あの日
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「俺はお前より強いんだよ!」
ライズは力を込めて言った。
「そうなんだ」
レインは淡々と言った。
「チッ、そう言う所がムカつくんだ」
2人はお互いに同じ服を着ていた。
黒を基調として所々に白い線が入っているジャケットを羽織り、ズボンは真っ黒なスラックスを履いている。
周りは半壊したレンガ造りの民家や新築の5階建てアパート、古すぎて壁に蔦が生えているコンビニに遠くには5000階建のビルもある。
まるで数百年間にできた建物を一つに詰め込んだかのようだ。
ライズは剣を片手に走り出す。
風によって服はライズの体へピッタリとくっついた。
それによって露わになったライズの身体のシルエットは、見ただけで鍛えられていることがよくわかる。
肩や腕、特に胸の筋肉が多く、見るものを威圧するかのようだ。
野生的という表現がよく似合う。
ライズは剣先を下に向けてかなりの前傾姿勢で走っており、剣は眩しいほどの赤い光を放っている。
一方のレインは走り出さずにライズのことを待ち構えていた。
市街地に流れる強い風は、今度はレインの身体のシルエットを露わにする。
レインの体は細い。
筋肉のつき方がライズとは違い、全身に均等に筋肉が付いているからだ。
それによってすらっとしたように見える。
知性的という表現がよく似合う。
レインの手には青色に淡く光る刀が握られている。
ライズはレインの目の前まで迫ると力任せに剣を振るった。
赤い光が置き去りにされる。
剣の手ほどきを受けていたとは思えないような剣の振り方だ。
しかしこういう剣術もあると言われれば納得してしまうほどの気迫がある。
レインはライズの攻撃に合わせてピンポイントなタイミングで刀を振るった。
青い光と赤い光が飛び散る。
こちらは一切無駄がない、とても洗練された動きだ。
まさに達人のように刀を操っている。
数度光が飛び散ると、レインはライズの不意をつくように剣を刀で右後方に受け流した。
ライズは前のめりになってしまう。
ライズは必死で態勢を整えようとするが、レインが足を引っ掛けたことによって派手に転ぶ。
ライズは地面に倒れた。
レインは容赦なくライズの頭上から刀を振り下ろす。
ライズは倒れたまま横に回転してレインと距離を取り、立ち上がった。
「ああああああ!うぜええええええ!
その刀の振り方も体捌きも何もかも気に入らねえ!」
ライズが叫んだ。
「ごめんよ」
レインは詫びている雰囲気を出さずに言った。
「本当にイラつく野郎だ。もういい。お前は俺の全力潰してやる」
ライズは深く息を吸い右手で顔を覆った。
「感情調和」
"I rise higher than you"
右手を起点としてライズの体を炎が纏う。
その炎はどこか高潔さと愚かさを併せ持つかのようだ。
「へえ。いつの間に感情調和なんて覚えたんだい?この前まで”高慢”すら制御できていなかったのに」
レインは感心したように言った。
「教えるかよ!」
ライズはそう言ってレインに斬りかかった。
たった一歩で。
明らかに身体能力が向上していた。
レインは咄嗟に刀を前に出して攻撃を防ぐ。
しかし勢いは殺しきれずにアパートに突っ込んだ。
衝撃でアパートが倒れる。
レインは瓦礫に埋もれてしまった。
「どうだレイン!俺のスキルは!」
ライズは瓦礫の下のレインにも届くように大声で、勝ち誇るように言った。
しかししばらく経っても瓦礫の下からはなんの反応もない。
「おいおい!余裕ぶっこいておいて一発KOかよ!」
ライズは笑いながら言った。
その途端瓦礫が吹き飛んだ。
「まさか」
中から服をボロボロにしたレインが現れる。
"Only wind is always by my side"
レインは感情スキル”孤独”を発動させた。
レインの身体の周りに青い風が吹き荒れる。
侘しさと拒絶を併せ持つかのような風だ。
「そう来なくちゃな!」
ライズは再びレインに斬りかかる。
今度はレインも斬りかかった。
レインは強い追い風を利用しているおかげでライズと同等の速度だ。
剣と刀が交差する。
赤と青が入り乱れる。
愚かさと侘しさが混ざりあう。
ライズが剣を振るう度に炎が飛び散る。
レインの露出した肌は炎に触れると黒くなっていく。
焦げているのではない、壊死しているのだ。
そしてレインの身体を壊死させる度にライズの身体の炎は威力を増す。
一方のレインは風を操ってライズの身体を切り刻む。
しかし切られてもライズの身体に外傷は見られない。
DPに守られているからだ。
その間にもライズの炎は、満タンのDPを無視してレインの身体を壊死させていく。
剣と刀がぶつかり合った時、2人はつば競合いをし始めた。
周りでは赤い炎と青い風が激しい攻防を繰り返している。
「DP無視の攻撃は…。相変わらず感情調和は強いね」
レインは全身に力を込めながら言った。
「そう思うならお前も使えばいいだろう…?」
ライズは剣に力を込めながら言った。
「僕は使わなくても君に勝てる、から、ね!」
そう言ってレインはライズの剣を押し返した。
それと同時に周りの風も勢いを増す。
風は炎までも切り裂いてライズの身体を攻撃した。
鋭く強い風、吹き荒れる終わりの見えない攻撃がライズの身体を切りつける。
そしてとうとうライズのDPがゼロになった。
「ここからは僕のターンだ」
青い風がレインの身体を中心に膨れ上がる。
ライズは何か言い返そうとしたようだが、レインの攻撃を防ぐことに必死だ。
ライズも炎の出力をあげて、レインの身体を腐らせようと対抗する。
しかしレインの風がそれを防ぎ、レインの身体に炎を寄せ付けない。
ライズがさらに出力をあげようとした。
するとレインが待っていたとばかりに刀を振るう。
ライズの左腕の、肘から先が飛んでいった。
どうやらライズはスキル操作に意識を向けすぎたようだ。
ライズは一度離れようと後方に退避するが、レインはそれを許すはずもなく追撃する。
そしてライズが左半身をかばうようにして動いることを確認すると、レインはそこに風を集中させた。
ライズは炎や剣で必死に応戦する。
レインは不意に下半身を刀で切りつける。
ライズは反応できない。
ライズの右足が飛んだ。
ライズはそれでも負けじと炎を操ってレインに攻撃するが、レインはロウソクの火に息を吹きかけるようにそれを簡単にいなす。
ライズはあっけなく地面に倒れた。
「あまり慣れないことはしない方がいいよ。スキルに集中するあまり、刀への注意を疎かにしすぎたようだね」
ライズは何も答えない。
「僕の勝ちだ」
ライズは倒れたまま目をつぶっている。
レインがライズにトドメを刺そうとした。
ーーパンッ!
