12.進化と退化
ようやく出口に着いた。
思えば、自分から意気揚々と飛び込んだ戦場。魔物に追われるは、一か八かの博打打たされるは、ろくな目に遭わなかった。
出来ることなら、笑顔で入った自分を殴りつけたい。
でも、いいんだ。そのおかげで自分を見つめ直すことが出来たし、力も度胸も付いた。
もう過去のことでグチグチ言ったりしないさ。
またダンジョンには戻るけど、
今は少しの間だけでいいから休みたい。
少しの未練に後ろ髪をひかれながらも、私は笑顔で外への1歩を踏み出し…………たかったのに。
どうしてだか、私の足は外に出ることが出来ずに、パントマイム宜しく空中で壁に阻まれていた。
嘘でしょ。
どうして。
え、
ねえどうして。
どれだけ進もうとしても体は見えない壁に押し返され、あくまでも中に居続けようとする。
何で。
『残念だけどそこからじゃ出られないよ』
っ!
耳朶に伝わる若い女性の声に、私の体は跳ね上がった。
誰!
『外に出たいなら最下層を訪ねないと』
え、無視?
って私猫だからにゃーにゃー言ってるだけか。
そりゃ通じないわ。
『我は魔物の制御はできないから手助けは無理だけど、君強いから、きっと大丈夫だよね?』
あっけらかんと語られた事実に茫然実質。
最下層……。
それってつまりはあの化け物じみたボスの討伐をなさなければ行けないということ。
最初から目指すつもりではあったが、休息なしなんてありですか。
慮ってくれるんだったらせめて迎えに来てくれてもいいのでは?
『辿り着けたらその時は手放しに褒めてあげるね。ついでになにかプレゼントでもあげようか?』
ちょっと待って、そもそもこの人さぁ……
なんで猫の私と会話しようとしてるの?
『これまでの行動を観察させてもらったけど、君意外と頭が良いね。最初ここに入ってきた時は馬鹿猫だと思ったけど』
意外とは余計だ。
それに馬鹿なのはそっちだろう。
私猫なんですけど。
言葉を理解できると本気で思っているのだろうか。
『では、最下層で楽しみにしてるよ。あぁそうだ、まだ名乗っていなかったね』
だーかーらー!
『我はダンジョンマスターのウルト・ドラルだ。もし無謀にも下を目指すのなら、覚えといてね』
それだけを言い残して彼女の声は聞こえなくなった。
…………。
決めた。
ダンジョン最強になるついでにダンジョンマスターに1発見舞ってやる!
◆◇◆◇
何はともあれ進化だ。
このままじゃレベルが上がらないし、下では力不足になる。
話によればここから出るには一番下まで行かないといけないらしいし、私の目標とも合致する。
本当は休息を取って、万全の状態で挑みたかったが、仕方ない。
その事もこみで、これまでのなんやかんやをダンジョンマスターにぶつけてやる。
私は優しいから1発で許してあげるつもりだ。
勿論、最下層に到達する頃には今よりも1発の威力も上がっているだろうが、そんなことは知らない。
ここのマスターなのに子猫な私を助けてくれない方が悪いのだ。
私はヤルといったらやる女だ。
そう意気込みながらステータスを開き、進化マークがあることを確認する。念の為にダンジョン側の通路には毒付与を施した水を魔法で撒いておく。
ささ、進化だ!
【進化を行いますか?】
Yes!
―――――――――――――――――
【進化先を候補から選んでください】
ノーブルキャット
猫鬼
暗猫
―――――――――――――――――
猫鬼暗猫
三択なのか。
進化ツリーって方向性を間違うとゲームでは詰むことあったし、ここは慎重になろう。
猫に鬼か暗い猫。読みがわからん。学校に行ってなかった私の知能を嘲笑っているのか。
知力なんてなくたってこっちには鑑定がある!
―――――――――――――――――
猫鬼:殺戮することに全てを捧げた猫。近接戦を得意とし、筋力、瞬発力に大きなアドバンテージを得るが、魔法の適性はなくなる。過去事例1件有。
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これはないな。
私の目的は、旅であって殺戮したいわけじゃない。
瞬発力は少し惜しいが、魔法は捨てられん。
―――――――――――――――――
暗猫:闇に潜んで獲物を狩る。派生事例はなく、情報が出回っていない。防力は低いが、他はバランスの取れたステータスになる。又、隠密と魔法のスキルを獲得、補正を得る。過去事例無し。
―――――――――――――――――
か、かっこいい。
ザ・暗殺者な種族だ。
私はこいつに決めたぞ!ノーブル?しらんな。
神様、私に力を!
