覚醒する憎悪
喉仏目掛けた音速の拳が男を吹き飛ばした。
ドアを蹴破ってきた男子は、縛られたわたし達を視界に捉えると、何かボソっと呟いた。
その瞬間、わたしの隣が眩い光に包まれた。耐え切れずに視界を閉じた次の瞬間。細く瞼を上げたわたしの隣に、先程までいたはずのクラスメイト2人の姿がなかった。
「・・・え、ちょ、ちょっと!2人をどこにやったの?!」
一瞬の出来事に驚愕したわたしだが、視界に映った彼は、そんなわたしよりも動揺している。いや、びっくりしてるのわたしなんですけど。。
「…そこでじっとしていてくれ。」
そう静かに告げた彼は、ぶっ飛ばした男の方を見やる。
生きているはずがない。
そう思っていた。現に男は教室の壁に身体がめり込んで、同時に強打した頭から赤黒い血がだくだくと溢れている。
これ以上死体なんて見たくないと、目を逸らした。
(ガタッ!
【わたしの常識というものは、音を立てて崩壊した】
人並みの常識はあると思う。だから今、わたしの目の前で起きているこの状況は『異常』なのだ。
男が立つ。全身の骨という骨からギシギシと不快な音を響かせて。無理やり身体を起こしているのがわかった。
ヒトじゃ・・・ない?
『ア゛ア゛、イタイ・・・ア゛-ァ-ァ。アーァァ。。ぁあ。いきなりいってぇなおい。一般人なら死んでたぞ?』
「貴様らが一般人だったなら、我々が赴く必要性は皆無だったんだがな。」
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凛と澄ました声音。
眼鏡の奥の瞳から感情は読み取れない。怒りも憎悪もない。まるで機械のように。
「俺の手下共はどうした。壁くらいにはなるかと思って人数集めたのによぉ。」
悔しそうに顔に手を当てるも、どこか分かりきっていたかのように感じられるのは気の所為だろうか。それよりも、仲間を『壁』と称した男の言葉に憤りを感じてしまった。顔も知らない、ましてや犯罪者に対して。
わたしは同情してしまったのだ。
「廊下で寝てもらってる」
何事も無かったかのような涼しい顔だった。
改めて対峙する眼鏡の彼を観察する。
中肉中背の体格に長めの黒髪、銀縁の細い眼鏡越しに見える切れ長の目。どこにでもいそうというか、生徒会長とかやってそうで真面目という単語がよく似合う気がする。
けして体育会系という訳では無いと推察したが、廊下から聞こえた地響きのような音。なぎ倒されていったであろうテロリストの集団。そんな中からドアを蹴破って男に懇親の一撃。息一つ上がっていないなんて、『異常』としか言いようがないではないか。
『異常』といえば、そこのテロリストの方がよっぽどおかしいとも思えるが。。
「予想以上に早いボス戦だぜ・・・出し惜しみしてる余裕はない…よなっ!」
RPGとかで使いそうなセリフを吐いて、男は懐から、黒い液体の入った小瓶を取り出し、中身を口内へ流し込む。
途端に、男の瞳の色が変化した。瞳だけじゃない、男の頬や首筋、手の甲などに何かの文字が浮かび上がる。
「小賢しい真似を…そんな小細工をした所で適うと思ってるのか。」
どこか呆れ気味の眼鏡くん。彼は彼でどこかボスらしいことを言うと、ポケットから懐中時計を取り出した。
こんな状況で時間の確認・・・?
