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株式

 カプセル装置から4人の姿が現れた。

 カプセルは円柱状で底を下にして立っている。

 4人はそれぞれ頭のヘルメットのようなものーーCPRを外してカプセルから出る。


「雇ってくれたってことだよね?それも多額の報酬で」


 レインはレードルに向かって笑いながら言った。


「ああ、雇おう…。キャサリン、すぐに契約書を用意してくれ」

「かしこまりました。それでは先に失礼させていただきます」


 そう言ってキャサリンはVRダイブ室から出た。

 この部屋は軍務省の地下に設置された、VR世界へ飛ぶための部屋だ。

 とは言え基地に設置されているものと比べて些か簡易的だが。


 キャサリンの服はもちろん、タイトスカートのスーツに戻っている。

 それに髪も。


「で、雇うのはいいが正直お前らがいても勝てるかどうか…」

「今はどんな状況なのですか?」


 レードルのつぶやきにソフィアが質問した。


「前大臣ーークールル・レイシュのせいで厳しい状況にあるということは知っているな?」

「ええ」

「では何連敗中か知っているか?」

「4連敗中だったと記憶しています」

「そうだ。それもビル国の一国だけに。本来は1敗だけでも慎重になるべきなのだが、アイツは悔しかったのか何度も再戦を申し込んでな」


「アイツって…」


 レインは思わず突っ込んだ。


「あんな馬鹿はアイツで十分だ。

 それで、負けるたびに侵略行為をされているのだが内容が酷すぎてな…」

「確か1敗目で自動車関連の関税減額。2敗目で第二次産業の関税撤廃。3敗目でレイシュ国の3大企業の1つである、ラヌー社の株式55%買収。そして4敗目であの有名リゾート地の領土譲渡でしたよね?」


 ソフィアは顎に手を当てて答えた。


「よく知っているな。その通りだ。完全にこの国を潰しにきている」

「それも他国に文句を言われないように、ギリギリをうまく攻めて来ていますね」

「ああ。本当に感心してしまうほどだ。そのせいで友好国のティーズ国も手出しができないようでな」


 レードルは頭を抱えている。


「少なくともラヌー社の株式は取り返さないといけないですね」


 レードルはソフィアの方を向いて頷く。


「そのためにも5回目の戦争交渉をした」

「どのような結果になったのですか?」

「こちらが勝利すれば株は返してくれることになった。なったが…」

「何か問題が?」

「敗北した時はクールルを国王にしなければならない。それに条件として戦争参加人数を制限された」

「血筋的にはなにも問題はないですからね…。

 制限は何人なのですか?」

「たったの10人だ…」

「それで私たちなのですね」


 ソフィアはちらりとレインを見た。

 レインは話を聞いているのか分からない表情をしている。

 少なくともレインは半身でしか2人の方を向いていない。


「世界屈指の傭兵だからな。君たち2人と私とキャサリン、国内ランキング1位から5位までの5人、それとラヌー社から1人派遣されるようだ」

「ラヌー社から1人、ですか?」

「どうやらまだ解任されていない取締役の1人がコネを持っていたようでな。自分のクビもかかっているからそれはもう必死だ」

「私たちと同じ傭兵ということですか?」

「ああ。名前はまだわからないが」

「そうですか。なるべくなら味方全員の情報を持っておきたいところですが…」


 レードルは困った顔をしている。


「いや、必要ないよ」


 答えたのはレインだった。

 いつのまにか身体はこちらを向いている。


「傭兵に重要な情報を渡せないと言うことはよくわかっているつもりだからね」

「でも、国家存続の危機なのよ」

「とは言っても僕たちはこの国民ではないからね。いつでも敵になり得るんだ。それに見方を変えれば、僕たちが勝てると信じていることになる。そうだよね?レードル」

「もちろんだ。だからこそ君たちに我が国の情報は渡せない」

「そんなの…」


 ソフィアは俯く。


「愚かかもしれんな。だが私は常に先を考えて行動しなければならないのだ」


 レードルは拳に力を込めて言った。

 話が一区切りすると、キャサリンが部屋に入ってくる。


「お待たせいたしました。こちらの契約書でよろしいでしょうか?」


 キャサリンはレードルに書類を渡した。

 レードルはそれを確認する。


「問題ない。そちらも確認してくれ」


 今度はレードルが書類をソフィアに渡す。

 ソフィアは細かく内容を確認した。

 そしてレインに手渡す。


「内容は概ね問題ないと思うわ。基本的にこちらに有利なように作成されてる。ただ1つここの文言ね」


 そう言ってソフィアはレインに手渡した書類の一部を指差した。


「この戦争に勝利した場合の報酬は数度に分けてレードルから僕に直接渡される、ね…」

「レイン、この人はレインをこの国に縛り付けるつもりよ」


 レードルとキャサリンは2人とも斜め上を見ている。


「僕は報酬をもらうためだけにこの国に来なきゃいけないし、来ないなら来ないで報酬を支払わなくてよくなるということか…。よく考えているね」


 レインは呆れと関心を混ぜて言った。

 レードルとキャサリンは口笛を吹き始める。


「まあでも僕はこの契約を飲むよ」

「ちょっとレイン!?」

「この国は嫌じゃないから。気が向いた時に来ようと思う」

「レインは本当にーー」

「けどこれに気がつくとは流石ソフィアだね。頼りになるよ。ソフィアがずっと一緒にいてくれればいいのに」

「そ、そんなこと言われても。でもレインが望むなら…」

「オッホン!」


 レードルは大きな咳をした。

 ソフィアは顔を赤くする。


「ではこれでいいのだな。サインしてくれ」


 レードルがそう言うとレインはサラサラと綺麗な字でサインした。


「これで契約成立だな。詳細は追って連絡する」


 そう言うとレードルは書類を持ってキャサリンと部屋を出て行った。


 部屋にはレインとソフィアの2人だけが取り残される。


「さっきは本当にありがとう。ソフィアが気づいてくれなかったらそのまま契約してしまうところだったよ」

「でも結局何も変えずに契約したじゃない」


 ソフィアは少し不貞腐れながら答えた。


「内容を知ってから契約するのと、知らずに契約することには大きな違いがあるよ」

「そうかしら?」

「そうだよ」


 ソフィアはまだ納得していないようだ。


「ソフィア、こっちに来て」


 そう言ってレインはソフィアの肩を抱く。


「僕たちは傭兵だから信頼されないことなんて沢山ある。当たり前だよ、お金の関係なんだから。でもだからこそ仕事上では信用される。それ以上でもそれ以下でもない」

「でもレードルとは知り合いだったんでしょ?」

「やっぱり。そのことに怒っていたんだね」


 レインはソフィアの綺麗な髪を撫でる。


「だって!知り合いなら少しは信じてくれてもいいじゃない。それにあの契約書も騙すみたいに…」

「ソフィアは本当に優しいね。僕はソフィアが信じてくれればそれだけで嬉しいよ」

「もう、またそんなこと言って。私はレインにはもっと信頼できる友人を作ってほしいわ」


 ソフィアは空いている方のレインの手を握る。


「僕には少し難しいな。でもソフィアがそう言うなら頑張るよ」


 レインはそう言ってソフィアの手を握り返した。

 ソフィアは頭をレインの胸へと傾ける。


 周りのカプセル装置は独特な音を奏でている。




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