交代
「そんなこと出来るわけがなかろう!」
ドミニクがレードルを叱った。
「未来は誰にもわからない」
レードルの身体が光りだす。
その光りの強さは目を開けていられないほどだ。
世界が光に包まれた。
土も岩も空気も木々も葉も人も全てが光に照らされる。
暗闇はどこにもない。
そう、影ですら。
光はしばらく経ってから消えた。
ダミアンはまぶたの上から光が収まったことを確認してうっすらと目を開ける。
そこに映し出されたのは目の前で自分を護衛している兵と、鞘に手をかけているドミニクだけだった。
「おい!どういうことだドミニク!レードルはどこに行った!?」
ドミニクはなにも答えずに、俯いたまま鞘を見ている。
「チッ!使えないジジイだ。お前たち今すぐ探せ!」
「しかしそうなるとダミアン大臣の護衛がいなくなってしまいます。それにローガンとジェミニ兄弟はどうするのでしょうか」
ダミアンの護衛の兵士が聞いた。
「………そんなことわかっている!おいジジイお前がレードルを倒してこい!倒せなかったらクールルがどうなるかわかっているな!」
「…承った」
ドミニクは虚ろな表情で返事をし、その芸術的なまでの綺麗な和服を靡かせながら動き出した。
「我々も探すぞ!ローガンとジェミニの奴らは放っておけ。そのうち追いついて来るはずだ」
「はっ!」
そういうとダミアンとその護衛も動き出した。
残ったのは不機嫌に舞う木の葉だけだった。
***
「もうそろそろでレードル大臣のいる所へ着きます」
キャサリンは乱立する木々の間を駆け抜けながら後ろのレイン、ソフィア、グレイスに言った。
「向こうは一体どうなっているのでしょうか?」
ソフィアはキャサリンに聞いた。
「それはわかりません。ただ一つ分かっていることはとてもまずい状況にあるということだけです」
4人の間に重い空気が流れる。
「とは言えまだ負けていないということはレードル大臣は生きています。私たちが諦めてはいけません」
「そうですね…!」
ソフィアは気合を入れるように答えた。
「ソフィア、まだ疲れていないかい?」
「ええ、大丈夫よ。それよりもーー」
レインの言葉にソフィアが答えようとした時だった。
何かが4人の間を通り過ぎた。
その何かは堂々と生えている木々を真ん中からへし折りながら飛んで行く。
そして数本を折った時ようやく止まった。
「グッ…。ゲホッゲホッ…」
飛んできた何かーールークは木にもたれながらお腹を押さえ血を吐いていた。
ツンツンに立っていた赤髪は頼りなさげにぐったりとしている。
綺麗な水色だった軍服は土埃がたくさん付いていて薄汚い。
顔にも土埃が付き、口の端からは血が出ている。
まさに満身創痍といった状態だ。
「ルーク!大丈夫ですか!」
キャサリンはルークに駆け寄ろうとした。
「来るな…!」
ルークは声を振り絞りながら必死に叫ぶ。
「何を言ってーー」
キャサリンには世界がコマ送りのように見えた。
いつの間にか目の前にいた大柄なオレンジ色の男が拳を振り上げている。
その拳はキャサリンの顔よりも大きく、そして正確にキャサリンのことを捉えていた。
キャサリンは手に持っていた金棒で防ごうとする。
しかし確実に間に合わない。
避けることもできない。
出来ることは、ただただ拳が自分に迫ってくるのを見ることだけだ。
キャサリンの綺麗な髪の毛が、ゴスロリの洋服が、舞う木の葉が風圧でサラサラと舞った。
オレンジ色の大男ーーローガンの拳を受けたわけではない。
瞬時にキャサリンの近くへと移動し、そして拳とキャサリンの間に割って入ったからだ。
レインが。
レインの手には青く輝く刀が握られている。
その刀でレインはローガンの拳を受け止めていた。
それも片手で軽々と。
ローガンの顔に喜色が現れた。