艶のない真っ黒な装飾の懐中時計。よく見ると裏側にシルクハットらしき模様が彫られている。
「・・・ふっ、余裕でいられるのもこれっきりだぜ、『アリスッ!!』
____________解放ワード:リバイアサン!!!」
激震と轟音。地底から響いてくるような重低音がわたしの鼓膜を殴る。
「しまっ_______!!」
男が言い放つと、教室が海底に沈んだかのように青暗くなった。空気が変わった、とでも表せばいいのか。明らかにさっきまでの教室とは違うのがわかる。
ここに来て眼鏡くんに焦りが見え始めた。
「…おい、シーアッ!!なんとか転送できないのか、俺はもうすぐ時間が来る!」
虚空に彼が怒鳴る。
ずっと澄ましていた彼から、初めて人間味を感じられる一声だ。
『無理です!!原因は不明、なんとか短期決戦で片付けられませんかッ?!』
「無茶を言わないでくれ、3分も残ってない!」
どこからともなく聴こえてきた、女の子であろう声。なにやら揉めているようだ・・・
「…フッハハハ!もう時間が無いようだな!『アリスの犬』」
全身に黒に近い青。魚の鱗のようなものが浮き出たテロリスト。知らぬ間に、人と言うよりトカゲに近しい形になっていた。
そんな風貌よりも目立つ長い槍、先が3本に分かれたいかにもそれらしい装飾。
(かっこいいとさえ思ってしまう…)
ブンブンと頭を振る。
あんなやつの武器に何を思っているんだわたしは。
「じゃぁそろそろいかせてもらうぜっ!」
「くっ・・・!」
男が槍を構える。それに対して眼鏡くんは手刀で応戦するつもりらしい・・・?
「ちょっ!眼鏡くん流石にそれはっ_____________「さっさと出口探して逃げろっ!」
急に怒鳴られる。
彼も切羽詰まっている様子であるからここは大人しく従っておこう…。
「ふん、この状況で逃げれるとか思ってんなよ?」
「…まさか。逃げる時間くらい稼いでやるだけさっ」
男は槍を回して構え直す。
「死ぬ覚悟は決まったようだなっ!! はぁあっ!」
「くっ…!!」
突き出された槍を瞬時にかわす、けれど槍の先端は彼の横腹をかすめた…?
いや違う、完全に避けた筈だ。
しかし、服の切れ目からは赤い線が覗いている。
「なにっ…リバイアサンとやらの恩恵か」
「分析してる暇があんのか??」
突き出した槍を引くと同時に跳躍、すると今度は空中から槍を振り下ろした。
咄嗟に教卓を蹴り上げて回避する彼だが、男の槍は教卓を真っ二つに切り裂いた。
それにしても先程からどんどん、男のスピードが上がっているような気がする・・・逆に眼鏡くんは足が重そうだ、
「悪いがここはもう俺のフィールドだぜ」
「…予想はしてたが、やはりか。シーア!武器の転送はできないのか!」
『既に不可侵領域が展開されていて、こちらからの干渉は出来ません!』
その後も怒涛の攻撃は続く、男が槍を振る度に、眼鏡くんに傷が増えていく。的確に攻撃から逸れた筈なのに切り傷は増す一方。血を流し続ける彼はだんだんと、動きにキレが無くなっていった。
(このままじゃ、危ない。)
「その程度かアリス!!落ちぶれたものだなっ!」
「はぁ、あ…はぁ、、」
男が槍を下ろして挑発する。
目の前の彼は片膝を着き、言葉を返す気力も残されていないようだ。疲弊し切った体はじっとりと汗を放出し、衣服は血が滲んでいた。
「…なら、これで楽にしてやろう」
男が槍を構える。そのひと突きで彼を殺す気なのだろう。
「はぁ、…にげ、ろ…」
「…っ!」
この時、わたしは恐怖と憎悪に駆られた。
チャラチャラしたクラスメイト2人が、目の前で射殺された。わたしはあの時、なにか思っただろうか。少なくとも今ほどの怒りは身に覚えがない。
拳をぐっと握り締める。切り忘れた爪が食い込むことなんて気にしないで。
きっと男を睨み付けた。
「…あ?なに睨んでんだクソガキ」
__________もう、人が死ぬのなんて見たくない
そう、自分に言い聞かせた。
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お久しぶりとなります。Heartです。
厨二心たっぷりの思考で毎日過ごしてます。
次回もよろしくお願いします!!