銃声がした。
レインは音が聞こえてから後ろを振り向く。
振り向いた時には既に目の前に銃弾があった。
レインは避けられず、銃弾が顔に当たる。
レインの顔はその勢いでのけぞった。
「ライズ!今助けるわ!」
半壊した家の陰から女の子が現れた。
この女の子も2人と同じジャケットを羽織っている。
2人と違う点はスカートを履いているところだろう。
「エミリー!どうしてここに!」
ライズが倒れたまま半身を起こして叫んだ。
「あなたを助けに来たからに決まってるじゃない!」
どうやらレインとライズのVR世界に割り込んで来たようだ。
「やめてくれ!俺は一対一の決闘で負けたんだ!」
「でもルールには一対一でないといけないなんて書かれていない!そうでしょレイン!」
「…そうだね」
レインは顔を触りながら言った。
銃弾は直撃していたが、部位欠損のような直接的ダメージは受けていなかった。
その代わりにDPが4分の3減っている。
「エミリー…。もう僕たちは仲間ではないんだね」
レインは悲しげに言った。
「当たり前でしょ!あんな事をしておいてッ!」
エミリーはレインを睨んだ。
「あれは仕方のない事だったんだ」
レインはエミリーを説得しようとはせずに呟くように言った。
「なら私があなたを攻撃するのも仕方のない事ね」
そう言ってエミリーは拳銃を構える。
「…もう名前ですら読んでくれないんだね」
レインの声はエミリーには聞こえていなかった。
エミリーはスキル"興奮"を発動する。
"ecstasy"
エミリーの持っている拳銃が狂熱したように光る。
「どうしたんだいエミリー。君がいつも使っているスキルじゃないよ」
レインは挑発を込めながら言った。
「うるさい!誰のせいだと思ってるの!」
エミリーは顔を赤くさせながら言うと、拳銃を発砲しようとした。
レインもすかさずスキルを発動する。
"Only wind is always by my side"
再びレインの周りに青い風が吹き荒れる。
ライズの時よりもどこか寂しげだ。
エミリーはそれを気にせずに狂熱している鉛をレインへ撃った。
鉛と風が衝突した時、なぜか心地よい光が溢れた。
鉛玉は風に弾かれてどこかへ飛んでいく。
「そんな付け焼き刃のスキルで僕を倒せると思う?」
レインはエミリーをさらに煽る。
これもレインの作戦の一つだった。
「うるっさいな!」
"My anger burns you"
エミリーの拳を炎が覆った。
今度の炎は、地獄の底のような色を放っている。
拳銃はすでに手からは消えていた。
「今度はスキル"怒り"かい?本当にエミリーの感情はコロコロかわるね」
エミリーはレインの言葉を無視して力強く地面を蹴った。
蹴られた土は勢いよく飛んで行く。
たった一歩蹴り出すだけでエミリーとレインの距離はぐんと縮まる。
エミリーがレインへ殴りかかる寸前のところまで迫った。
エミリーの炎の纏った手は強く握られている。
レインは立ったままエミリーの顔を見て笑顔で言う。
「でも僕は君のそう言う所が好きだよ」
「なっ!」
レインが言葉を発しただけでエミリーのスキルが消えてしまった。
「スキあり」
レインは刀をエミリーの腹部に突き刺した。
1度目はDPによって弾かれ、2度目も弾かれる。
3度目に突き刺した時、ようやく刀がエミリーの体を貫通した。
「ごめん。エミリー」
レインはそう言いながらもエミリーを突き刺し続ける。
3度目以降は全て貫通している。
エミリーの体は穴だらけになった。
血が至る所から出ている。
「…この…卑怯…者」
エミリーがレインを睨みながら言った。
「…これが僕だから」
レインはそう言った直後、エミリーの首を切り落とした。
エミリーはチリとなって消えた。
レインは空を見上げる。
雨が降っていた。
数秒経ったのち、レインは思い出したかのようにライズへ向かっていく。
ライズは半身になってレインを見ている。
「いくらなんでもあんな倒し方はなかっただろ!」
ライズは怒りに満ちた目で叫んだ。
「ごめん。でも仕方がなかったんだ」
そう言いながらレインはライズの頭部を、真上から刀で突き刺す。
おでこから血が溢れ出た。
目から光が失われていく。
ライズもチリとなっていく。
レインは再び空を見上げた。
雨は止み始めていた。
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