結婚
キャサリンは金棒を地面にめり込ませて立たせた。
そして両手のひらを上に向け、前に出す。
"My life is better"
キャサリンの手に黒と紫が混ざったような色の炎で包まれる。
「私、スキルを発動させるの好きじゃないんですよ。まるで私が貴方達に嫉妬しているみたいじゃないですか」
「…違うんでーー」
「違います」
キャサリンはレインの質問を聞かずに答えた。
「AIが勝手に私は嫉妬を多く抱えていると判断しただけです。私は信用していません」
「そうですか…」
「なんですかその文句のありそうな顔は。言いたいことがあるならはっきりと言いなさい」
「い、いえ。ありません」
レインはキャサリンから目を逸らして答えた。
「…あなたは私のスキルが嫉妬であると言うことを知っていましたか?」
キャサリンは目を鋭くして聞いた。
「どうでしょう」
「否定しないということは強ち間違いではないのですね」
レインは何も答えない。
「わかりました。貴方は相当性根が腐っているようですね」
キャサリンは立たせていた金棒を持って走り出した。
金棒がキャサリンの手の炎によって覆われる。
ゴスロリの服にはその炎は到達していない。
レインはちらりと後ろのソフィアを見た
周りの木々が邪魔をしていて、キャサリン、レイン、ソフィアを一直線につないでしまっている。
レインはソフィアを守るように前へ出た。
いつのまにかレインの手には、レインの身長ほどある刀が握られていた。
刀は青色に淡く光っている。
その光が放つ雰囲気は、静寂と高潔さを併せ持つかのようだ。
刃は岩でも切り裂けそうなほど洗練されており、遠くからでも綺麗な文様が見える。
キャサリンはレインへ金棒の当たるところまで近づいた。
すると今度は先程の大振りとは違い、金棒を右へ左へ小さく振り回した。
ドレスが左右に舞う。
レインは身をよじって躱し、どうしても避けられない時だけ刀を使って受け流す。
キャサリンはフェイントを交えつつ振り回すが、レインはあっさりと見抜いてしまう。
キャサリンは時折片手を金棒から離しレインに触れようとする。
しかしレインは身をよじるだけでそれを躱してしまう。
キャサリンは今度は蹴りを交えつつ攻撃し始めた。
ドレスから綺麗な素足が見える。
レインは蹴りだけは腕や脚でガードしながらも、決して炎の纏った金棒や手には触らない。
その攻防が何度か繰り返される。
次第にキャサリンの顔に焦りの表情が見え始めた。
金棒は精確さを欠き、側からでもわかるほど大振りになっていく。
胸の赤いバラもそれに合わせて大きく動く。
一方のレインは最初こそ刀で受け流すことが多かったが、次第に身をよじるだけで躱す事の方が多くなっていた。
さらに驚くべきことに、レインは決して後ろには下がっておらず、一歩もキャサリンをソフィアに近づかせていない。
永遠に続くかと思われた攻防だったが、突然周囲が光に満ちたことで終わりを迎えた。
キャサリンは攻撃することをやめ、後方に下がる。
レインは片目だけうっすらと開け、急いでソフィアの下まで戻った。
「ソフィア!大丈夫?」
「ええ!私は平気!そんなことよりもレインは大丈夫なの?」
「僕なら大丈夫」
2人が声を掛け終える頃には、周囲は平穏を取り戻していた。
「ふう。危うくあなたのペースに乗せられるところでした」
キャサリンは深呼吸をして言った。
「乗っていませんでしたか?」
レインはキャサリンを煽った。
「もうその手には引っかかりません。それにしても貴方は相当性格が悪いようですね」
キャサリンはレインを睨んだ。
「そうですか?」
レインは平然と答えた。
「とぼけても無駄です。貴方は私に全く攻撃をしてこなかった。私は最初、攻撃を避けることに必死で反撃できないんだと思いまーーいいえ、思い込まされました」
散った葉は風によって地面に叩きつけられている。
