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時空の魔法

 ツキヨミはひとり思惟にふける、この大陸にはまだ1人の人間もいない、オトーマターの仕様が決まるまではこの世界の人間を呼ぶわけにはいかない。オトーマターだけで社会を構築できるなら、それでも良いのかも知れない。


 ツキヨミは子を産むことが出来る、人間の従者としてかりそめの命を与えられたこの自分でも、命を遥か未来までつなぐことができる。スージやアンは半分は有機質で出来ている、子をなすことが出来るかも知れない。アカツキ達は無理だ、高性能のオトーマタに分類される。これから大量生産するオトーマタは出来ない。壊れたら作り直すし修理を重ねれば永遠とも言える命を生きられるかもしれないが、子を産むことは出来ない。


 オトーマタも人間と同じようにツガイを求める、ツキヨミもスージやアンもアカツキも人間をもとに作られている。食べる機能のないオトーマタでも食欲は隠れているだけで確かに存在する。名誉欲も、性欲すらも行為が出来ようが出来まいが存在する。頭脳基盤に始めから組み込まれているのだ。


 エルザの鉱山で使われているマナ原動力のマナ結晶体基盤の性能は属性魔法のON・OFFだけである、ONと同時に外部マナ吸収器が稼動して貯蓄槽にマナを集めそれを体内マナとして回転運動に変える。


 航空機に使われるマナ結晶体基盤原動力は半自立型で目的によって操縦や地図の作成、多くの探査能力を自分の判断のもと、高度な判断で行う。人間的な感傷など無縁な存在だ。


 たとえ原住民とはいえ人が関わると、どうしてこんなにも難しくなるのか。


「当分の間、オトーマタだけの国家とします。考えてください、エルザの商品が多くの国で売れても、私たちはそのお金で何を買えば良いのですか。全ての素材はこの大陸で手に入ります。食料は現状ではほとんど消費しません。土地は広大であり農業生産は行えばすぐに世界最大になるでしょう、漁業も私たちほど船舶をもっている国はありません。世界経済として外需も内需も熟成していないのです。内需の拡大をのぞむなら私有財産を認め、土地の所有権かそれに変るものを認め、オトーマタがオトーマタを私的に雇用する環境を整え、特許権、著作権などの私的権利を認める制度を作らねばなりません。私たちの国では外食産業も、農業も、漁業も育ちません。私たち自身に問題があるのです。食しなくとも生きて行けます。オトーマタの体をマナを動力とするものから外部たんぱく質の摂取を動力とするものに変える改造には矛盾を感じます。私たちにも主様と同じ欲望があります。味覚の欲望、食欲、しかし機能が無いから市場として成り立ちません」


 ツキヨミの演説は終わった。アカツキが手をあげた「味覚の欲望があるなら、それを体内エネルギーに変えなくとも、食べる喜びを享受できるように体を変えることは可能だと思います」

 スージは続いて手をあげた「性の衝動も、異性と共に歩みたいといった感情もあります」「世界を見てみたい、旅行してみたいという感情もあります」アンも手をあげた「いままで共同の目的のため組織だって動いていましたが、個人で会社を立ち上げ、オトーマタを雇用して、商売するのも楽しいですね」


 ツキヨミは嬉しかった、このままでは己の体を改造してまで、現地の人間に迎合するだけの国家になってしまうか、或いは人形だけの不気味な、何の動きもない国家になってしまうと思っていた。


 とりあえず1000体のオトーマタを作り、味覚センサーを加えた、これで料理が楽しめる機能が生まれた。ここに食の一連の産業が成立した。法律で結婚という制度を作り、好きな者同士が夫婦一緒に生活することを自然のこととした。住宅産業が成立した。国内旅行を奨励した。観光業が成立した。海外との個人の交易も奨励した。芸術を奨励し、立派な美術館を各地に造った。


 新しく作られたオトーマタは忍者隊から原子炉を取り除いた形式でつくられた。元の世界に戻るとき、彼らはこの世界に残ることになる。マナの無い世界ではマナ結晶体基盤はやがてマナ切れを起こして破損する。


 残るか共に行くかの時間的余裕があればマナ結晶体頭脳基盤を普通の頭脳基盤に交換して。動力源を原子炉に交換すればいい。当然魔法を使うことは出来なくなる。


 1000体単位でオトーマタが作られた。職種によって専門知識、技術がインストールされた。給料は金貨で支払われた。国内市場が回り始めた。ただ年齢比率が歳月に関係なく水平になる、幼児や子供を相手にする産業は成長しない。