進化入りまーす!
【形状の改変を行います】
◆◇◆◇
どうやら進化時には意識を失うらしい。
念の為にまいていた毒水が功を奏した。
がしかし、今の私にはそんな些事を気に止める余裕はなかった。
何故かと聞かれれば、私は神のイタズラだと応えよう。
いや、今考えると最早悪魔の所業としか思えない。
もともと、私のサイズは一般の猫程度にはあった。一般と言っても子猫ではあるが、それでも子猫程度にはあったのだ。
だが、今は泣きたいことに先程の2分の1にまで縮んでいた。
―――――――――――――――――
ステータス
名前:未設定
年齢:0♀
種族:暗猫
Lv.1
―――
パラメーター
HP:500
MP:100
筋力:50 瞬発力:700
防力:20 魔攻力:200
―――
スキル
隠蔽Lv1 呪眼Lv1
魔法Lv.3(火、水、風、闇) 毒付与Lv.2
インベントリLv.Max
希少スキル
経験値増大 能力向上幅増大 限界突破
称号
弱者
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隠密、気配遮断→隠蔽
鑑定→呪眼
くそぐがぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!
レベルリセットは予想していだが、何故小さくした!
地面に転がって駄々をこねる私。
しかし、その姿は傍から見れば砂遊びをしている小さい猫でしかなく、そのことに余計腹を立てる。
憂さ晴らしの狩りをしにダンジョンに戻ろうとするも、自分が蒔いた毒水で地面は濡れていて乾くまで動けない始末。
地団駄を踏んでみるも、何かが変わるわけでもなく、虚しさを残して時間だけが過ぎていく。
外の様子を見るに、今はお昼頃だろうか。
日は高く、心地よい温もりが眠気を誘う。
そう言えば、ダンジョンではまともに寝れなかったことを思い出し、ここで少し寝ていたいと船を漕ぎながらに思った。
心身ともにすり減らしたこんな状態ではいざと言うときにまともな判断も出来ずに、怪我をするかもしれない。
怪我が死に直結しやすい場所だ。
これは必要な事だと、つらつら言い訳を重ねていく度に瞼が重みを増していく。
そうしているうちに、猫の性か、自明の理か、その場には小さな寝息が1つ聞こえるのみとなった。
◆◇◆◇
どこか覚えのある心地よい感覚。
温かく、シルクのような肌触りのもふもふに、私は全身を埋めて安らぎをえる。
「むふぅー」
思わず変な声が漏れてしまった。
(随分と呑気ねぇ。その様子じゃ、亀の歩みな攻略にも納得)
不意に聞こえた声に埋めた身体が跳ね起きる。
「誰!」
警戒を顕に、呼びかけるも目の前に居る相手の突飛な相貌に思わず惚けてしまう。
歳の頃が2桁も行っていなさそうな幼さ。
そんな少女が中空に逆さ状態で浮いていた。
「え?」
(え、じゃないよ。人の話聞いてた?)
「いや聞いてたけど、目の前の光景が荒唐無稽すぎて絶句だよ」
寧ろ一言でも発せた私を褒めてもらいたい。褒め称えてもらいたい。
しかし、少女は有無を言わさぬ金色の瞳をジト目に歪めた。
(喋る猫が荒唐無稽を語るのは流石にお笑い草だわ)
「それにはどうかん…………」
急に言葉を切った私を胡乱げに眺めながら、白髪の少女は小首を傾げた。
(ん?どうしたの?お情けを貰ったM奴隷みたいな顔して)
「してねぇよ!初めましてで随分とアブノーマルなボケかますね!」
(そお?これが僕の平常運転なんだけど)
「嘘でしょ!?それが本当なら金輪際関わりたくないんだけど」
未だにジト目をやめない少女にドン引きだ。きっと偏った教育を受けてきたに違いない。
(それで、何か言いたいことがあったんじゃないの?)
