13 エルヴィンの断罪
嫌だ嫌だと言っても、時は止まってくれない。
目の前の光景を見ると、男なら、誰でも逃げたくなるだろう。
いや……嬉しい奴もいるかも、分からない。
なぜなら、美人なご夫人ばかりに、男一人、囲まれているのだから。
ここは、ブレンターノ伯爵邸の、とある一室。今日はここで、ある特別なお茶会が開かれる。
それは、エルヴィンの断罪。
エルは、祖母のヴィオラと共に、ブレンターノ邸を訪れていた。部屋に入ると、すでにドリスの関係者が待っていた。
「ベッティ、お待たせしたようね」
「あら、ヴィオラ。大丈夫よ。楽しくおしゃべりしていたから、待った気はしないわ。 改めて、ようこそ。ヴィオラ様、エルヴィン様」
「お初にお目にかかります。アピッツ侯爵が嫡男、エルヴィンと申します」
「あら、ご丁寧に。私はこの会の主催者の、ベッティ・ブレンターノと申します。今日はたくさん、お話しましょうね」
祖母のヴィオラは、親友のベッティ・ブレンターノ伯爵夫人に笑顔で話しかけた。……笑顔で。
もちろん、笑顔は基本なのだが、いつものとは違った。明らかに、俺を笑うための悪戯な笑顔だ。この場に居る女性は、皆もそうだろう。エルは胃が痛くなってきた。
「では、ご紹介をしますわ」
そう言ったのは、この邸のご夫人、ベッティだった。
白髪混じりのストレートな金髪に、グレーの目の柔和な顔つきの女性は、次々と、女性達を紹介した。
「まずは、私の娘、アルベルツ子爵夫人アマーリア」
ドリスに似ている雰囲気を持つ、ストレートな金髪に、緑の瞳をご夫人だった。
「孫のアルベルツ子爵子息夫人カミラ」
彼女こそ、エルが謝罪しなければならない張本人だ。淡い金髪のストレートな髪に、ドリスに色がそっくりの碧眼。目はつり目なので、少し恐い印象もある。ドリスとは、趣が違う綺麗系美人だった。
「その妹で、私の娘になった、ブレンターノ伯爵子息夫人デリア」
そういえば、養子になった姉上がいらっしゃると聞いたが、この方か。
瞳の色が緑なこと以外、ドリスと瓜二つな、可愛い系美人。少しこちらを睨んでいる。
「そして、カミラとデリアの夫の兄の妻、ベック男爵子息夫人アンネリーゼ。彼女とも、会った方が良いかと思って、今日は招待したの」
こちらを見て、優雅に微笑む女性。
茶の緩いウェーブがかった髪に、紫の瞳の愛らしい容姿の女性だった。
なんと、母親に聞いていた要注意人物だ。
彼女は、「女の敵!」と母に言わしめるほど、社交界では、あまり評判の良くない女性だった。既婚未婚に関わらず、男性と接点を持とうとする、ふしだらな女。しかも本人は結婚しているというのだから、驚きである。どんな馬の骨が彼女を娶ったのか、不思議でならないほどだ。
確かに、カミラ様もそうだが、誤解されているなら、解いておこうと思うだろう。この計らいには、エルは心から感謝した。
「では、始めましょうか」
ベッティ様が、穏やかに微笑みながら、エルの断罪を始める合図を送った。
「今日は、私の馬鹿孫にお付き合い頂き、感謝致しますわ」
祖母のヴィオラが、穏やかな笑顔で、ストレートに毒を吐いた。
「いいえ! こちらこそ、色々誤解があるようなので、この機会に解いて頂ければ幸いです」
どうやら、回りくどい言葉は不要らしい。
「エルヴィン卿。私の妹から、こんな手紙が届きましたの」
先ほどから俺を睨んでいた、デリア様が口火を切った。
「エルヴィン・アピッツって馬鹿が、カミラ姉様のことを悪く言っていたので、警戒するように! ドリス。……ですって」
「申し訳ございません!! 母が言っていたことを鵜呑みにして、調べもせずに信じて、そう言ってしまいました」
エルは、その場に立ち上がり、頭を下げた。
「それをカミラ姉様に言ってくれます? 私ではなく」
デリア様は不機嫌な声で、カミラに謝るよう、指摘する。
「カミラ様、私の浅はかな発言で、傷つけてしまい、大変申し訳ございません!!」
今度は、ちゃんと、カミラに向いて、さっきよりも頭を低くした。
「エルヴィン卿、頭を上げてください」
おっとりした、少し高めの優しい声がした。
「私のことを悪く言う人で、直接頭を下げて謝ってくださったのは、貴方が初めてですわ。他の貴族の方は、笑ってごまかして終わりですの。貴方の誠実な態度に免じて許します」
「……ありがとうございます!!」
とっても優しい人でよかった……!! 母上に、聞いてた印象と全然違う!!
