裏切り
「これは随分と乱戦ねえ」
ステラは周囲を見て言った。
遠くにはルークとローガンが戦っており、その反対側にはアンナとジェミニ兄弟が戦っている。
そしてレードルはダミアンと正面で向かい合ったままだ。
ダミアンには護衛としてまだ4人ついている。
レードルには2人のみ。
つまり、今レードルを守っているのはステラとドミニクしかいない。
「レードル!貴様はここで終わりだ!さっさと負けを認めてレイシュ国を渡せ!」
「冗談が上手いですね」
レードルはダミアンを煽るように言った。
「そんなことを言っていて良いのか?もう私はいつでも貴様にトドメを刺せるんだぞ?」
「ハッタリは効かない」
レードルはバカにしたような敬語を辞めた。
「ククク。気がつかないのも仕方ない」
ダミアンはいかにも小者っぽく笑った。
「…なにを言っている?」
「そんなに知りたいのなら教えてやろう」
ダミアンはそう言うとレードルよりも後方に視線を向けた。
「行け!ドミニク!」
「あいわかった」
ダミアンの言葉にドミニクが反応した。
「なっ!?」
ドミニクの動きはレードルが振り返るよりも早い。
レードルの近くにいたステラもドミニクには反応出来ずにいた。
レードルの首筋から一直線に血が出る。
ドミニクは背後からレードルに近づき首筋に刀を当てていた。
「どういうことだドミニク!」
レードルは身動きが取れないながらも叫んだ。
レードルの着ている水色の軍服は、首筋から垂れている血でうっすらと滲んでいる。
「どういうことお?ねえ?ドミニクぅ?」
ステラの纏っている黒色の炎は今までよりも激しく、そして黒く燃えている。
その炎は全く熱くはないはずであるのに見ているだけで熱気を感じそうだ。
ステラは笑っていた。
笑っているがその笑みはどこまでも暗く深い。
「すまんのう2人とも」
ドミニクの言葉には心からの謝罪が込もっている。
「…謝罪じゃなくて説明をしてくれ」
レードルは唇を噛みながら言った。
「そうじゃな…。説明するとは言ってもわしがこうした方がいいと思ったからやっているだけじゃ」
ドミニクは至極冷静に言った。
「何をやっているかわかっているのか!ここはVR世界、つまりドミニクの身体はまだレイシュ国にあるんだぞ!」
レードルは激昂している。
「わかっておる」
「いやわかっていない!これは戦争だ!戦争時の裏切りは死刑と決まっている!それも家族もろとも!」
「わしには家族はおらん」
ドミニクは冷たく言い切った。
「おいおいどうしたんだレードル?そんなに怒鳴っていても状況はなにも変わらないぞ」
ダミアンは笑っている。
「黙ってろ!」
レードルの剣幕は凄まじい。
「怖い怖い」
ダミアンは余裕そうな表情をしているが、顔からは冷や汗が出ている。
「なあドミニク。今まで数十年もこの国に尽くしてきたんじゃないのか?」
「そうじゃな。だからこそ、だからこそお主が大臣ということは認められんのじゃ」
「…裏切ったのは私のせいなのか?」
「そうであるとも言える。ただお主だからと言うわけではない。レイシュ家の血筋では無い者という考え方の方が正しい」
ドミニクは淡々と言った。
「確かに私はレイシュ家のものでは無いかもしれない。だがこの裏切りはレイシュ家への裏切りと同等ではないのか?」
「残念ながら違うんじゃ」
「…どう言うことだ?」
「それは私が説明してやろう!」
ダミアンが口を挟んできた。
「前大臣だったクールル・レイシュは今は我が国、ビル国にいる!」
「…そういうことか…。クールルは王になるためにビル国へ協力を求めたのか…」
「その通り!」
ダミアンは得意げな顔だ。
「…あまりにも馬鹿すぎる」
レードルは小さく呟いた。
ドミニクの刀に力が入る。
「王家の血筋じゃ。そのように馬鹿にしてはならん」
「………」
レードルはなにも言葉を返さない。
「ねえドミニクぅ?レードルを大臣にしたのは王なのよ?つまり今あなたは王に逆らっているといっても過言じゃない。それについてどう考えているのお?」
ステラは出力を落とさずに未だに黒い炎を纏っている。
「それが先の謝罪の言葉じゃ。確かにあの御方は今の王。それに逆らっていることは認めよう。じゃがクールル・レイシュ様は未来の王なのじゃ」
「なぜそこまで言い切れる!?」
「王家の血筋だからじゃ」
レードルは首に刀を当てられながら頭を抱えた。
「…理解できない」
「ワシもお主らの考え方を理解できん。王家の血筋なんじゃぞ?第1に守るべきものであろう?」
ドミニクの表情は真剣そのものだ。
「そこまで妄信していたとは…」
「そうじゃな。自分でも気づかんかったわい。この話を持ち掛けられた時、迷いすらなしかった」
「………。それで?こうしてとどめを刺さずにいるということは何か目的があるんだろう?」
レードルはドミニクを説得することを諦めたのか、ダミアンを見ながら言った。
「ああその通りだ。取引と行こうレードル。お前がこの取引を飲めばクールル・レイシュを生かしておいてやろう」
「どういうことじゃダミアン!」
なぜかドミニクが叫んだ。
「まあまあ落ち着けドミニク。全て上手くいけばあの内容通りにしてやる。これはお前を裏切らせない為でもあるんだ」
「ワシは裏切らん!」
「お前の言葉ほど信用ならないものはない。既に裏切っているからな。レードルを」
「ぬぅ…」
ドミニクの表情は険しい。
「とは言え上手くいけばいいだけの話だ」
ダミアンは簡単なことのように言った。
「その内容は?」
レードルはダミアンを睨みつけた。
「今すぐ負けろ。そして現実世界に戻って今の王を殺せ。それだけだ」
「そんな取引を飲むと思うか?こちらに何のメリットもないだろう」
「そうだな。だがお前は飲まざるを得ない!なあレードルなぜお前の持っていた情報は間違っていたと思う?そして私はその事実を既に知っている!」
ダミアンの言葉にレードルはハッとした表情をした。
「どこかの国が裏切っているということは考えていたがまさか全てとはな…。最悪中の最悪だ」
「クククようやく気が付いたか!この国は友好国全てに裏切られている!この戦争にお前らが勝とうとも次から次へと戦争をけしかけられるだけだ」
ダミアンは歪んだ笑みを浮かべている。
「それは拒否すればいいーー」
「本当にそうか?全ての国が裏切っているんだ。VR戦争を拒否し続ければ各国は輸出入も出入国もなにかも制限をかけ始めるだろう。次第に国は貧しくなっていき国民の反発は強まる。そうなれば自ら戦争をけしかけなければならない。
クククアハハハハハハハ!もう結末は決まっているんだレードル!ここでお前達が勝っても支配者が誰になるかを選ぶだけだ!それならば我々に負けて王家の血筋であるクールル・レイシュを王にした方がいいんじゃないのか?」
ダミアンは勝ち誇ったように言った。
「勝てばいい」
レードルは呟いた。
「ん?何か言ったか?」
ダミアンは馬鹿にしたように片耳を傾けた。
「勝てばいい話だ。この戦争にも。裏切った国との戦争にも」




