6.道
現在地、ダンジョン内部。
縦幅十メートル、横幅五メートル程度の道。
それは、前の世界でテレビに映っていた洞窟と何ら変わりはなかった。
土塊が壁全体を塗りつぶし、煤けている。
視界の明るさは確保されているが、猫の目では一定の距離から先が真っ暗闇にしか見えない。
んま、普通なら何も見えない所を猫の目に見せてもらっているんだからあまり文句は言えないがね。
ただ、この洞窟にも唯一生前とは違う特徴があった。
それは入った途端、周りから化け物が沸いて私を襲って来たところだ。
もうね、びっくりしたよ。
初めて見る魔物らしい魔物の襲撃。
地面から生えたり、壁から染み出るように出て来たのだ。
怖いよ、ホラーかよ。
もうほんと、全力で逃げてやった。
勝てる勝てない以前に、心臓に悪い。
おかげで退路を失った。そうせざるを得ないような出現方法だったし、私は悪くない。きっと。
むしろ情報を収集した私を褒めてもらいたい。
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種族:エンドフロッグ
体長1m。見た目は、黒いカエル。正面に三つの目と先端に目の付いた尻尾が有り。個体によって種類は違うが魔眼を持っている。
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私が魔眼の効果を受けないのは恐らく、隠密系列のスキルを常時発動してるからだろう。
しっかり認識ができずに不発に終わっているのだと思う。あくまで推測の域を出ないが。
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種族:エルダーピード
黒い炎が鳥を象った六十センチメートル程の魔物。左右四つずつの不定形な目が特徴的。普段は三~四匹の群れで行動している。種族特有のスキル、黒炎魔法を持つ。
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うん、みんな目が多いね。
どこぞの神話から飛び出してきたのかなってくらい気持ち悪い。
でもまだ、こんなのは序の口。
外見さえ我慢すれば中ボスクラスのモブちゃんです。
あれ?結構やばめ?
まあいいや。
んで、極めつけがこいつだ。
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種族:リッチ
力のある魔術師が死後、アンデット化してしまった姿。復活の際魂のランクは上がったものの魂の核を損傷しており人としての理性は既にない。核を完璧に宿した者はユニークモンスターとして力ある存在になることが多い。
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……一般的にボスキャラ認定されてるリッチがそこらをウロウロ徘徊してたらビビるだろ!
見た目はそのまんま骸骨。
赤い結晶の付いた杖以外何も身につけてはいないが、纏ってる空気が違う。
近寄っては行けないのがありありと伝わってくる。
はい、勿論逃げました。
命大事に派の私には縁遠い存在だからね。
でも、逃げれば逃げるほど道を迂回したりしなければ行けないから、出口からは物凄く離れてしまったと思う。
位置が分からない今、これまでより慎重に動く必要が出てきた。
今も隠密と気配遮断を兼用して使ってるけど、ここにいる奴らにはレベルが足りないのか、なんかある程度バレちゃうんだよねぇ。
これじゃレベル上げ所じゃない。
しかし、脱出するにはいずれにせよ力が必要になると。
もしかしてこれは積みか?
こう言うの悪魔の証明と言うんだったか。
勝ち筋がないことも無いけど、結構際どい。
失敗したら良くて瀕死。
動けない状態になるとどの道格好の獲物として死亡。
つまり失敗は許されない。
はっきり言って森に帰りたい。
ちょっと覗くだけのつもりがあれよあれよと悪い方向に転がされてしまった。
動かなければいずれ見つかる。
そうでなくても餓死は免れない。
実質選択肢なんてないわけだ。
…………はぁ。
異世界に来て、チートなスキル貰って、これからは前よりも楽しい生き方をしようとした途端に生命の危機なんて。
私ってばつくづく運ないなぁ。
日本で怠惰を貪ってた時がどれだけ贅沢だったか今になって痛感したよ。
小さな足取りはとても弱々しく、自分でも情けなく思う。
何も変わってないな私。結局は逃げてばっかりか。
◆◇◆◇
親友が自殺した。
その報せが届いたのは、彼女と遊園地に行った夜の事だった。
どうしてそんな。私がなにかしてしまったのだろうか。彼女の重荷になることを言ってしまったのだろうか。
永遠と終わらない空論。
返答を返す相手を失った問いに、私は呆然と立ち尽くすしかなかった。
〆々°€*
「死なす」
自然と出た感情に、しかし私は一切の葛藤を抱かない。
彼女を侮蔑し軽蔑した奴らへの憎悪がとめどなく込み上げてくる。
どんな凄惨な辱めと苦痛を与えれば、この激情は収まるだろうか。いいや収まるわけが無い。どんな報復を行おうと彼女が味わった悲しみはなかったことにはならないのだから。
怨嗟の悲鳴が喉を食い破りそうになる。
だがしかし、私の体は一切の行動を起こさない。
何故なら、彼女はきっとそれを望んでいないから。
私と出会う前、
差別や偏見の目に晒され続けた彼女は、
暴力と恥辱に苛まれていた彼女は、
それでもきっとこの結末を望まない。
彼女はそんな人間だ。
私の親友は、
そんなどうしようもなく優しくて、
どうしようもなく残酷な、偽善者だ。
共に苦楽をわかった片割れに全てを背負わせ逃げた、臆病者だ。
しかし、私は知っている。
その苦しみさえも、私が乗り越えられると信頼していたことを。
自分なしでも私は歩いて行けると心の底から信じていた。
彼女は、そんな人間だ。
しかし、私は強くない。支えられないと立つことすらままならない臆病者だ。
だからこそ、私は部屋に引きこもり、世間と一線を置いた。
時間を、置いた。
◆◇◆◇
私は私が嫌いで、現実とは目を合わせられなかった。
ネットの中ではいつだって私は理想的だった。
誰も居ない、私だけの部屋は孤独で満たされていたけれど、少なくとも安全は確保されていたし、何より傷つくことがなかった。
あの頃に戻りたい。
しかし、
それは叶わぬ願いなのだろう。
恐らく、こちらの世界に来たということはつまり、向こうでの死を意味しているからだ。
親友の期待を裏切り、何も残せなかった私。
そしてまた、何も残さず消えようとしている………。
黒に何色を足しても黒は黒。
私の無能っぷりは、どんな力を授けられても変わってはいなかった。
生まれ変わっても、私は誰の役にもたたず、認知すらされずに終わりに向かっている。
まったく、散々だ。
弱々しい歩みを止めて一息つく。
薄暗い中、私は孤独だ。
だが、確かに立っていた。
親友が信じたように、私は今、一人で立っている。
まだ終わりじゃない。
まだ何も残せてない。
なら、一世一代の大博打になったて、可能性に悲観してはいけない。
それは、彼女への冒涜だ。
結果をしれない博打で私を信じた彼女への冒涜だ。
ゲームじゃあるまいし、生きている限り自分以外に視点変更なんて出来ないからさ。
どんなに無様でも惨めでも、どんなに醜くても。
例え他人に嫌われても、自分視点での最高の結末追い求めて、最後に潔く死ねるくらいしないと、彼女に申し訳が立たない。
それが前世で果たせなかった目標。
なぜ死んだのかも分からないまま終わるはずだった目標だ。
だから、それを今世で果たす。
我儘になろう。傲慢であろう。
誰にも邪魔はさせない。
たとえ相手が格上でも。
勝てないかもしれなくても、逃げてしまった先に私が求める結末は無いと知っているから。
逃げた先には、孤独しかないと知ったから。
では。
始めようじゃないか元ひきこもりの成り上がり。
手始めに、このダンジョンの最強くらいにはなって外に出てやる。