 貨幣は紙幣と硬貨とした、硬貨は金貨、銀貨、白銅貨、銅貨、アルミ貨の5種類とした。紙幣は金だっ換貨幣とし、紙幣の金額と同等の金を国庫に保管した。コインの価格は鋳潰した素材の価格と同等とした。農業が成り立つようになった。漁業が成り立つようになった。食堂が成り立つようになった。アパルト産業が成り立つようになった。大陸中で建築の槌音が聞こえる。意思を持たない半自立工業ロボットが建築の主役であるが、それ以上に金銭を使うオトーマタの存在なくして国は成り立たない。銀行が成り立つようになった。クレジットカードが作られた。為替が使われるようになった。軍隊は国土防衛軍と名称を変更して海軍2000人陸軍2000人空軍2000人のオトーマタで構成された。これは外国に対する備えである。海運船は諸国の港に入港しやすいように、小型船、中型船を多く作った、すべて自動運転である。乗組員はすべてオトーマタである。


 海外の貿易は進まなかった、売るものがあっても、買うものがない。


 大陸のオトーマタの数が10万人をこえた。子供型オトーマタの製作がはじまった、多くの年齢のオトーマタの体を作り置き、成長期にあわせて基盤だけを入れ替える。

 基盤に自分の年齢を認識させる、頭脳基盤は年齢に合わせて働きを制御する、幼児らしさ、子供らしさ、青年らしさ、大人らしさ、年寄りらしさ、そして死。頭脳基盤の個性はその時々顔の表情を豊かに変える。


 子供用アパルト産業が成立した。子供用食料産業が成立した。たとえオトーマタが味覚と満腹感のみを楽しんでいるとはいえ味覚は人より鋭い、素材の新鮮さ、毒の有無は全て分析される。

 家族で遊ぶアミュズメントパークが設置された。全年齢を網羅したことによってオトーマタの人口は50万人を超えた。

 家族旅行、個人旅行、社内旅行の増加に伴い、交通機関は密になり、ホテルは充実した。


大陸国家天津国が諸国に使者を送ったのは、独立国としての国内の体裁がととのったからだ、人口50万人は充分な人口である。


 天津国は農業方法に工夫をこらし、工場における水栽培に切り替えた。広大な農業工場はマナ動力による空調機によって湿度と温度が一定に保たれている、密閉された空間は他の植物の種子が入ることもなく、清潔に保たれている。


 天候不順が続いた、冷夏、その後の害虫の大量発生、豪雨、このまま行けば今年の収穫は望めない、冬には多くの餓死者がでるかもしれない。大陸国家天津国ではこの事態を早くから予想していた。天津国の農業開発はこういった自然状況に備えるためのものだった。先行して株式会社エルザから天津国の存在と、援助の可能性を示唆していた。


 各国政府に親書を送り、最悪の状況になっても1人も飢えることの無い食料の備蓄があることを知らせた。各国はいきなり見も知らぬ海の向こうの国から、食料の援助の申し込みがあったので、安堵と驚きにつつまれた。各国政府と天津国は個別に食料援助と、その見返りを打ち合わせた。天津国からの申し入れは土地の借り入れと、借り入れ地の主権統治であった。租借期間と金額と更新の有無、それと天津国の住民、オトーマタの国内の往来の自由、オトーマタを含める人権の保護、また商業等に便宜をはかってもらことである。どこの国も、迫り来る絶望的状況のなか、一もにも無くオトーマタの人権を許可してくれた。


 租借契約した全ての国で大規模な湾岸設備が作られた。役所、船のドッグ、倉庫群、病院、ホテル、飲食街、工場、商業街。主要都市までの簡易舗装道路。港の完成と同時に食料を満載した大型帆船が引きもきらず入港した。その国の政府は港まで食料の引き取りにきた、往く車、帰る車で人々はにぎわった。


 23人会議が召集された、議長であるツキヨミが話す「この飢饉のおかげでわが国は世界に認知された、オトーマタも人間としての基本的人権を有することを書面で認めさせた。世界30箇所に新設された湾岸都市を拠点として、わが国の影響力を強めて行きたい」


