お姉ちゃん
「こいつが?」
ルークはレインを疑わしい表情で見ている。
レインはそれを飄々と受け流す。
「たしかに静謐の傭兵団は有名ですがあ、わざわざ傭兵にそんな重要な役を任せなくてもいいのでわぁ?」
どうやらステラは反対のようだ。
「ステラの言い分もよくわかる。だがそれを差し引いてもレインが適任だ。それくらい君たちとレインの間には大きな差がある」
そうレードルが言葉を発すると空気がピリついた。
「へえ。このお兄さんそんなに強いんだ」
「おい、アンナ。なんで私はおっさんでレインはお兄さんなんだ。流石に怒るぞ」
「うるさい。黙ってて」
「アンナが反抗期だ…」
レードルは手で顔を覆った。
「何度も言わせるな。話を進めろ。俺は大臣の言動に腹が立ちそうだ」
ルークは青筋を立てた。
「と、とにかく、レインは桁違いに強い。その証拠にキャサリンをスキルも使わずに倒してしまった」
皆驚きの表情を浮かべた。
「…事実です。私は為すすべもなく倒されました」
キャサリンはスカートを握り締めながら言った。
「ということだ。何か反論があるものはいるか?」
誰も声を上げない。
「決まりだな。レインには戦闘部隊と一緒に行動し、隙をついて倒してくれ。タイミングは私が指示を出す」
レードルの言葉にレインは頷いた。
「では戦闘部隊に割り振る人員を発表する。キャサリン、レイン、リリー、ソフィア、それと…ラヌー社から派遣されているグレイス」
今まで一言も発していなかったグレイスと呼ばれた人物は、黒いマントで体を覆っている。
そのマントのせいで顔も見えない。
「護衛部隊はドミニク、ルーク、ステラ、アンナ、そして私だ」
レードルはそれぞれの顔を見た。
「戦闘部隊はできるだけ派手に暴れてくれ。敵の注意全てが集まるように」
「そんなことをしてはレインが動きにくくなるのでは?」
キャサリンが指摘した。
「ああ。それこそが狙いだ。敵は暴れている人数が5人だということをすぐに把握するだろう。そしてすぐに探すはずだ、残りの5人を。私たち護衛部隊は隠れていると見せかけて、わざと見つかるよう行動する」
「そこで今度は護衛部隊に注意を惹き付けるのじゃな」
ドミニクは腕を組みながら言った。
「その通り。敵が我々を見つけた時にとると予想される行動は2つだ。1つは戦闘部隊を無視して我々を潰しにかかる。この場合は先程言ったようにレインが大臣を倒す。もう1つは戦闘部隊を殲滅した後、我々を倒しに来るというものだ。この行動を取ってきた場合には我々護衛部隊が大臣を倒す」
「ということは私たち戦闘部隊の動きが重要ですね」
キャサリンはレードルの目を見た。
「キャサリン達は派手に動きながら生き残る必要がある。出来るか?」
「もちろんです」
キャサリンは力強く頷いた。
「よし。では準備が出来次第各自マップへ飛んでくれ」
***
「やはり先程の戦闘で敵が集まってきましたね」
キャサリンは木の上から見下ろして言った。
下には敵国の兵士数人が周りをキョロキョロしながら歩いている。
「ねえねえ!今度はリリーが戦ってもいい?」
リリーは出来る限り声を小さくしているが、声からは興奮している様子が伺える。
「リリーちゃんはやめたほうがいいんじゃないかしら」
ソフィアは心配そうな眼差しだ。
「そうですね…リリーのスキルは派手な戦いというよりは隠密に長けていますからね」
「そういうことではないと思うのですが…」
ソフィアはキャサリンの言葉に突っ込んだ。
「でもでも!リリーは戦いたいの!キャサリンお姉ちゃんばっかりずるい!」
「……………もう一度言ってください」
「?」
リリーは可愛らしく首を傾げた。
「後半に言ったことをもう一度」
ソフィアは冷静を装っているがどこか様子がおかしい。
「キャサリンお姉ちゃんばっーー」
「良いでしょう。ここはリリーに任せます。ただし、条件として今後もその呼び方で呼んでください」
キャサリンの目は怖い。
「うん!ありがとうキャサリンお姉ちゃん!」
キャサリンは目元は笑わすに、口だけニヤニヤとしているため、どことなく気持ち悪さが漂っている。
レインもソフィアも、そして表情は見えないがグレイスも、ソフィアの言動に引いているようだ。
「じゃあ行ってきまーす!」
リリーが感情スキルを発動させる。
“I want to play forever”
リリーが立っている木の枝にオレンジ色のゲートが現れる。
リリーはそのゲートの中へ入り完全にすがたを消した。
「それにしてもあんなに可愛くて小さな子が戦うなんて…」
ソフィアは嘆いた。
「彼女は自らここへ来たのですよ」
キャサリンはいつものキャサリンに戻っていた。
「自ら?」
「ええ。それも訓練校を出ずに。彼女が国内ランキング何位か知っていますか?」
「いえ…」
「2位です」
「えっ…?そんな風には見えませんが…」
「そうですね。ただこれはVR戦争ですから。感情スキルの強さによって順位は大きく変わります。人を見た目で判断することはできないのです」
キャサリンは自分の服を見ながら言った。
2人がそんな話をしていると、敵の背ど真ん中に小さな子供が1人入れそうなオレンジ色のゲートが現れた。
そのゲートはたしかにオレンジ色だが、オーロラのように様々な色が出ては消えてを繰り返している。
まさに無邪気という言葉がよく似合う。
敵はゲートを取り囲み警戒している。
突如ゲートからリリーが飛び出した。
手には小さなナイフが握られている。
敵の1人、剣を持った男はリリーのナイフを剣で防ぐいだ。
リリーは2撃目3撃目とナイフを振っていく。
男は危なげなく剣で防ぐ。
男の腕を信頼しているのか周りは動かない。
リリーの攻撃が単調になってきたところで男は反撃に出た。
剣でナイフを強く押し返し、少し距離が開いたところで斬り込む。
リリーは必死にナイフで剣を弾く。
ギリギリで防いでいるようだ。
「レイン…。助けたほうがいいんじゃないかしら」
ソフィアは胸の前で強く拳を握っている。
レインはその拳を手で優しく触れた。
「心配しないでソフィア。きっと大丈夫。あの子は強いから」
男の攻撃が鋭さを増していく。
リリーは防いでいたがとうとう捉えられた。
男の攻撃がリリーの首筋に迫る。
リリーのナイフを振る速度では間に合わない。
ソフィアは目をつぶった。
「なっ!!!!」
響き渡ったのは男の声だった。
ソフィアは恐る恐る目を開ける。
ソフィアの目に飛び込んできた光景は驚くべきものだった。
リリーと男の戦いを周囲で見ていた敵国の1人の腕が斬り飛ばされ、腕からは濁流のごとく血が吹き出している。
リリーの首にあたるかと思われていた剣先はゲートに飲み込まれいた。
そしてその剣先は斬り飛ばされた者の近くのゲートから出ている。
剣先がワープしていたのだ。
これこそがリリーのスキル”愉楽”だった。




