったのだ。
カミラは大勢の場というのに慣れていない。
その緊張のせいで表情が無表情になり、つり目の綺麗な顔立ちが、とても強面に見えてしまったのだ。
なので、カミラに話しかける人は、子爵家目当ての殿方しかいなかったのである。
アルベルツ家に息子はいない。
なので、婿を迎える必要があるのだ。
そんなカミラに婚約者と聞いて、黙ってはいられない!!
ドリスは二歳上の姉のデリアと見つめ合い、こくりとうなずいた。
やって来た婚約者(候補)は、緩いウェーブの茶髪に茶色の瞳をした、優しげで背が高い人だった。
姉のデリアとドリスは、その人が帰ろうとしているところを足止めした。
「僕に用かな? 可愛いレディ達」
そう男が言うと、デリアが睨みつけながら尋ねる。
「あなたが、ローレンツ・ベック?」
事前に知った情報では、彼は男爵家。
しかも次男なので、後継ではない。非常に気を付けなければならない男だ。
「そうだよ。 君たちは?」
「うちを乗っ取るつもり?」
優しい顔した男に騙されてはダメだ!!
姉のカミラは、本来おっとりとしたお人好しな性格。
私達が守らなければ!! と、握る手にも力が入る。
「確かに。 そう見る人もいるね」
「姉様を誑かさないで!!」
「姉様は優しいから、騙されていても気付かないの」
「でも、君達も知っているよね? この子爵家がいつ没落してもおかしくないことを」
「それは私が社交界デビューして、すぐにいい人を見つけるから問題ないわ!」
姉のデリアは、胸を張って答える。
確かにデリアならば、カミラよりは社交がマシであろう。
「そこまで持つかな? 結構危ない状況なんだよ? ちょっと突けばすぐに崩れるくらいにね」
「そ…それでも私が…!!」
「僕はね、本当に助けたいと思ってここに来たんだよ」
ローレンツと名乗った男は、デリアとドリスの視線になるよう、立て膝になり、視線を合わせた。
「正直に言うけど、僕はカミラに惚れてしまったんだ。カミラを助けたいと思う。出来るだけ、カミラの希望に沿うようにしたい」
「それは……姉様の笑顔を見たからでしょ? ……破壊力がありすぎるもの」
「確かに……それもある」
カミラの笑顔は、誰でも陥落させるくらいの力がある。
普段無表情な顔なので、破顔になると大輪の花が咲いた様に、華やぐのだ。
「確かに僕の方が利点が多いかもしれないけど、乗っ取ろうという気持ちは無いよ。それに僕は商会を経営しているから、乗っ取ったなんて噂が流れたら、潰れてしまうよ。」
「本当に? 本当に助けてくれる?」
「ドリス!」
「デリア姉様。 この人、嘘付いてないと思う。だって、姉様のことを言うと、ひきつる人とは違うもの」
ドリスはいつもの人とは違って、誠実さを感じ取った。
本当に、カミラのことを思ってくれている瞳だと、なぜが不思議とそう思う。
「詐欺師は、演技でそんなのおくびにも出さないのよ!」
ドリスが言っているのに、デリアはそれでも信じようとしない。
「すぐに信じてくれなくて良いよ。君たちのお父上にも、僕を調べてから会って欲しいとカミラに伝言を頼んだし」
「……そんなに子爵の地位が欲しいの?」
デリアは緑の瞳でローレンツを睨みつける。
「子爵じゃなくって、カミラが欲しいんだ。 僕を愛してくれたらもっと良い。それに、僕は元々、平民と結婚するんだと思ってたしね。商会を経営出来れば、爵位なんてどうでもいい」
ローレンツが立ち上がると、デリアは淑女の礼をした。
「私は、デリア・アルベルツ。 アルベルツ子爵の次女です。先ほど無礼を言ったことをお許しください」
慌ててドリスもデリアに習った。
「ドリス・アルベルツです。 アルベルツ子爵の三女です。姉様が好きなことは分かりました。けれど、泣かせたら承知しません」
「ドリス…」
デリアは呆れ声だ。
ローレンツはまた立て膝を着き、片手を胸にあてながら口を開いた。
「カミラを生涯愛することをここに誓う。カミラの女騎士達がその証人だ」
ドリスがデリアを見ると、デリアもこちらを向いていて、お互いに目を見てから、ローレンツに微笑を向けた。
ローレンツが帰って行くと、ドリスは家の庭の中でも特に花が咲き乱れている場所に急いだ。
「ドリス! どこへ行くの?」
「いつものところ!!」
「全く」と言った表情で、デリアはドリスについていった。
ドリスのお気に入りの場所は、元々花壇だった場所だ。
ここは、ろくに世話もしていないにも関わらず、花の間に鬱蒼とした草が伸びながらも、花達が綺麗に咲き乱れていた。
「精霊さん。あの、ローレンツって人が、どうかカミラ姉様の良い人であります様に」
ドリスが花壇に向かって祈りを捧げていると、追いついたデリアが呆れていた。
「まだ信じているの?」
「精霊はいるよ。だって、世話もしていないのに、こんなに花が綺麗に咲くわけないじゃない」
「まぁ……それは……」
精霊はこの世界にいるが、ここ、ロザリファ王国で視える人は一人もいなかった。
なのでこの国の人は、精霊がいるとは信じきれていない。
「私ね。いつか、精霊が視たいんだ」
「途方も無い話ね」
「でも、視たいんだもの」
「外国に行かないと無理じゃない?」
「それも良いね。……女官になった方が希望はあるかな?」
「それ……本気?」
「うん」
はぁ。とため息をつくデリアに、ドリスは首を傾げる。
「だってやってみなきゃ、分からないじゃない」
「……そうね。私も祈ろうかな。カミラ姉様に変な虫がつきませんように」
「それ! 重要だね!!」
二人で元花壇に向かって、祈りを捧げた。
その後めでたく、カミラとローレンツは結婚し、アルベルツ家は貧乏貴族から抜け出し、ドリス達の生活に大きな変化が起こったのだ。
「つり目の強面令嬢が可愛いすぎて困る」の09話目の話が含まれております。
当初考えていた出だしを大幅に変えたため、つり目とリンクさせた方が良いかと思い、この様にしました。