スージが発言する「湾岸都市に警備員、湾岸労務員、医者、造船技師、ホテル支配人、商人、大使兼市長など早急に送らねばなりません」アカツキが答える「一箇所500人程度のオトーマタを送るつもりです」ツキヨミが発言する「全部で15000人ですね、現地の人間も出来るだけ雇用しましょう」忍者隊のタケミカヅチが質問する「技術転移ですが必要でしょうか? 我々は成果品だけを彼らに供給しています、原動機の作り方も、工作機械の作り方もビニール素材の作り方も知りません」


「私たちは弱い、あの人たちからすれば、かりそめの世の人かもしれない、もし本隊と合流できるなら残されるオトーマタの生きる道も考えねばならない。人は異端のものを差別する、同時に我々は人々と関わらなければ、オトーマターの生きる道もない。私ツキヨミには多くの兄弟がいた、父母は最初の子を不完全な子供として河川に流した、名を蛭子と言う、人々は我が兄を恵比寿神と名づけて敬った、淡島と言う兄もいた、淡島の名も忘れなかった、全てが終わり父の潔斎のとき生まれたのが我である、私は母を知らない、何もなければ異形の者として人々はオトーマタを攻撃し、破壊する、人を殺せぬ我らに人々は何の躊躇もなくこの大地を奪うだろう、母は最期の子供を生むときおおやけどをした、死後の世界に旅立った母を父は取り返そうとした、美しかった母は醜く異形のものとなっていた、父は逃げ出し、母はその悔しさに世の多くの人を殺すと言った、父はそれに倍する子を作るといった。それから異形の者に対する争い、殺し合いは人々の常になった。我々は人を殺せぬ、それだけで充分人と異なる異形の者だ」ツキヨミは泣いていた。


オトーマターは旅がすきだった、初めからそのように設定されているのかもしれない。タケミカヅチはよく1人で大陸中を歩く、30の都市が出来ても飛行場が出来ても幹線道路ができても、鉄道が敷かれても、ここは大陸である。何も分っていないのと同じだ、常に冒険と出会う、巨大な洞窟があることは衛星と航空機によって、ある程度予想ができた。


 魔法でマナをロープ状にして岩に括り付け、岩壁を垂直に降りる、小さな横穴があったので入る。遠くまで一直線に続く道を迷いなく歩く、数時間の後縦穴についた。巨大な縦穴の底はタケミカヅチチの視力をもってしても見ることはできなかった。ひと目見て正四角形の開口部は人力によって出来るとは思えなっかた。火と風の複合魔法で巨大な火球を作り、ゆっくりゆっくりと底に向かって降ろしていった。やがて巨大な火球はタケミカヅチの視界から消えた。タケミカヅチは感まだ感じている、火球はまだ降下中である、神が造ったとしか思えない長方形の底に向かっているのだ。一昼夜が過ぎた、まだ降下中だ、精神魔法の応用で火球に心を載せているのでわかる。二日目、三日目、四日目、タケミカヅチは恐怖した、

 「ツキヨミ様、タケミカヅチの居場所がわかりました」スージが報告に来た、「位置情報から地下洞窟のある場所だと思われます」「救助隊は向かっていますか。もしまだなら私も一緒に行きます」

 6台のヘリコプターで向かった、やがてタケミカヅチの車が発見された。捜索隊30名で捜索開始した。小動物を精神魔法で協力させ、徹底した捜索をした。やがて突起した岩にマナを実体化させたロープが発見された。まもなく横穴が発見された。小動物は恐怖で震え上がっている、ツキヨミは臆することなく狭い洞窟を進んだ、やがて縦穴の開口部を見つけた、タケミカヅチは赤子のように丸くなって震えていた、ツキヨミはタケミカヅチを母親の様に抱きしめた。お前ほどの神がそこまで恐怖するか、


