7.ギャンブラー
今、私は岩陰で息を潜めている。
目の前には黒炎の鳥。
エルダーピードが3羽、宙を舞っている。
最強になるとは言ったけど、真正面から挑んでも勝てる保証はない。
力押しだけでは危ういのだ。
戦闘には搦手や駆け引きなどの技術的に勝率を上げる方法がある。
今回はそれをメインに立ち回る。
まぁ、残念なことに引きこもりの私には高等技術なんて何一つ備わっていないがね。
強制で受けさせられた検定試験も、私にかかれば落書き用紙に早変わりさ。
テストを空欄で提出したこともある。
教師陣を的確に立腹させられること限定では、ある意味高等技術かな?
ステータスを確認した限りでは3羽とも産まれたて。
年齢欄が零歳になっているし可能性は高い。
私が侵入したのが原因なのかは定かじゃないが、発生したのはここ1年の間。
育ちきっている奴よりかは勝算もある。
しかし、油断はできない。
私のか細い命が、保険はかけておけと叫んでいる。
備えあれば憂いなし。
準備にやりすぎはないのだ。
今出来ることはやっておきたい。
“やらなかった”で後悔する人生にはもう懲りたよ。
だから、私は作戦を立てた。
その第一段階は現在進行中。
角から半身だけ覗かせ、右前脚をあげて手招き。
さながら、悪い顔をした招き猫である。
招く対象は、幸運でも繁栄でもない、禍の権化みたいな私の天敵。
面倒だし、思い通りの行動を相手がしてくれる確証もないが、ここで失敗すると割と詰む。
先制で一撃喰らわせても、3羽まとめて相手取る甲斐性が私にはない。
ジレンマを抱えながらも、慎重に隠れて手招きを続けていると、辺りに形容したくないくらいの奇声が伝播した。
音源は三羽いるエルダーピードのうちの1羽。
1羽だけ真っ直ぐとこちらに向かってくる様子を見るに、第一段階は成功したのだろう。
エルダーピードはそのまま2羽と別れ、私を追って死角へと入り込んだ。
どうやら1匹でやれると判断されたらしい。
舐められたものだ。
あながち間違いでは無いのがなお鼻につく。
その怠慢を後悔するがいい。
私は逃走の足を止め、自慢のスピードでエルダーピードとの距離を一気に“詰めた”。
エルダーピードは突然の暴挙にたじろぎ、停止する。
予想外の行動されたらテンパるよね。
あんたら出てきた時私も同じ心情だったよ。
あいつらと同個体か私には判断できないが、同族での連帯責任として憂さ晴らしに付き合ってくれ。
なお、拒否権はない!
流石、野生の生き物だけに立ち直りが早い。
正面に羽を翻して距離を取ろうとしてくる。
錐揉み飛行なんてされたら、空中で踏ん張れない私の攻撃は為す術なく躱されてしまうだろう。
しかし、その懸念は杞憂に終わった。
動きの遅い初動ではこちらのスピードに部があった。
そのおかげで、水魔法での初撃を至近距離から与えることに成功。
相手は宙に“釘ずけにされ”もがいている。
行使したのは水による擬似結界。
結界とは言っても覆うのは敵自身。
真ん中に居るエルダーピードに向けて水圧を与えるように調整したものだ。
結果的に私の安全性がましたので結界と呼んで差し支えないはず。
工夫の違いだ。うん。
見た目から炎であるエルダーピードには効果があると踏んでの攻撃。
予想通り、エルダーピードは水圧に押しつぶされ、今にも消え入りそうな程小さくなっている。
動けないと悟り、こちらに向けて黒い炎を飛ばしてきた。
が、最初に会って見たものよりその大きさは明らかに小さく、スピードも無い。
水によるダメージが大きいのだろう。
このままゴリ押しでも勝てそうだ。
けど、それは1羽だけに限った話である。
こちらの様子に気づいて近づいてくる残りの2羽。
まだ1羽目も仕留めきれていない。
接近されれば間違いなく、先手で捕らえた1羽も解放される。
このまま三羽をいっぺんに相手取る余裕は当然なく、選択肢は逃げしかない。
しかし、目的は既にクリアしている。
あとは撤退するだけでいい。
私は魔法を中断して隠密と気配遮断を発動。
後退を開始する。
勿論、エルダーピードはついてくるが、スピードではこちらが上。
逃げるのに苦労はしない。
問題はこの場に別の魔物が現れないかの心配だ。
私は内心冷や汗を流しながらも、作戦の第二段階を撤退と同時進行で行う。
来てみやがれチキン!
