18 ブローン邸のお泊まり会に誘われました(後)
「ドリス。食事は家族と一緒になるのだけれど良いいかしら?」
「勿論。早くに挨拶した方が、緊張も和らぐし」
「あら? 緊張していたの?」
「当然でしょ!」
リビングと思われる部屋に通されると、そこには、ブローン家の人が勢揃いしていた。
「君が、リーナの友人のドリス嬢か。来てくれてうれしいよ」
そう言ったのはリーナの父で、ブローン公爵のマクシミリアンだった。
「ドリス・アルベルツと申します。本日はお招き頂き、恐悦至極にございます」
「まぁ……所作も綺麗ね。さすが、噂のアルベルツ家のお嬢様だわ」
リーナの祖母、前ブローン公爵夫人のアナスタージアにそう言われたが、ドリスは何のことか分からなかった。
「噂とは?」
「色々よ。あぁ……悪い噂ではないわ。今は下位貴族の方に、見習うべきことが多いでしょう? 貴女のお姉様、カミラ嬢にうちのリーナが助けられたことをきっかけに、見直したのよ。アルベルツ家といえば、絹で有名だし……私達としては是非、縁が欲しかったのよ」
確かに、カミラの婿に来たローレンツの功績は大き過ぎる。彼のおかげで、貧乏を脱出出来たのだから、頭が上がらない。
そして、そこと縁をつなぎたいと思う人は、後を絶えない。
「そうじゃなくても、アルベルツ家は、優秀な方が多くいらっしゃるからね。私としても是非、お近づきになりたい」
そう言ったのは、リーナの一番上の兄のカールハインツだった。
「いや、アルベルツ子爵の剣の腕も馬鹿に出来ない! どうしてあの剣技を繰り出すことが出来るお方が、近衛に行けないのか不思議だ」
リーナの二番目の兄のギーゼルヘールが、訝しみながら、口にした。
「実は私、父の剣技って、あまり見たことが無いのです。そんなにすごいのですか?」
「え? 娘なのに!?」
「父は、あまり私達に、剣技は見せないのです。ただ二歳上の姉は、夫となる人が結婚を申し込む時に、手合わせしたのを見て驚いていましたから、すごいのでしょうね」
「実は、アルベルツ子爵と、手合わせしたことがあるんだ。そのときの剣技といったら……芸術的でもあり、実践的でもあり……とにかくもう、ずっと見ていたくなるほど、素晴らしいんだ! 手合わせしていても楽しいし、彼の試合を見るのも楽しい……!!」
ギーゼルヘールがあまりに熱く語るので、周りは若干引いていた。
「父に、大変褒められたと伝えておきます」
「褒めるだなんて……おこがましい!!」
とにかくドリスは、好意的に受け入れてもらえることにホッとした。
「実は、とても緊張しておりまして。……私はその、子爵位ですから……」
すると「なるほど」と、うなずきながら、ブローン公爵が口を開いた。
「先ほども言ったけど、気にしないで良いよ。それに、家のことが無くても、君のことは歓迎しようと思っていたよ」
「なぜです?」
「リーナが連れて来たいと言った人は、ドリス嬢が初めてだからだよ」
すると前ブローン夫人も、フフフと微笑みながら言った。
「この子は、人見知りで。……しかも、公爵令嬢でしょ? あまり、傲慢そうな人は苦手なの。だから今回、ドリス嬢と仲良くなってくれて、嬉しいのよ!」
「もう! 言わないでください!」
恥ずかしかったのか、リーナが話を止める。
「リーナには、もう一人姉がいるのだけれど、その子はもう、だいぶ前に嫁いだの。でもリーナと同じで人見知りが激しくって。よっぽど気に入った人でないと、友人にもならないのよ。うちの家族は、好き嫌いが激しいの!」
それは兄達も同じ様で、皆、うんうんとうなずいていた。
話は変わって、家の造りの話になった。
「そういえば邸に入った時に、一瞬、教会かと錯覚したのですが、ブローン家は芸術に明るい家系なのですか?」
「あぁ! 確かにそうだね。特に初代となった祖父は、芸術に力を入れている浮世離れした人でね」
「天井に空があるなんて、初めて見ました」
「私は天井が空なんて、当たり前だと思っていたのよ」
「迷惑してるわ!」といった口調で、リーナはうんざりした顔をした。
「俺も周りに言ったら、『何それ?』って顔されて、恥ずかしかったよ」
ギーゼルヘールは騎士なので、周りにあまり芸術に関心がなかった人が多かったらしい。
「うちの領は、芸術に関する職人が多いんだ。ぜひ、長期休みに遊びにいらっしゃい」
ドリスはなんと、領にまで招待されてしまった。
ふとリーナを見ると「やった!」と嬉しそうな表情をした。
もしかして、これが狙いだったんじゃ……
ドリスがリーナに向けて目を細めると、リーナは困った顔をして微笑んだ。