 そこにいった全員がツキヨミの言葉を理解できなかった。[タケミカヅチは神なのか?]そしてこの巨大な空間、それこそ神が穿ったと思はれる立坑だった。


 ツキヨミは居ずまいを正し正座して巨大な穴に語り掛ける、私は天津国のツキヨミ、あなた様は名ある神とお見受け致します、是非、名前をお教え下さい。「我はカグツチ、火の神」しばし無言の時が続いた、やがてツキヨミは呟くように「兄上様、初めてお会い致します」深々と頭をさげる。やがてタケミカヅチをみて「これなるは・・・」「知っている、父君が十束の剣で我を切ったとき生まれた弟だ」また深い沈黙が続いた、ツキヨミが意を決したように「ならば、兄上」「助けて欲しいか」カグツチの言葉に「タケミカヅチには使命ががあります、このままでは世は混沌となります、伏してお願いいたします」一瞬堪え切れない苛立ちのような気配がながれた。


「ツキヨミよ、我はこの地を神域とし結界を張る、おまえは自分の分身20体をつくり、5体を我に使える巫女とせよ、15体を我に使える神官とせよ、この地に八尋の大社を建て、静謐なる環境を作って欲しい、我はお前と、お前の主、お前の子供たちを最後まで守護する、またお前の分身には、我の能力のすべてを授ける、お前の分身を如何なる意味でも拘束するつもりはない、ただ仕えて欲しいのだ」


 カグツチと戦をすれば、この世は滅びる。タケミカヅチを失えば、未来に大きな禍根を残す。すべてを失ったカグツチは、そばに寄り添う人間が欲しいのだ。「分身を与えましょう、しかし分身も人間、旅行や買い物、娯楽、仲間との会話、そういったもの、無くしてはかわいそうです、出来れば兄上も時折私たちと生活を共にしてください」「依代を作ってくれるなら、そうしよう」ツキヨミは嬉しそうな声で「美男にします」


ツキヨミの監督で八尋の大社は瞬く間に建った、荘厳にして静謐なる環境はカグツチを満足させた。ホモンクロスのツキヨミの分身は、それなりに時間がかかったが、5人の10代後半の巫女、20代前半の男子15人が生まれた、血液はカグツチと相談してマナの流れとした。皮膚は外部マナを吸収する性質がある、魔法として外部マナをそのまま発動できる。自然に滲み出る精神魔法は荘厳にして静謐なる環境をさらに高めた。カグツチの依代は美男のオトーマタとした。カグツチの精神をオトーマタが反映する。カグツチは孤独から解放された。


 大規模な門前町ができ、にぎわった。あらたな信仰と観光の町となった。鉄道が敷かれた、飛行場が建設された、カグツチはツキヨミにお礼に空間魔法を教えた。空間転移、空間収納庫の二大魔法がツキヨミのものになった。


 ツキヨミは八尋の大社の雰囲気がすきだった、逆にカグツチは都会の喧騒がすきだった。八尋の大社と大陸国家の首都とは空間転移陣で結ばれ、頻繁な往来が行われた。むろんカグツチは依代に宿って外の世界にふれる。船に乗って諸外国にも出かけた。スージやアンと親しくなる。


ツキヨミは八尋の大社に行って5人の巫女と親しく会話するのが好きだった。 山間の温泉で美味しいものを食べて、5人と布団の中でいつまでも、とりとめもない会話をたのしむ。あるときは神域に設置された遊歩道を何時間も歩き、気が向けば皆で楽曲を演奏する、小鳥たちが集まり耳をかたむける、動物たちが輪になってツキヨミ達の音楽に耳をかたむける、神域の荘厳な雰囲気はツキヨミと5人の巫女の奏でる音楽により七色に変化する。15人の神官達はツキヨミの弟のようなものだった。遠慮なく言い合い、騒ぎ、ときに喧嘩もした。5人の巫女も妹のようなものだった。一緒にいるだけで楽しい、安心感がある。


 カグツチは火を使い金属を加工する、陶芸も作る、火はカグツチの眷属である、どのような山火事も一瞬で鎮火する、どのような火の魔法もカグツチには児戯に過ぎない。ツキヨミはカグツチの御業を見るのが好きだった。鉱石を探査して、転移魔法で有効成分だけを抽出、火を自在に操り、重力魔法で自在に形を加工する、その姿をあきもせず、見ていた。


 カグツチさま、重力魔法は私につかえますか、ツキヨミはカグツチに尋ねた、「何に使いたい」「羽衣をきて空を飛び、5人の妹達と楽曲を奏で、演舞をしたい、出来れば海中にも舞い、楽曲を奏でてみたい。宇宙の荘厳さを人々に見せ、その前で歌を歌ってみたい」