「私の名前はローガンだ。貴方の名前は?」
「レイン」
「まさか…静謐の?」
「そうだね」
ローガンの顔に獰猛な笑みが浮かぶ。
「これはなんという…!どうやら私は運がいいらしい!こんな所で、こんな戦争で会えるとは!」
「こんな戦争?」
レインは訝しげに聞いた。
「ええ。初めから勝敗が決まっている戦争など」
「やっぱりか…」
2人は会話している間にも刀と拳で鍔迫り合いをしている。
「キャサリンさん。どうやら今すぐレードルの方へ向かった方が良いみたいです」
レインはすぐ後ろにいるキャサリンに声をかけた。
ローガンは少し下がって距離を取る。
ローガンの拳にはいつの間にか金色のガントレットが嵌められていた。
そのガントレットは陽の光に照らされて煌々と輝いている。
レインは刀を鞘に収め右半身を引いて中腰になった。
左手で刀を、右手で鞘を握る。
ローガンはボクシングの様な構えから鋭い右ストレートを放つ。
それはどこまでも精密でどこまでも無駄がない。
最短で最速のパンチだ。
レインは鞘から刀を抜いた。
刀は下から上に向かって抜かれる。
拳を刃のある方で受け止めた。
取り残された青い光が綺麗な半円を描く。
こちらも一切無駄がない。
拳と刀がぶつかり合う。
金属音がぶつかる音がした。
火花が飛び散る。
再び鍔迫り合いが起こった。
「私との戦いはそんなにつまらないものか?」
ローガンは語気を強めて言った
「キャサリンさん、僕も行きたいけれど少し時間がかかるので、先にレードルの元へ行っておいてくれませんか?」
レインはローガンの言葉を無視して後ろのキャサリンに言った。
「話が出来るほど退屈か!」
ローガンはそう言うと右手を引き今度は左手でジャブを撃ち始める。
ジャブでさえもその威力は侮れない。
しかしレインはそれを簡単に刀でさばく。
左手を軸として刀を左右に傾けているだけだ。
たったそれだけのことで全ての攻撃を防いでいる。
何度も何度も金属音が響く。
「早く行ってください」
レインはキャサリンへ淡々と言った。
「わ、分かりました。ここはよろしくお願いします」
キャサリンはレインとローガンの攻防を驚愕の表情で見ながら答えた。
キャサリンがレインに背を向けて2人から離れようとしたその時、レインは振り返ってキャサリンに声をかけた。
「ソフィアに何かあったらあなたを殺します」
その言葉には感情は込もっておらず、ただ事務的なことを伝えたような雰囲気だった。
ローガンの拳を見ることすらせずにレインは刀でふせいでいる。
「か、確実に守り通します…」
キャサリンは声を震わせながら言った。
レインはその言葉を聞くと刀を振る速度を速め、ローガンの注意を自身にひきつけた。
「ソフィア、グレイス、私たちはレードル大臣の元へ向かいます」
「レインを置いていくんですか!?」
ソフィアはキャサリンの服を掴みながら聞いた。
「はい。彼なら勝てます。時間はかかるでしょうが追いついてくるでしょう。彼の実力は貴方が1番知っているでしょう?」
キャサリンは語りかけるように言った。
ソフィアは顔を歪ませながら逡巡する。
そしてレインの戦っている姿を見た。
ソフィアは意を決したように言う。
「…分かりました。レインを信じます」
キャサリンはソフィアの言葉を聞くと無言で頷いた。
「ルークはついて来られますか?」
キャサリンは木に寄りかかり、座りながら口から血を出しているルークに聞いた。
「この戦いを見ていたい…と言いたいところだが大臣が危険なら仕方ない。俺もついていく」
ルークは痛みに顔を歪ませながら立ち上がった。
「それでは行きます」
レインの代わりにルークが加わった戦闘部隊はレードルがいるであろう場所へ走って行く。
4人はレインの戦いを横目に見ながらそれぞれ違う感情を抱えている。




