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標高一万メートルのエベレストの登山は、世が世なら大ニュースです。騎馬の登山隊が100名近く登っていきます。足場がない道も、足元を光学迷彩で、ごまかしながら、馬は歩いて行きます。他人が見ているわけでもないのに、馬は足元を、不自然に見せない事が、礼儀作法と思ってます。空間を足場にしているなんて、不自然な事は、人に見せないという、ポリシーを持っています。
どんどん標高を上げて行きます。騎馬は早いです。山の天気は変りやすいです。気温もどんどん下がっていきます。気圧も下がってきます。雨が降り始めました。土砂降りです。登山隊は気にしません。よく見ると、馬を中心に雨が球状に、弾かれています。山道が激流に、押し流されるようです。滝のように流れてきます。土砂崩れの危険性があります。馬は危険性を悟って、本気で走ります。まるで短距離レースの走りみたいです。全員が通過したあと、土砂崩れが起こりました。
ツキヨミ隊は世界記録の速さで、峻厳な山を征服していきます。途中の山小屋を飛ばして、万年雪に足跡も付けない程の早さです。山小屋は人間の体力にあわせて、設置してあります。酸素ボンベ、医療器具、食料、が置いてあります。山小屋を中心に生命維持バリアが張ってあります。オートマタ馬のバリアを大型化したものです。また小動物のオートマタを数多く、管理圏内に配置しています。遭難者救助を目的にしていますが、場合によっては、登山者に同行してもらいます。愛玩動物と似ているので、女の子に可愛がられるでしょう、今回も、検証実験として、女性全員に、貸し与えられています。
全員、馬から下りて、山小屋で休憩です。山小屋の管理人が紅茶とケーキを持ってきてくれます。管理人はオートマタです。夫婦で管理人をしています。作業用ロボットも10体あります。道路、設備の維持管理に必要です。この山小屋も昨日できました。何もかも突貫工事ですが、いにしえの平成時代の、世界の山小屋と比べても、トップクラスです。”世界の山小屋”という雑誌が出来たら、きっと影丸や忍者隊の作った山小屋が、紙面を独占します。
いつのまにか市長さんが、雪の中、ツキヨミの傍に佇んでいます。風がツキヨミの髪をなぶり、美しい無防備な少女がそこにいます。ふたりで何時間も歩きました。市長さんの心の中で、ふと「美しい姉」という言葉が浮かびあがりました。時々先を行く少女は、市長さんを振り返り、間近から、その瞳をじーっと眺めます。手をつなぐ事もなく、話をすることも無く、寄り添い歩き、互いの目を、覗きあいます。ふれる直前まで体を近づけ、まじかから、互いの顔を見ます。つたえてはいけない心の内。おもい。すでに市長さんも、ツキヨミも、知っています。互いを思う恋慕のこころを、そして、それが禁忌なことも。
お昼です。山小屋に入り、馬を外に残します。外から見ると100頭の馬のため、牧場にみえます。オートマタの馬はつなぐ必要もありません。休ませる必要もありません。
カレーライスです。食事はたのしいです、人型オートマタは食欲があります。人間と変わりがありません。いろいろなことが、人間と何も変りません。オートマタの言葉は、人間の言葉に反応して、内臓されているワードを、選択し言葉を返すのではありません。かぎりなく人間です。
虚像の市長さんも、同じです。この時代を、地球に科学文明が発達した21世紀のころの、児戯にも等しい未熟な技術の延長と考えないで下さい。ツキヨミは地球を出て、すでに数え切れない年月を送っています。ホモンクロスもオートマタも人間です。
虚像の市長さんをつくり寄り代とする亜空間の電子頭脳も人間です。寄り代として作られた、虚像の市長さんも人間です。電子頭脳と市長さんは、ファイルとショートカットの関係ではありません。虚像は作られた時点で個性をもちます。自己の心と考えを持ちます。食欲も、性欲も、名誉欲、誇りもあります。女性型虚像なら子を成すこともできます。男性型虚像なら女性に子を産ませることも出来ます。虚像は作ったものの精神力が反映します。この問題を突き詰めると人間とは何ですか。といった疑問に直結します。
昼食の後、一休みして、出発です。山小屋の管理人が、見送ってくれます。雪の中の行進は気持ちの良いものです。常に変化して乱れる天候は、馬が守ってくれます。進路も馬が判断してくれます。本当の冒険とは言えませんが、冒険です。
雪の割れ目があります。下を除くと透明感ある青で、きれいです。どこまでが、大地でどこまでが雪なのか、分りません。馬は地形に関係なくまっすぐ進みます。乗り手の恐怖心を和らげるため、光学迷彩で足元をごまかします。さらに必要なら、乗り手保護のため、弱い精神魔法で安心感をあたえます。馬は乗り手の生死に関わる緊急の場合、乗り手の精神を支配することもあります。馬は乗り手が落馬しないように、乗り手と鞍と鐙を固定できます。
ツキヨミたちのルートは、エベレスト山岳道路隊の計画道路とは、かなり違います。ツキヨミの通る道路は、最短距離、風光明媚の二つを満足させる道路で、オートマタ馬がなければ、通れません。
エベレスト山岳道路隊の計画道路は安全な道を徒歩であるけるように、設計されています。GPS受信機があれば、たとえ積雪があっても、安全に歩けるように、常に除雪車が雪を排除します。GPSの誤差は1cmなので、エベレスト登山口のいずれかで、借りてください。
今日の宿泊所、山小屋に到着しました。生命維持バリアが張ってあるため、気圧は正常です。バリアの範囲には雪も雨も弾きます。湿度・温度管理されています。明日にはエベレストの山頂に着きます。今日は久しぶりに夜の音楽祭です。
屋外でキャンプファイヤーを焚きます。ジンギスカンです。いろいろな料理が、並んでます。仮設の舞台でツキヨミが竜笛を吹きます。それに併せてメイド隊が巫女服で巫女舞を踊ります。竜笛の凛とした音は、日本刀の刃の切っ先をイメージします。巫女舞も音に変化して、硬い、鋭い変化自在の舞にかわります。篠笛による多彩な巫女舞も、みんなは好きです。
管理人さんとラゲートさんの声楽です。美しい曲です。伴奏のピアノも見事です。愛ちゃんと市長さんは、寸劇を演じました。
星が近いです、天の川が本当の川のように天を横断しています。月が出ていません。新月なのでしょう。見る限り暗闇です。ひと際輝く星があります。瞬かないのは、空気が薄い為でしょうか、それとも惑星なのでしょうか。
ツキヨミが空を見上げています。市長さんが愛ちゃんの手を引いて、ツキヨミの所に来ます。さっそく愛がツキヨミのひざの上にすわります。市長さんが言葉をかけます。「今日の星空は、多分、一生忘れないでしょう」「私もです」静かな夜です。焚き火の近くの喧騒が途切れるとき、絶対の静寂が襲ってきます。愛が向きを変えてツキヨミに、抱きつきます。ツキヨミも愛を抱きしめながら、市長さんの顔をみつめます。
「明日、エベレストの山頂の平らに、おおやしろを立てます。建築は下の作業場で作られています。明日、影丸によって亜空間に格納して、山頂で顕現化します。反重力魔法で整地した平らに置きます」「どなたを祭神とするのですか?」「姉のアマテラス様です」「出雲の大社の主祭神は、貴方です、大国主命様」ツキヨミの言葉に、市長さんは何も言いませんでした。「ダンジョンの大社の主祭神は、私です」