「最初の蹴りもそう思いこませるためだったんですね。
わたしから自主的に動いて攻撃を始めさせる。そうすることで自分の有利になっていると勘違いさせた」
「そんなことありーー」
「ーーます。有利だと勘違いしていた私は、攻撃が当たらないことに焦りを覚え始めました。
それこそが貴方の作戦だった。
自分から攻撃をせずに、私に猛烈な焦りを感じさせることでスキルの消滅を促そうとした。そうですよね?」
レインは何も答えない。
「沈黙は肯定と受け取りますが」
「僕が何を言っても貴方は聞かないでしょう?」
レインは淡々と言った。
「確かにそうですね。失礼しました。
貴方は攻撃しないことで攻撃した。
VR世界での戦いは奥が深いですね。勉強になりました。流石は伝説の傭兵です」
キャサリンの声色には全く尊敬の念は入っていなかった。
「ですがそんな小細工これからは通用しません。タネが分かってしまえば引っかかることはありませんから」
「そうですか。でも一つ大事なことを忘れていませんか?」
「また精神攻撃ですか。馬鹿の一つ覚えですね」
「貴方はさっき、僕が避けることに必死で攻撃できないと貴方に思い込ませた、と言いましたよね?」
「…ええ。言いましたが」
「もしそれが本当なら、僕は攻撃できるはずなのにしなかったと言うことになりますよね?」
「…なにが言いたいんです?」
「つまり、僕はいつでも貴方を倒せるということです」
「なっ…!」
レインは急にキャサリンへ切りかかった。
キャサリンは焦って金棒を前に出す。
キャサリンの手から、金棒から、黒紫の炎が消えた。
「僕の勝ちですね」
そう言ってレインは切りかかるのをやめて周りを見た。
「…どうやらその様だな。降参だ」
周りの木の陰からレードルが現れた。
「流石だなレイン」
レードルは右手をレインに差し出した。
「それほどでも」
それに応えるようにレインも右手を出す。
「あの…一体どういう?レードルさんは戦わないんですか?」
仲良さげに握手している2人を見てソフィアが聞いた。
「ああ。私は戦略を考えることはできるが戦闘はもっぱらできなくてね。キャサリンのスキルが一度でもレインに当たれば私も参加しようと思ったのだが」
「レードル大臣!すみません私ーー」
「良い。気にするな」
レードルはキャサリンの言葉を遮って答えた。
「でも…」
「こいつは五傭兵だ。最初から勝てると思ってはいない」
キャサリンは不満そうな表情を見せた。
「ではなぜ2対2の戦いなど…。1対1でも良かったのでは?」
ソフィアはレードルに質問した。
「戦闘中に光が満ちただろう?あれは私のスキルだ。あれがあったおかげでキャサリンはレインの策略を見破ることができた。結果的にあまり意味はなかったが」
ソフィアは申し訳なさそうな顔をしている。
「策略なんかじゃないよ。たまたまだ」
レインが遠くを見て言った。
「嘘をつけ。この戦争中毒者が」
レードルはレインを睨む。
「戦争中毒…?」
ソフィアが疑問を言葉に出したようだが誰も答えない。
「それにしてもお二人はお知り合いだったのですか?」
キャサリンが沈黙を破るように聞いた。
「そうだね…。ただの腐れ縁だけど」
「おい」
レインの言葉にレードルは反論した。
「ふふっ。仲がいいのね。でもさっきはそんな雰囲気じゃなかったけど」
ソフィアはレインを見ながら言った。
「大臣っていう手前、それなりの対応がいいと思ってね。それに僕達を安く雇おうとしたし」
「予算が少ないんだ、すまない。だがこうやってキャサリンに勝った以上何が何でも払うつもりだ。君の実力は見られなかったがな」
そう言ってレードルはソフィアを見る。
「ソフィアの実力は僕が保証する」
レインは自信をもって答えた。
「そうか。お前が言うなら信頼しよう。…それに上手く管理できているようだしな…」
レードルは後半誰にも聞こえないような大きさでつぶやいた。




