病
キャサリンの無線に連絡が入った。
『キャサリン!今すぐこちらへ来てくれ!緊急事態だ!』
「どうしたんですか大臣!」
レードルからの返事はない。
キャサリンはすぐに決断した。
「ここはリリーに任せてわたし達は大臣の元へ向かいます」
レイン、ソフィア、グレイスは皆頷いた。
「リリー!」
キャサリンは下で戦っているリリーを呼んだ。
すると4人の近くにゲートが現れ、リリーが出てきた。
「どうしたの?キャサリンお姉ちゃん」
「リリー、先程大臣から緊急事態を知らせる無線が入りました。わたし達は今から向かいますが、ここの戦闘をリリーに任せても大丈夫ですか?」
キャサリンはお姉ちゃんという言葉に一瞬ニヤついたが、すぐに真剣な表情に戻った。
「オッケー!まっかせてよ!」
リリーは胸を張って答えた。
「それではお願いします」
キャサリンの言葉で一斉に動き出す。
リリーは左手を振りながら、しかし、右手のナイフはゲートの中だった。
***
数十分前。
「それにしても私たちは気が楽ですねえ」
ステラはその見た目通りおっとりとした口調で言った。
「そうじゃな。じゃが油断してはならぬぞ。どこに敵がいるかもしれんからな」
ドミニクは諭すように言った。
「にしてもこうも隠れているだけだと暇ー」
アンナは手を頭の後ろで組んであくびをしながら言った。
「おいアンナ、あくびをするな」
ルークがアンナの行動を咎める。
「え?なんでなんで?ルークに指図される筋合いなくない?」
アンナはルークを睨みつけた。
ルークもアンナを睨み返す。
一触即発だ。
「落ち着け2人とも。今は戦争中だぞ」
レードルが仲裁に入る。
2人は表面上は大人しくなった。
「我々護衛部隊は隠れることが任務だ。とは言えそろそろ戦闘部隊が暴れ始める頃だろう。そうなったら我々も見つかるように動くぞ」
レードルの言葉に皆頷く。
そしてレードルの言葉に呼応したかのように遠くから木に何かが叩きつけられたような鈍い音がした。
「状況開始だ」
"Pursue the ideal"
「2時の方向に敵複数発見。わざと見つかるぞ」
「「「「了解」」」」
レードルの言葉に返事をした4人はレードルを守るような陣形で走り出す。
レードルを中心に前がルーク、右がステラ、左がアンナ、そして後ろにドミニクといった陣形だ。
そしてその陣形を保ったまま敵の前を横切った。
もちろん敵は追いかけてくる。
無線で連絡もしているようだ。
敵は後ろからスキルを放った。
赤く燃えている斬撃がレードルたちのもとへ飛んできた。
「そんな未熟なスキルなぞで倒せるわけがなかろうて」
ドミニクはそう言って腰に差していた刀を抜いた。
スキルを発動することもなく居合だけで斬撃を打ち消した。
「さすがはドミニクのおじいちゃん!」
アンナは自分のことのように喜んでいる。
「ほっほっほ。いくつ歳をとっても褒められることは嬉しいのう」
ドミニクは老練の戦士のような雰囲気から、好々爺といった雰囲気を醸し出す。
「わたくしも負けていられませんねえ」
そういうとステラはスキルを発動した。
"I will never forget you"
ステラのお姫様のような緑色のドレスが黒い炎に包まれる。
手には豪華な扇を持っており、その扇も炎で燃えている。
炎は黒よりも黒い。
ステラが扇を扇いだ。
炎がその風に乗って飛んでいく。
敵は各々スキルや武器を使って対処するが、中には間に合わずに炎に触れてしまうものもいた。
男の手に炎が付く。
その炎は瞬く間に燃え広がる。
しかし着ている軍服は燃えていない。
身体だけが燃えているのだ。
男は咄嗟に服を脱いで上半身裸になった。
やはり脱ぎ去った軍服は燃えておらず、身体だけが黒い炎で燃えている。
DPは0になっているようだが男は熱がっている様子はない。
急いでスキルを使って消そうとしていた者もその姿を見てスキル発動をやめた。
ステラは自分のドレスの、お腹に纏っている炎を扇で切った。
突然男の腹が炎と同じように切れる。
そして何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も同じ場所を斬りつける。
その度に男の腹は切られ血が吹き出した。
男は白目を向いている。
そしてとうとう男はチリになって消えてしまった。
「ふふっ。すぐに消せばよかったのにい」
ステラは恍惚とした表情で笑っている。
その笑っている姿を見て敵も味方も顔を青ざめた。
「いつ見てもステラのスキルはやばいね…」
アンナは引き気味に言った。
「私がここにいることは敵も把握しているはずだ。そろそろ大量に敵が集まってくる」
レードルは皆に注意を促した。
「大量じゃないが強い敵さんのお出ましだ」
ルークは前方を見ながら言った。
30代くらいの男だった。
オレンジ色の軍服に赤色のマントを羽織っており、肩から胸にかけて金色の紐のような物が付いている。
顔はいかにも堅物と言った表情だ。
良い意味で言えば厳格という言葉がよく似合う。
大きな石の上にどっしりと構えて立っている。
「なあ大臣。敵国にランキング10位内はいないんじゃなかったのか。あれはどう見てもビル国ランキング1位のローガンだぞ」
ルークは咎める口調ではなくむしろ楽しそうに言った。
「大臣、情報を間違えてたんだからここは俺に任せてくれ」
「…勝てるのか?」
「当たり前!」
“The fastest”
ルークはスキルを発動すると飛び出した。
そう、文字通り飛び出した。
たったひと蹴りでローガンの目の前まで迫る。
ローガンの身長とルークの身長には大きな差がある。
ルークは小さくはないがローガンの身長が高すぎる。
しかしそれでもルークの蹴りは綺麗にローガンの顔を捉えている。
なぜならルークの足がとても高く上がっているからだ。
ルークの足をあげる股の角度は90度を軽々と超えて160度近い。
靴のつま先からは鋭い刃が出ており石でも砕けそうだ。
ローガンはその蹴りを”冷静に”見極めて、ルークの足首を掴んだ。
ルークの目が大きく見開く。
ローガンはそのままルークを投げ飛ばした。
「だっさあ。ルーク止められてんじゃん」
アンナは笑った。
「黙ってろ」
“The fastest”
ルークはさらにスキルを発動した。
ルークの動きがもう一段階早くなる。
ルークは回し蹴りを放った。
ローガンは今度は蹴りで対抗する。
その衝撃だけで周囲に風が吹く。
お互いどちらも譲らない。
ルークは一度退いて距離をとった。
「お前、名前はなんと言う」
「…ルーク」
「覚えておいてやろう」
「それは光栄なことで」
“The fastest”
さらにルークの速度が上がる。
ルークのスキル"焦燥"が再び発動した。




