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甘やかさない…?

「レイン、もう行かないと遅れてしまうわ」


 ソフィアはベッドで横になっているレインの身体をゆする。

 レインからは全く反応がない。


「もう」


 ソフィアはベッドに腰を掛けてレインの頬を軽くたたき始めた。

 それでもレインは起きない。

 頬を叩く力がどんどん強くなっていく。

 バチンバチンという音が聞こえてくる。

 これではもはやビンタだ。


「い、痛い…痛いよソフィア」


 ようやくレインは目を覚ました。

 レインは目をこするのと頬をさするのを同時にやっている。


「レイン起きて。早く軍事基地に向かわないと」


 ソフィアもさすがにかわいそうだと思ったのかレインの頬をさすっている。

 レインはゆっくりと上半身を起こした。

 そのまま起きると思いきや、レインはそのままの態勢で止まる。


「ちょっとレイン、いい加減にしないとーー」


 レインはソフィアに抱き着くような態勢になってそのまま目をつぶってしまった。

 ソフィアは少しの間逡巡する。


「もういいわ。私先に行くから」


 甘やかしてはいけないと考えたのか、ソフィアは身体からレインの手を解こうとした。


「ソフィア…。行かないで…。ずっと僕のそばにいて…」


 レインは寝言のようにソフィアの耳の近くでささやいた。

 ソフィアの解こうとしていた手は、レインの手に触れたまま固まっている。

 数秒立ったのち、


「はあ」


 ソフィアはため息をついてベッドに横になった。






「遅れてしまい申し訳ありません!!」


 ソフィアは頭を深く下げてレードルに謝罪した。

 一方のレインはどこ吹く風といった表情で周囲を見渡している。


 2人はレイシュ国の仮想部隊軍事基地に来ていた。

 仮想部隊は実働部隊とは違い、VR戦争を行うためだけに作られた部隊だ。


 敷地面積は2万平方メートル以上あり、外周は強固な壁によっておおわれている。

 その壁の中にはまるで城のような建物が建っていて、あまりの大きさに頂点は見えない。


 壁も城も白い特殊材質でできている。

 これは核爆発にも耐えうる代物で、いくらになるのか全く想像もつかない。

 これだけでこの国がいかにVR戦争に力を入れているかがうかがえる。


 それでも軍務大臣によってあっさりと負けてしまうのがVR戦争だ。

 そもそもVR戦争にはルールが存在しない。

 戦争国が互いに協議しながら参加人数やマップなど事細かに決めていく。

 つまり、協議の段階から戦争は始まっているのだ。


「頭を上げてくれ。開始時刻には遅れていないから問題ない。本来の集合時間より早く伝えていたからな」

「そうだったんですか?」


 ソフィアは顔を軽く上げ、その綺麗な瞳を上目遣いにしてレードルを見た。


「あ、ああ。レインの寝坊癖は昔からだ」

「ごめん」


 レインは淡々と口に出した。


「本当に申し訳ないと思っているのか…。傭兵は信頼関係が重視されるのだから遅刻はしない方がいいぞ」


 レードルは怒るのではなく、諭すように言った。


「わかった。ありがとう。いつもは遅れないんだけどね。レードルだったから気が緩んじゃったのかな?」

「…まあいい。早くカプセルの中に入ってダイブしてくれ」


 そう言うとレードルは遠くを指差す。


「これは…。豪華ですね…」


 ソフィアが小さくつぶやいた。


 そこには大量のカプセル装置が置かれていた。

 この敷地の半分以上を占めているのではないかと思わせるほどだ。

 しかしカプセルが起動しているのは中央の10個のみだ。

 そしてその周りを実働部隊100名が警備している。

 さらにはカプセル装置一つにつき一人、医師が専属でついている。


「行こうソフィア」

「はい」


 2人は中央に向かって歩く。

 途中実働部隊の警備兵に声をかけられた。


「頼むから勝ってくれ。俺たちはお前たちみたいなエリートとは違って見守ることしかできないからな…」


 警備兵は銃を持つ拳を強く握りしめながら言った。


「わかりました」


 レインは抑揚なく答えた。






 マップは古代樹だった。

 やはり木々が乱立していて中央には見上げても上が見えないほどに巨大な樹が生えている。


 その木の上に5人の人影がある。


「このまま回り込んで強襲します」

「おっけーい。でもそんなにうまくいくのかなあ?」


 ゴスロリの洋服をひらひらさせながら先頭を走っているキャサリンの言葉に、背の小さな女の子が質問した。


「きっとうまくいくわ。私たちにはレインがいるし」


 答えたのはソフィアだった。

 ソフィアは前を走っているレインの後ろ姿を見た。


「僕がいるからかどうかは抜きにして、あのレードルが考えた作戦だ。成功するよ」


 レインは後ろを振り返らずに言った。

 残りの1人、黒マントを被った人物は1番後ろを無言でついて来る。


「もうすぐで接近します。準備をしてください」


 キャサリンはそう言うと右手に金棒を出現させて肩に担いだ。

 このファッションでなければきっと鬼に見えたことだろう。


「リリー、飛び出してはいけませんよ」


 キャサリンは小さな女の子ーーリリーに声をかけた。


「はあーい!リリーはいい子だからソフィアの言う事聞きます!」


 リリーはそのクリクリの目を細め、左手を上げて返事をした。

 真ん中に大きくクマがプリントされた白のTシャツをダボダボの服を着て、赤いスニーカーを履いている。

 髪の毛は長くオレンジ色だ。


「ふふっ。可愛いわね」


 ソフィアはリリー見て微笑んだ。

 レインは微笑んでいるソフィアを見て笑っている。


 キャサリンが左手で停止の合図をした。

 皆一斉に止まる。

 木の下には周囲を警戒しながら歩いている3人がいた。


「ここは私が」


 "My life(私の) is (方が) better(強い)"