カグツチは不思議そうな顔をして「ツキヨミ、おまえは弟が国を追い出されたとき、弟の代わり海を支配するように命じられたのではないのか、おまえに出来ない分けが無い」「なら空中は」「俺のすべての能力をおまえと、おまえの分身に授けたはずだ、努力が足りない」「なら宇宙の神秘のまえで演舞を」「精神魔法がある、人々に見せるためなら、お前の見たものを、精神魔法で見せればいい」さらに「自分のためやりたいのなら、転移魔法を使えばいい、神威を示せば、真空でも生きていられる、真空でも楽曲の音があまねく響く、お前たちの分身も同じだ」つぎに「われも見てみたい、聞いてみたい、アメノウズメに負けるな」


 ツキヨミはやる気になった、弟たち、妹たちを総動員して、真空の中で演舞の出来る神威の発動の特訓、空中遊泳と空間魔法の特訓、水魔法と水中遊泳の特訓、見たいもの見る能力の特訓とリアルタイムでそれを人々の前に見せる精神魔法の特訓、すべては自分勝手な芸術のため、被害者はツキヨミの弟や妹たち。芸術のための、死ぬような特訓が3年続いた、


 天津国の運営は、スージとアンがいれば充分だ、芸術の先生はカグツチが見つけてきたアメノウズメだ、3年後八尋の大社で舞踊の大会が行われた、これ以後舞踏大会は恒例となる。各国からも、引きもきらず観光客が押し寄せる。


 ツキヨミは主様のいる星に帰りたく、一日数時間だけ転移魔法と精神魔法、重力魔法、神威を使い、異なる次元の世界を捜し歩いた。やがてツキヨミの行動は日課となり、ある次元の狭間で一人の神に出会った。トキハカシノカミと名乗った男は「いつもここにいられるのですか」とのツキヨミの問いかけに「ここは静かで時が止まった世界だから、私には心地よいのだよ」と語った。「あなたは私を知っていますか」唐突なツキヨミの問いかけに「あなたをずーとみていましたから」「なら、私の帰るべき世界をご存知ですか」ツキヨミの顔に緊張がはしる。


 「時の流れが異なります」トキハカシノカミの言葉に「どういう意味ですか」「あなたは、あなたの世界から離れて、すでに10年の月日がたちます。向こうの世界ではまだ数分、エルザの街の南、あなたが最初に立った地を思い浮かべ、心のうちで転移魔法で10年の時を超えてください」「トキハカシノカミ様、転移魔法は空間を超える魔法で、時を超える魔法ではありません」ツキヨミは困惑して言った。


 「時と空間は相互に作用します、空間の変化を時とよびます、光も空間であり時です、光の速さは時の停止した状態と思ってください、あなたが持つマナの結晶は光よりも早い、追い抜けば時間は過去へと戻ります、マナを使って空間魔法で時間を逆向するイメージを持って下さい」


 「努力します、またここへ来て良いですか」「おお、いつでも来てください」トキハカシノカミの言葉に安堵してツキヨミは帰路についた。


 その日からツキヨミの修業は始まった、空間魔法で行くべき空間と時の逆向を同時に思い浮かべながら、まだ見ぬ主の姿に祈りを捧げつつ。

 

 23名の会議がはじまった「私は主様のもとに帰る術を身に付けようと思う、過日次空の狭間でトキハカシノカミと申す者にあった。空間魔法は時間魔法でもあるとわれた、時空を超える術をいま習得しようと励んでいる」


スージは考える[もし帰れるとして、この国はどうなる、誰に任せるのか、元から住んでいる人間たちと上手くやっていけるのだろうか、ツキヨミ様とて苦しみながらここまで来た]


アンが発言を求めて手をあげた「この国は主様に住んでいただきたく作りました」「主様は知らない、ここに国があることを」スージは激したように言葉を吐いた。「我らに帰る術があったとしても、彼らを見捨てて帰って良いのだろうか」スージの言葉に会議が重くなる。


忍者隊の一人が発言を求めた「幾つか質問があります、帰る具体的方法と、23名全員で帰るのか、ツキヨミ様一人で帰るのか、もしここに帰ってこれるなら主様をお迎えするのか、しないのか、カグツチ様の問題もありますが、ツキヨミ様の分身の問題もあります、そしてオートマタ全員の問題も、すいません、疑問点ばっかり並べて、建設的意見を言えなくって」


