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第1章:チュートリアルですよ?ちょっとハードな.......
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1.世界に捨てられた日

 心地良い。

 微睡む意識下。最初に抱いた感想はそれだった。

 肌触りのいいモフモフを下に私は寝返りをうつ。


 なにこれチョー気持ちいぃ。

 ほんのり温かくて肌触りも最高ぉ。


 いつものベッドでは到底味わうことの出来ない夢見心地に、私はすっかり絆されていた。

 ここが何処かというもっともな疑問すら抱くことはない。

 今はただただ、快楽に体を埋めて惰眠を享受するばかりの単細胞でしかない。


「むふぅ〜」


 思わず変な声が漏れてしまう。

 これも長期間一人でいた弊害かと辟易してしまう。

 しかし、そんなつかの間の安堵に待ったの声がかかった。


「眠る時間にはまだ遠いですよぉ。起きてくださ〜い」


 ふんわりとした口調で起きるよう訴えかけてくる何者か。

 透き通った声からして女性だろうか。

 女性を部屋に連れ込んだ覚えなどもちろんない。なんせ私は万年ぼっちの引きこもり。異性どころか同性とも今のところ接点は皆無と言える。であれば声の主は一体何者なのだろうか。


 しかし、浮かぶ疑問とは反し、私の体はモフモフの快楽を前に瞼を持ち上げる事さえ億劫に感じられてしまう。

 働き出した頭でうつらうつらながら思案だけはする。


 私が招待した覚えはない。

 であれば空き巣であろうか。しかし、一人暮らしの学生の家に金品を期待されても困る。無差別だとしても盗みを働くのにわざわざ寝ている住人を起こすなんて愚行冒すだろうか。

 であれば猟奇殺人犯か。起こして恐怖心を煽って楽しむ、所謂関わっては行けない系の人なのだろうか。


「まさか無視ですか!?起きてることはわかってるんですよ!」


 優しく女性?に揺すられる中、当然いくら考えても答えは出ない。

 まったく騒々しい。


「そう無碍にせず、老いぼれの願いに耳を貸してくださいよぉ。じゃないと貴女を本来の居場所に帰さなければいけなくなってしまいますぅ」


 子を諭すように語りかけてくる声色は、凡そ住居侵入している者のそれとは思えない。

 悪びれる気はないらしい。

 しかし、こんな物腰柔らかに対応している人物がどんな外見をしているのか少し好奇心を擽られる。

 私も鬼ではない。住居侵入罪の件も対話の内容次第では目を瞑ることにしよう。

 私はそう決意して硬く閉ざしていた瞼を持ち上げた。


「ぬがぁ゛ぁぁぁぁ私の目ぇぇ!!」


 途端に飛び込んでくるあまりの光量に、言葉では言い表せない痛みが眼球を襲う。


 あれだ、数年間の勤務(自宅警備)を終えたあと、外に出たら味わう洗礼だ。

 目を抑えてのたうち回る私。

 その光景は、さながら陸にうちあがったエビのそれで、第三者から見るとさぞ愉快な事だろう。

 見物料が取れそうだ。

 しかし、当の本人からしたらたまったものではない。

 状況も呑み込めていないうちから、激痛に苛まれるのだから脳内はパニックだ。


 いてぇぇ!

 この光量絶対室内じゃないじゃん!

 それより、いてぇぇ!


 何が何だかわからない状態でのたうち回ること暫し。

 次第に目も慣れ始め、幾分か落ち着気を取り戻す。羞恥に苛まれながらも改めて見渡した周囲は一言で表すとフラットであった。

 平地。どこまでも際限なく平地。まな板だ。

 障害物はなく、見渡す限り白い地面が続いている不可思議な光景は平野ではなく、どこか人工物のような西端さがあった。

 目を凝らして見ると、地面はまるで雲のように曖昧で、この身を支えるには少々頼りなく感じる。

 そしてそんな馬鹿げた景色の中、私以外に動く者がもう一人。


 豪奢な椅子に腰掛けた美しい女性。

 その美彩はどんな事象をも些事と感じさせるまでにあり、同性ながら、気を抜けばたちまち虜になりかねないほどの魅力を宿している。

 端正な顔立ちに透き通った肌は、とても同じ人とは思えないくらい美しい。

 たとえ彼女が女神や天女といった偶像的存在だと言われてもその紅の瞳に映る私はその事実を決して拒みはしないだろう。


 虚を衝かれてドギマギしてしまう私。きっと視線はあっちこっちに泳ぎまくっていることだろう。

 そんな様子すら、彼女は慈母を彷彿とさせる微笑みを称えて見ている。


「ぇと、ここは……」

「ここはあなた方人種が天国とよんだ、我々神の力によって輪廻転生を果たす所です」


 やっとの思いで絞り出した言葉への返答に、私は軽い戸惑いを覚える。


 あぁ……うん?