 そう言ってキャサリンはスカートから綺麗な足をのぞかせながら飛び降りていく。

 やはりなぜかスカートはめくれない。

 金棒と手には黒紫色の炎が灯っている。


 キャサリンはどうやら一番後ろの、見るからに力がありそうな大男に狙いを定めたようだ。

 その大男めがけて金棒を振りかぶる。


 男はバサバサという洋服の音でも聞こえたのだろうか、素早く見上げた。


 男の視界に入ったのは黒紫の炎をまとったゴツゴツの巨大な金棒だった。

 男は咄嗟に防御態勢を取ろうと腕を交差して前に出す。


 男の腕に炎が触れた瞬間、男は全身から力が抜けた。

 腕は金棒の力に逆らわずそのままぐにゃりと自分の胸にくっつく。

 足は仁王立ちのようなどっしりとした構えから内またになる。

 まるで操られていない糸人形のようだ。


 もちろんキャサリンの金棒に抵抗することもできず地面にたたきつけられた。

 その衝撃で周囲に破片が飛ぶ。

 キャサリンの金棒と手からは炎が消えていた。


 前を歩いていた2人は、その衝撃音を聞いて後ろを振り返る。

 勢いよく破片が飛んできていた。

 2人は思わず腕で顔を覆い隠す。


 キャサリンはその隙を逃さまいと金棒を薙ぎ払った。

 黒髪がさらさらと舞う。

 そして巨大な金棒で2人まとめて吹き飛ばした。


 吹き飛ばされた2人ーー女と小柄な男は木に叩きつけられる。

 木は揺れ、ドスンという大きな音がした。

 木の葉が驚いたように落ちてくる。


 キャサリンは倒れている大男には目もくれず叩きつけた2人へ向かって走り出す。

 小柄な男は手に槍を構えて立っており、女は地面にうずくまっている。


 どうやら男の方は槍で直撃を防いだようだ。

 男がスキルを発動しようとしている。

 しかしキャサリンがそれを許すはずもなく、一心不乱に男へ向かっていく。

 一歩踏み出すごとに地面にローファーがめり込む。


 男は仕方なく言葉を発することをやめて槍を構えた。

 キャサリンの接近に合わせて槍を突き刺す形で前に出す。


 キャサリンはそれを金棒で振り払った。


 男は何故かその力に逆らわずに振り払われた槍を簡単に手放した。

 槍が女の近くへ飛んでいく。


 キャサリンは金棒で男の頭を強打した。

 男は頭から地面に突っ込んだ。

 地面に頭がめり込んでいる。


「ふう…。後はとどめを刺して終わりですね」


 キャサリンは息を吐いた。

 完全に警戒を解いている。


 キャサリンはゆっくりと金棒を振り上げ目の前の男を叩き潰そうとする。

 すると雄叫びのような大きな声が聞こえた。


「ゴーンの仇いいいいいい!!」


 後ろから槍を持った女がキャサリンへ向かって走っていた。

 女はヒステリックな顔をしている。


 女が声を上げたところでようやくキャサリンは後ろを振り返った。

 しかし目の前にはすでに槍が迫っている。

 キャサリンは反射的に目をつぶってしまった。


 キャサリンの身体に力がこもる。

 しかしいつまでたってもキャサリンへ槍は刺さらない。


 キャサリンは恐る恐る目を開けた。


 目の前には刀を手に持つレインがいた。

 女はすでにチリとなっていた。


「なっ、なぜあなたが!私が戦うと言ったはずでしょう!」


 キャサリンは顔を赤くさせながら怒鳴った。


「そうですね。申し訳ございません」


 レインは感情のこもっていない言葉で謝罪した。


「そ、それに私のDPはまだ1ミリたりとも減っていません!今の攻撃はDPで防げました!あなたが出ずとも私一人で勝てました!」


 キャサリンは興奮気味に言った。


「たしかにそうかもしれませんね。僕はあなたが傷つく姿を見たくなかったという理由だけで水を差してしまいました。申し訳ありません」


 レインは頭を下げた。

 キャサリンは先ほどとは違う理由で顔を赤くしている。


「ど、どんな理由があろうと私の命令は絶対です!この部隊のリーダーは私なのですから!」


 キャサリンはスカートを握りしめながら言った。


「わかりました」


 レインは淡々と答えた。


 木の葉はゆらゆらと、そして周りも気にせず舞っている。



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