「それでも、ドリスの信用を取り戻すのは、大変だと思うの。覚悟してね。私も協力はするけれど……」
「姉様! こんな人に協力何てする必要ないのではなくて?」
「あら! 素直そうな方じゃない? ドリスは未来の殿方探しなんて、しないでしょ? 彼を逃すべきではないと思うわ」
「確かにそうね。ドリスが学園に行った理由は、どちらかといえば、女官の資格取得が目的だと思うし」
アマーリア様が、カミラに似たおっとりとした口調で、娘のことを指摘した。
「それだけではないですわ。彼女は、精霊に興味がありましてよ」
そう言ったのは、社交界で人の旦那をたぶらかすと評判の、アンネリーゼ嬢だった。
「ドリスは熱心に、ブローン公爵令嬢と、ワシューの王子について、私に聞いてきましたから」
「ワシューの王子……ですか?」
エルが思わず聞くと、周りは微笑ましいとばかりに、クスクス微笑む。それには、さすがのエルもしまったと、後悔してしまった。
「きっと、殿下に恋愛感情は、ありませんわ。知りたいのは、精霊を視る方法です」
「精霊を?」
「彼女は、精霊を視たくて、毎日祈っていたのです。けれど、それ以外に視る方法が分からず、先ほどの二人に聞く為に、情報を集めていたのですよ。ただ、お二人共、私にはあまり関わりのない方々でしたの。大した情報は、渡せなかったので、直接聞くことを薦めました」
アンネリーゼ嬢は、困ったような表情を浮かべながら、答えた。
「それより、私が貴方にアプローチしないのが、不思議なのかしら?」
アンネリーゼ嬢は、毒がある笑顔で微笑んだ。
「いえ……貴方にも謝罪を。 誤解して、申し訳ありません!!」
エルは、アンネリーゼにも頭を下げた。
「私も素直に謝罪されるのは初めてです。確かに新鮮だわ」
「ね。気持ち良い方だと思いません?」
カミラ嬢が、おっとりした声で笑顔になった。
この人……こんな表情も出来たのか!!
「あ、驚いてる! さすがカミラ姉様」
「カミラは緊張すると、顔が強ばるからね」
なるほど……それでか。
エルは、内心納得した。
「エル。分かったでしょう。貴方が誤解していたことを」
ヴィオラが言うと、ベッティ様も付け加えた。
「アンネリーゼは、情報を集める為に、殿方に近づいているだけなの。殿方も情報が欲しいだけだなって、分かっているのよ? けれど、それを横恋慕と勘違いする令嬢やご夫人が多くってね。まだ未熟な若い人は、勘違いするかもしれないわね」
「今はベッティの指導のおかげで、情報の見返りに、今、ご夫人の間で流行っているものや、奥様の好きなものを、殿方に教えるようにしてるのよ。そのおかげで、最近は勘のよいご夫人も、味方にしているの」
アンネリーゼは、毒が無い笑顔で微笑む。
「社交界に入ったら、どうぞご贔屓に」
そういう裏があったのか。
つくづくエルは、自分は周りが見えていないと思った。




