おばさん
4人はレードルを探して走る。
「この辺りがレードル大臣から連絡があった場所ですね」
キャサリンは周囲を見渡して言った。
「あそこだ!」
ルークが指差した先にはステラのスキルである黒い炎が燃えていた。
4人は警戒しながら近づいていく。
その炎は文字を描いていた。
「…これは暗号ですね。それもレーガン大臣独自の。1分ほど時間をください」
キャサリンはそう言って考え始めた。
そしてちょうど1分たった後、
「…ドミニクが裏切りました」
キャサリンは声を絞り出すように言った。
時間が止まったかのように皆固まった。
風はやみ、木の葉も地面でじっとしている。
「そんなことあるわけがないだろう!?あのドミニクに限って!」
ルークが1番に反応した。
「…詳しいことはわかりません。ただこれが事実なのは確かです」
キャサリンは口ではそう言っているが、まだ受け入れられていない表情をしている。
「あのドミニクがそんなことするはずない!この数十年、家族をも犠牲にして戦ってきたドミニクが!」
ルークは取り乱したように髪の毛を掻き毟りながら答えた。
「ルーク!落ち着きなさい!ドミニクにもきっと事情があるはず!」
キャサリンはルークの肩を掴んだ。
「落ち着いていられるか!自分の親が国を裏切ったなんて聞いて!…………家族じゃなかったのかよ……」
ルークはキャサリンの腕を振りほどき、俯いた。
「ルーク、今はレードル大臣を探しましょう。そうすれば自ずと見つかります」
キャサリンはルークを諭すように言った。
しかしそんなキャサリンの言葉は違った形でルークに届いた。
「…なら俺だけでも先に確認してくる」
ルークはそう言うとスキルを発動した。
"The fastest"
「待ちなさい!ルーク!」
キャサリンはルークを止めようとしたが、ルークはそれを無視して行ってしまった。
ルークは手負いながらも凄まじいスピードで駆けて行く。
「はあ…。予想外のことばかりです…」
キャサリンは溜息をついた。
「予想外のことがあって当たり前」
「えっ?」
キャサリンは驚きながら声がした方を見た。
ソフィアの声ではなかったからだ。
言葉を発していたのは、今まで一度も話していなかったグレイスだった。
「”過去”の経験から考えて”未来”を予測した。でもそれは外れてしまった。残っているのは”今”をどうするか」
グレイスの声は背丈からは考えられないほど低い。
しかしその声は冷静でいてどこか優しげだ。
聞くものに安心感を与えるような。
キャサリンはグレイスの言葉を受けて考え始めたようだ。
顎に手を添えている。
そして数度深呼吸をした。
「そうですね…。嘆いている暇はありませんでした。今すぐ追いかけましょう。ありがとうございますグレイスさん」
キャサリンのその言葉にグレイスは何も反応しなかった。
「では向かいまーー」
「待ってー!うちも行くから!」
キャサリンの言葉を遮ったのはアンナだった。
遠くの方から走ってきている。
着ていたパーカーは一部が焦げている。
しかしそれ以外には全く目立った汚れはない。
顔の化粧は当然のことだが、ネイルも、それに盛髪も崩れていない。
「アンナ!無事だったのですね!」
キャサリンは嬉しそうにアンナに駆け寄ろうとした。
しかしそれを阻むようにしてグレイスがキャサリンの前に立つ。
「グレイスさん?どうしたのですか?」
キャサリンはグレイスの行動の意図が分からず質問した。
グレイスはキャサリンの言葉を無視し、いつのまにか手にしていた拳銃をアンナに向けた。
「ちょっとグレイスさん!何をしているのですか!?