逃げるんじゃねぇぞ!
と言いながらもちゃっかり隙を見て岩陰に入り身を隠す。
魔眼なんかの見る系のスキルがないエルダーピードではそもそも私の姿が良く見えていない事実は最初の逃亡で経験済み。
そのまま奴らを撒き、あらかじめ掘っておいた穴へダイブ。
仔猫がぎりぎり入れる位の小さい穴なので変形みたいなスキルがない限り、大柄な奴らは入ってこれない。
即席の安地だ。
作戦は既に第二段階を終え最終段階に移っていた。
最終段階。
これ、即ち正面からの特攻。
ここまで来ればあとは倒すだけ。
死ぬ局面が一回なら安心して全力を出せる。
これまでの自分を捨てるには、このくらいやって退けないと話にならない。
故の特攻。
死ぬ気でここを切り抜けて、私は最強になる!
そろそろ奴らが来るし、心頭滅却じぁ〜。
……さぁ!ラストスパートと行きますか!
私は、勢いよく穴から飛び出した。
そこには目を血走らせた一匹とほか二匹のエルダーピード。
隠密スキル達で撒いたあとも探していたらしい。
前者の血走っているやつが、恐らく初撃を見舞った相手だろう。
私を見つけた瞬間、何も考えずに真っ直ぐ突進してきたし。
だが私は、その光景をその場から動かずに眺めていた。
いや、正確には待っていた。
相手との距離を数え、刻刻と迫る死の宣告の時を。
そして、その時は来た。
既にエルダーピードは私の目と鼻の先にいる。
しかし、私が動じることはなく、ただ突っ立っていた。
それにも関わらず、途端に軌道を逸らし私の横を通り過ぎていくエルダーピード。
そいつはそのまま壁に激突し、ピクリとも動くことはなくなった。
理由は簡単。
初手の水攻めでHPを削ると同時に、私は奴にささやかな贈り物をしていたのだ。
毒付与。
それが今回の作戦を可能にしたスキルの名前。
まさかこんなところで使うとは思ってもみなかった。
場を沈黙が埋める。
第一段階。
敵一匹をおびき寄せ、ある程度体力を削る。同時に魔法に毒を付与。付与できることは鑑定の時に判明している。
第二段階。
逃げながら敵を鑑定。毒が効いているかの確認。ここまで来たら後は時間の問題。
成功率も低いし、相手のHPを把握出来ない以上愚策でしかないが、元々格上への下克上なのだ。
リスクがないわけ無い。
実際何とかなった。
私はかけに勝ったのだ。
残りの2羽は状況を冷静に把握して距離を置く。
1羽やられた事で警戒しているらしい。
格下相手と侮ることなく、突っ込まないなんて意外と頭いい?
でも、既に私には関係ない。
私は足に力を込めると一気に加速した。
そのスピードにエルダーピードは満足な反応もできずに、首を刈り取られ、絶命。
それもそのはず。
私は1羽目を倒してとてつもない経験値を取得したのだ。
レッサーボア1匹倒して確認した、ステータスの跳ね上がり方を見れば、この結末は容易に想像できる。
その時に、レベルアップ時に副作用がないこともわかっている。
一気にレベルアップして得たスピードは、格上の種族を凌駕しえた。
逃げることばかりしていた頃とは明らかに次元が違う。
全ての時を置き去りにするその感覚は、時が止まっているとすら錯覚させた。
私は、最後の1匹の後ろに回りこむと、首へと爪を立てる。
ばいばい。
抵抗なく落ちる首が地面と接触する音をゴングに、私の闘いは終わった。
どうも、最近本を読み返していたら知らず知らずのうちにパク………影響を受けていたことに気づいた桜木さんです。
おかげで、SAN値が残りわずか…誰か私に癒しをぉ〜!
あ、大変不適切な映像が流れましたことお詫び申し上げます。
今回長めだと思ったのは私だけでしょうか?ここまで読んでくれた方に感謝を…これからもなんとか頑張りますので応援よろしくです!
ฅ( ̳• ·̫ • ̳ฅ)