 「やっとここまできた」ツキヨミはエルザの街の屋敷にいた、転移魔法で過去のエルザにやってきたのだ、ツキヨミにとって未来も過去も現在も空間の移動も可能になった、あれから何度もトキハカシノカミの指導を受け、術を完璧なものにした。スージやアンとも何度も話し合った。空間魔法を妹達とともに極めたときは楽しかった。ただ踊りたかっただけだ、羽衣を着て妹達全員と天空に浮かんで、皆に見せつけてやりたかった。初めて家族を得た嬉しさを形にしてみたかった。

 

 この世界が主様のものになるなら、うれしい。しかしこの世界を知らないのなら、ここにあなたの世界があると教えねばならない。この世界を見捨てることは出来ない。兄弟たちがいる。


 転移魔法をつかう、瀟洒な家と深い清廉な池がある、結界を超え主様の世界にもどれた。


 ツキヨミ女子を見てリーダーのノート男子は驚いた。あれから30分と過ぎていない。


 ホモンクロスは1人の体験を全員の体験として共有できる、それは映像として送るとか、時間の1点を切り取って情報を送るとかでなくツキヨミ女子の、全てが一瞬に他のホモンクロスに送られる、時間的に過ぎ去った事象が追体験という言葉で客観的に送られるのでなく、そのすべてが、いま自分が体験しているむき出しの感情、むき出しの時間として共有する、理解できないかもしれないが数百年、数千年の時の流れでなく、いまあるもの、過去にあるものがむき出しの感情、むき出しの時間としてまるごと展開される。この報告に全てのホモンクロスがツキヨミ女子の見ているものをしる。感情をしる、その時々の手の動き、足の動き、迷い、苦しみ、絶望、鼓動、不安、焦り、全てを同じ人間として知る。


 まだ主様は人の体を成していない。ホモンクロス100人がツキヨミを中心に会議をおこなっている。ノート男子が質問する「マナの力の無い我々に天津国に行ける方法がありますか、ツキヨミ様は体内にマナを取り込まれ、マナの力で光を超え、時空を自在に行き来できる」もうツキヨミを呼び捨てにするものはいない、隠しても隠しきれない神威を感じる。

 「エルザの街とこの惑星を転移陣で結ぶことは可能です、しかしエルザに残してきたオートマタ全員はマナがないと生きられない。20人の忍者隊はべつです、スージやアンも大丈夫です、ただ私の弟15名、妹5名は分からない」


 火のカグツチ神が弟妹の解放を許すか疑問がある。すべてを無くしたカグツチにとって天津国のツキヨミの弟妹だけがすべてなのだ、血液をマナの流れにしたのも、手ばなしたくなかったからだと思う、八尋の大社に結界を張り、自らの力を封印した神、オートマタの依代に宿り、人々との交流を楽しむ神、孤独な神なのだ。


 「私がツキヨミさまと天津国に向かいます」ニニギが提案した。「必要なら私が向こうの世界に残り、ツキヨミ様を返す事もできます」


 転移陣を通過してエルザの街に出た、「お分かりかと思いますが、時空の違う世界の行き来にはエマを必要とします、時間の流れが全く違うのです。ここの10年があちらの5分にも足りません」「後で私もツキヨミ様と同じ体にならなければ、お勤めを果たせないかもしれませんね」それにしても美しい、美の女神とはこのような人をいうのだろうと心の内でニニギはかんがえた。


 「最初にツキヨミ様の弟妹方にお会いできますか、出来れば火の神様ともお会いしたい」ニニギの言葉に転移門を開いて、八尋の大社にむかった、ニニギには、このような術も使えない。この世界の理のなかにある術だから。


 ニニギはびっくりした。八尋の大社の規模、そしてあまりの荘厳さと静謐、圧倒的神威に潰されそうになった。巫女5人神官15人が出迎えてくれた。


 「弟妹たちです、神との約定により仕えております」「つらいことはありませんか」ニニギの言葉に巫女の一人が答える、「休みを取ることもできます。たまに大勢で旅行にも行きます、カグツチ様も依代に宿って一緒に行くこともあります」ニニギは安心した。