」
キャサリンは焦ったように早口でグレイスに言った。
「いやマジで?なんでうちに銃なんか向けるの?冗談でも笑えないんですけど?」
アンナはグレイスをにらんだ。
木々が強風に吹かれてざわざわと音を立てる。
「キャサリンさん!アンナさんどこか様子が変です!」
キャサリンとグレイスの斜め後ろにいたソフィアが言った。
「んん?何言ってんの?至って普通だけど。最近入ってきたあんたがうちのことわかるはずなくない?だよねキャサリン姐」
アンナは上目遣いでキャサリンに語り掛ける。
「ええ…。至っていつも通りのアンナだとは思いますが」
キャサリンは斜め上を向きながら自分の記憶と照らし合わせるように考えている。
「だよね!さっすがキャサリン姐!」
そう言ってアンナは3人へと近づこうとする。
その瞬間銃声が響き渡った。
発砲された銃弾はアンナの顔の真横を通過して行き背後の木を貫通する。
「はあ?まじで意味わかんないんですけど」
アンナは語気を強めた。
「グレイスさん!何をやっているのですか!もしかしてあなたも裏切ってーー」
「髪の毛」
「?髪の毛、ですか?」
キャサリンはグレイスの言葉を受けてアンナの髪の毛を見た。
「…あれは!」
アンナの髪の毛の先から光が出ていた。
それは目をよく凝らさなければわからないほどに細くうっすらと輝いている。
見落としてしまうのも仕方がないだろう。
「バレちゃった」
そう言って木から飛び降りてきたのは銀髪の美少年だった。
「あなたはもしかしてジェミニ兄弟の…?」
キャサリンが問いかける。
「おばさんも僕のこと知ってるんだ」
ルルはアンナの手を握った。
「今なんと言いましたか?」
キャサリンは下を向いていて顔がよく見えない。
「だからおばさんも僕たちのこと知ってるんだって。僕のお姉さんが言った通りだった」
ルルは無邪気な笑顔を浮かべた。
「僕のお姉さんってどういうこと…?」
ソフィアがルルの言葉に反応した。
「僕のお姉さんは僕のお姉さんだよ。さっき少しだけスキルを使ったら自分からなってくれたんだ。だよね?アンナお姉さん」
ルルはアンナの手を強く握りしめている。
「そう。うち、ルルのお兄ちゃんのララを殺しちゃったの。だから代わりにうちがお姉ちゃんになってあげたんだ」
アンナは平然と言ってのけた。
そう、平然と。
どこにも不自然なところはない。
強いていうならば先ほどグレイスが指摘した髪の毛くらいだろう。
不自然なほどに自然だ。
「そんなことはどうでもいいのです」
キャサリンの手に光が灯る。
その光は黒紫色で気味が悪い。
「どうでもいい?じゃあ何を聞いているの?」
ルルはひどい手汗をかいている。
アンナはそれを全く気にしていない様子だ。
「今あなたは誰と話しているのですか?」
風が止んでいる。
まるで嵐の前のーー
「?…おばさんとだよ」
そのルルの言葉を皮切りに激しい風が吹き荒れる。
ルルのオレンジ色の軍服も、アンナのパーカーも、ソフィアの水色の軍服も、グレイスのマントも、キャサリンの黒色でフリルがたくさんついている服も、木々も葉も土も。
何もかもが風で揺らされる。
「そうですか。私がおばさんですか。どこがおばさんなんでしょうか。具体的に、教えていただけますか」
キャサリンの言葉には圧が込められている。
流石にルルもまずいと気がついたのか必至に弁解する。
「ま、間違えていただけだよ、お姉さん。言い間違えは誰にでもあるでしょ…?」
ルルは怯えながら答えた。
アンナの身体がピクリと動く。
「言い間違え、ですか。おばさんとお姉さんを?」
キャサリンのゴスロリの服が意思を持つかのように揺らめく。
ルルは必至に言葉を探す。
しかし数秒たってもルルは何も答えられない。
周りの人は誰も手助けをしない。
アンナでさえも。
しばらくしてルルは声を絞り出して言う。
「しょうがないじゃん…」
ルルはビクビクと体を震わせている。
「はい?」
キャサリンの声はどこまでも冷たく、そして重い。
「しょうがないじゃん!お姉さんはおばさんなんだから!」
ルルは泣きながら叫んだ。