 転生……うん?成程?


「つまるところ、私は転生するのでしょうか?」

「そうなります」


 何の気なしに告げられたリスタート告知に、しかし私はあまり驚いていない。

 この場が現実味を欠いているからなのか、単に私が鈍いだけかは判別しかねるが、徐々に蘇ってくる全身の痛みだけは疑いようがなかった。

 よく良く思い返してみれば私は車に引かれたのだった。

 それを思い出した途端に響く頭への鈍痛。

 そこでようやっと私は本当の意味で理解した。

 どうやら私は死んでしまったらしい。


「そう、ですか……なるほど……あ、ひとつ聞いてもいいですか?」

「意外と落ち着いてますね。どうぞ。私に答えられることであればお教えしましょう」


 優しい微笑みを強め、手でのジャスチャーで先を促される。

 その言葉に甘えて、私は心に引っかかっている懸念をそのまま口にした。


「死ぬ前に、その……私が助けようとした猫のことなのですが、今どうしているかとか分かります、か?」


 頭痛と連動して蘇ってくる記憶。

 たしか、私が死んだ理由は猫を庇っての事故死だったはずだ。

 その行為に後悔など微塵もないが、事の顛末が気になりはする。

 私が命を賭した結果、どんな結末を迎えたのか。あの事故死に果たして何か意味はあったのか。

 自分の精神衛生的にもあの子猫が、今現在どうしているかが非常に気がかりだった。

 そんな思いからの質問に、回答は一拍をおいて返ってきた。


「誠に申し上げにくいのですが、その……絶命が確認されております」


 ……ぁ


 厳しい現実に胸がざわつく。喉が押しつぶされるように息苦しい……。

 …………


 繰り返される自己嫌悪。

 過去の自分達が口を揃えて後ろ指を指してくる。

 非力で無力な自分を聴衆が嘲笑し足蹴にする様が容易に想像でき、潰れてしまいそうだ。

 また助けられなかった。その事実が呪いのようにのしかかる。


 私は結局………何も出来ずに?

 じゃぁ、私は……私は何のために……生き恥を晒してのうのうと生きてきたのさ…………。

 行き場のない罪悪感に襲われ、自分の殻に籠るように身を丸める。

 子供の身さえ満足に守れないのに、よくもまぁ恥ずかしげもなく生きてきたものだ。


 怨嗟の幻聴が聴こえる。


 なら、あの行いは間違いだったの?

 他に救える手段があった?

 やり方を変えれば子猫は死なずに………!


 猜疑心に沈む私の頭に、しかし彼女はそっと手を添えた。


「貴女は何も間違ってはいません。生命を尊ぶ感情は清く、美しいものです。その気持ちに従った貴女が、間違っていたなんてことは決してありません」


 確固とした断言とは裏腹に、その手つきは優しく、撫でられるたびに平常心は戻って行った。


 私はそんなにも心配される顔をしていただろうか……。


 優しく後ろから抱きしめてくれる女神様は、微笑みを絶やさない。

 しかし、その顔は、深い悲しみに濡れているように見えるのは私の気の所為だろうか。


 ごめんよ猫さん……私は君の残したものを護ってあげられなかったよ……………………………。


 そんな自分に嫌気がさす。

 転生でも何でも、やるならさっさとやればいい。

 少なくとも、今の自分よりは有益な存在になれれば……それでいい。


 無力感とも、脱力感とも違う、特に理由の無い涙がこみ上げ、頬をつたって落ちていく。

 その感覚させも鬱陶しく感じるが、次の瞬間にはどうでもいいかと、過去の自分達が考えを切り捨てさせた。

 そんな私に寄り添いながら、女神様は言葉を紡ぐ。


「この結果は神々にとっても、非常に遺憾な事態なんです。あなたが抱える悲愴や絶望は私達の至らなさが招いたもの。……ごめんなさい」


 そう言葉にした口は強く結ばれていた。

 何を思っての表情かは窺い知れないが、私達を大切に思ってくれていることが痛い程伝わってくる。

「我々が求めた箱庭はこんなものではなかった」と、小さく呟く彼女を見て咎めるものなど、よもや居るまい。

 そんな彼女は意を決したように、うつむき加減だった顔を上げ、真剣な眼差しを向けてくる。


「しかし、無礼を承知で私は貴女にお願いしなければなりません」

「……お願い?」

「はい。我々は、近いうちに生命の一時停止を行なおうと考えております」


 そう宣言する彼女の顔には確かな覚悟が見受けられた。


 一時……停止?