 八尋の大社の神前に向かった、景色はいつのまにか洞窟の中に変化した、静謐と神威が極限まで広がっている、一時間ほど歩いて、巨大な空間が突然あらわれた、決して人に作れない空間だ、高さも目視しようと思うだけで目がくらむ、方形の入口を持つ立坑が現れた、巨大すぎて、圧倒され、威圧され思はずすくみ上りひれ伏す、


 「さあ、行きましょう」ツキヨミはニニギの手をとり立坑に向かう、一瞬の浮遊感の後、ニニギは穴の底にいた。


 「カグツチ様、私の同僚のニニギ殿です、私の主様の処よりお連れしました」「おお、ツキヨミ殿、やっと元の世界に帰ることが出来たのですね、よかった、よかった、これはこれはニニギ殿、お初に、お目にかかる、カグツチと申します」


 ニニギにはカグツチの存在がはっきりと認識出来なかった。「今日は何を作っていられるのですか」ツキヨミはカグツチの傍らにすり寄った。「なに、この間の神楽舞、巫女たちが世話になったからアメノウズメに食器を送ろうと思ってな」


 そこには色々な色彩の、種々の用途の食器が置いてあった、とても人の技術でできる品物ではなかった。触ることも恐れ多い。「アメノウズメ様とは」「踊りの神様、私もいろいろ習った」ツキヨミは楽しそうに話す。


 門前町の賑わいにニニギはびっくりした、人々が楽しそうに行き交う、「人もオートマタもいますね、半々ぐらいかな」「そうですね、最近は王国からの観光客が多いから、収益も相当なものです」「人々はオートマタの国と知ってくるのですか」ニニギの言葉にツキヨミの顔はみるみる悲しみ色に染まった。「国としては、諸外国にオートマタの人権を認めさせています。しかし民衆には周知していないようです」


「 すごい農業生産量ですね、なにか目的があるのですか」ニニギの言葉に「数年に一回、飢饉があるのです、食べ物がなくなり人が死にます、各国から要請があるとエルザ商会を通して食料援助をします」


 「無償ですか」「出来るだけ、買ってもらいます、しかし我が国が欲しい物が無くって」「保存はどうしているのですか」「空間収納庫の大規模なものをつくります、時間が止まります」ツキヨミの言葉に制度の矛盾を感じるニニギだった。


 「原住民に技術の転移は」「出来るだけ隠します」ツキヨミは寂しそうに答える、ツキヨミはこれから起こる未来を怖がっている。


 エルザの対岸にある大陸国家の湾岸首都はニニギが思っている以上の規模だった。対岸といっても大型船舶で10日間かかる、船代は安い、多くの人が観光に大陸国家に向かう。諸国家に必ず1か所の大陸国家の港がある。飢饉の折、食料の対価として租借した土地を大陸王国のお金で開拓した土地だ、1日1便大型船が出る、よほどの天候不順でもない限り欠航はしない。


 この惑星にはまだまだ人が入らない土地が多くある、ツキヨミはしらみつぶしに未踏の地を調査させた。マナの影響か鉱物資源は豊富だった。マナを吸収する植物も豊富だった。マナ吸収器の素材として十分に使える。


 マナのない星でオートマタが生きて行ける方法も同時に探りたかった。いずれこの世界では人間による迫害が起こるとツキヨミの感が警鐘を鳴らしている。大体人間の人口がどれほどのものか、戦を仕掛けてこようとも、この大陸で籠城する限り、自給自足は充分に足りる、食料の過剰な生産は諸外国の飢饉の救済処置としての蓄えだ。


 八尋の大社で会議は行われた、トキハカシノカミをお招きし、ツキヨミ、ニニギ、アメノウズメ、カグツチが出席、議題はツキヨミの未来予知についてだった。「ツキヨミ様は近い将来、魔女狩りのように人間たちがオートマタ達を襲うと言われるのか」ニニギの言葉にツキヨミは「私の感というより、もっと強い啓示のように思えます」「たとえ人間たちが襲ってこようとも、大陸国家には軍隊もあります、飛行機を人間たちが作るには技術の移転無くして100年は必要でしょう」「次の100年でジェット機を独自の技術で作る事は可能でしょう」ツキヨミは引き下がらなった。


 「トキハカシノカミ様、未来の啓示とはあるのでしょうか」ニニギが質問した、トキハカシノカミは語る「ツキヨミ様はアマテラス様のもとに帰るため、時空を超える術を完成された。未来を見てこられたら良い」

 


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