「それじゃ今地球に居る人達はどうなるんですか……。ま、まさか殺すんですか!」

「安心してください危害を加えるつもりはありません。ただ、良策を思いつくまでの少しの間眠って頂くだけですから」

「そう………ですか」


 その言葉を聞き、知らずうちに強ばっていた身体から力が抜け、その場にへたりこんでしまった。

 おかしいな。全てどうでもいいと思ったはずなのに。

 嫌いであったが、確かに言葉を交わした人達が死んでしまうのには躊躇いが生じた。

 私ってやつはつくづく中途半端で気持ち悪い。


「しかし、それには問題がありまして」

「問題、ですか?」

「はい。実はこの方法では、とある事情により、貴女の魂を元の世界には帰せなくなってしまうんです」

「つまり、二度と生者として生き返ることは出来ないのですか?」

「いえ、その場合は別の世界に謝罪の意も込めて、記憶と一緒に転生していただく形になります」

「そう、ですか………」


 私は俯き今までのことを振り返った。


 ◇◆◇◆


「……分かり、ました」


 少しの逡巡を経て私はそう伝える。


「……宜しいのですか?」


 女神様は真剣な眼差しで問う。


「私は誰かのためになる事を最後の最後にでもできれば、この苦しみから解放される。そう信じて恥と共に生きてきました」


 無力で、誰からも必要とされなくなった後悔の吐露に、彼女は何も返せない。


「しかし、私はそれすら叶えられなかった。とても…………死に別れた親友に、向こうで顔向けできません」


 これは私の心の問題だ。

 誰かが生半可に口出ししていい事じゃない。

 彼女もそれをわかっているからこそ、その事情に明るくないうちに何かを言うことは出来ない。


「皆が望むいい方向への舵切りに、私が……邪魔だと言うのであれば、喜んで身を引きましょう」

「!!そんなことは決して!」


 弾かれたように否定の言葉を発ってくれる彼女に、私は自傷気味に笑った。


「大丈夫です、わかってますから。女神様が他者を卑下しない方だってことは」


 苦笑いをうかべる私を見て察してくれたのか、女神様はそこで言葉を切った。

 こんなのただの八つ当たりでしかない。

 誰からも求められない無力な自分への憤りを他人に当てるなんて。私は本当にどこまで行っても救いようがない。

 あまりの惨めさに泣きそうになっていると彼女は何を思ってかこんな提案をしてきた。


「……私の独断ですが、異世界に行くにあたってなにか希望はございますか?」


 私は真っ直ぐに女神様を見つめ、笑顔で即答した。


「人を幸せにできる存在にしてください。大切な人が離れようとしても、その手をずっと握っていられるような……そんな存在に」

「それは彼女の…………いえ、分かりました。その願い、天界の守護者テフヌトが確かに聞き届けました」


 彼女?何を言いかけたのか気にはなったが、その思いもすぐに霧散してしまった。

 女神様、テフヌトって名前なのか。


「あ、あと、出来ることなら地球での私の記憶を消して頂けないでしょうか?」

「……理由を聞いても?」

「地球にいた頃の私は何も出来ない、どうしようもない落ちこぼれでした。そんな者の記憶は、来世の私にとって煩わしいだけでしょう?」


 私が苦笑いするのと対照に、テフヌト様は酷く悲しい顔をした。

 しかし、門出ということもあり少し無理しながらも微笑みを浮かべ直してくれる。

 私の頭を再度撫でる優しい手は心地よく、どこか懐かしい。


「分かりました。努力は……、してみます」


 どこか歯切れ悪くも約束はしてくれた。

 これで少しはましになれたらいいなと、しみじみ思う。


「それでは宜しいですか?今から貴女の魂の書き換えと転生の義を行います」

「お願いします」


 その言葉を皮切りに大気は揺れ、辺りには淡く輝くオーブが七色に瞬いていた。


「……最後に、名前を教えてくれませんか?」

「え?」

「生前の名前です。差し障りなければで構いませんので」

「りなです。私の名前は美祢星(みねほし) 梨奈(りな)です」



 そこで私の意識は途絶えた。




 ◇◆◇◆


「美祢星……梨奈ですか。ごめんなさい。嘘をついた愚かな姉をどうか許して」

良い旅とは何をもって、そう呼ばれるのか。

ですね……

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