「いや、あの、今更ながら私喋れてるなぁ、と」
私は腐っても猫。人語を発声できる声帯は持ち合わせていないはずなのだ。
なのに、今は平然と話をしている。
猫と当然の様に話す少女もおかしいが、猫である自分が喋っている方が私的には驚きなのだ。
(なんだそんなこと?これは夢なんだから猫が喋れても不思議はないでしょ?)
「夢、なのか」
夢なのか。それならば仕方がない。
最近は切羽詰まった場面が多かったし、ストレスが溜まっていたのだろう。
夢の中に修道服を纏った少女が出てきても何らおかしくはない。
ん?おかしくないのか?
(そ、夢。だからここで話した内容は全て忘れてもらってかまわない)
「そりゃ夢なんだしね」
開口一番罵倒を飛ばしてきた時からわかってたけど。おかしなことを言う子だ。
私の夢なんだからそこは好きにさせてくれ。
私はおかしなものを見るように目を細めるも、少女は一切動じず話を続けた。
(ん、けどこれだけは覚えて、ちゃんと実行して)
何やら重要そうな口ぶりで宙を回転する少女に、今度は私がジト目をしてしまう。
「随分と口調強めだけど初対面だよね。私まだ貴女の名前も知らないんだけど」
(いい?この忠告を━━━━━━━━━━━━━━━
え、無視?無視なの?
━━━━━━━━━━━━━━━聞かないと絶対に後悔するから。ちょっと聞いてる?)
「それ私の台詞なんですけど!」
その返答に、少女はジト目を濃くしてため息を吐いた。
何それ。
(いいから聞いて。できるだけ早くダンジョンを攻略するの)
「私の夢なのに無茶を言うね」
(無茶でもなんでもいいからやって。じゃないと)
これまでのジト目とは一転。ものすごく深刻な顔で私のことを見つめてくる様子に思わず固唾を飲んでしまう。
「じゃないと……どうなるの?」
(…………暇すぎて僕が死んでしまう)
「んなバカな」
散々溜めておいて要求の理由がそれとか。私の夢ながらしょうもなさ過ぎて泣きそうだ。
どれだけストレスを感じていたんだか。
アホらし。
私は周りを確認した。
成程、どうやらここは雲の上らしい。
見渡す限り、雲の絨毯。
遮蔽物の一切ない平地だ。まな板だ。ぺったんこだ。
(冗談じゃないんだよ!本当に何も無いんだここ!)
「貴女が何処にいるかは知らないけど、それって私に関係なくない?なんで私が後悔するのさ」
(それは僕がダンジョン最下層のコアルームにいるからだよ。脱出を目指すんなら否が応でも鉢合わせするからね。あまりに到着が遅かったら挨拶がわりに首、落としちゃうから)
にこりと明るい表情を浮かべている少女。
しかし、その笑顔は私に寒気を催させた。
「恐ろしい発言をする夢だな。私ってそんなに疲れてるのかな?」
その発言に、少女は笑顔しか向けてこない。
「怖い、怖いからそれ。脱出できない時点でもとより急ぐつもりだったからその笑顔やめて!」
(分かればよろしい)
そう言って無い胸を張る修道女。
しかし、目は笑っていない。
(なにか失礼なことを考えてそうだけど、時間だから罰は下に来てからで)
「勝手だなぁ」
(しょうがないじゃん、ここのダンジョンマスターずっと畑にいてつまらないんだから)
言われてるよ、声しか知らないダンジョンマスター。
「本人がいない場所で貶すのはあんまり宜しくない趣味だね」
(趣味じゃないから!事実だから!、もう!最深部で待っててあげるから、愛想つかす前に来てよね。待ってるから)
それだけ言って修道女は光に包まれていく。
あ……。
待って!
まだ名前聞いてない!
貴女の名前は……
最後まで言い切る前に、意識は無理やり現実へと引き戻されることとなった。
大音響の金切り声という、最悪な方法によって。
◆◇◆◇
ア゛ぁ゛ァぁぁぁぁぁぁぁぁぁァぁぁぁぁァぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ゛ぁぁァぁぁ!!!!!
耳を劈く声に意識が一気に覚醒した。
突然のことに心臓を跳ねさせながら、声の方向を向くと、毒水よりさらに遠方から何かが接近してくるのが見て取れた。
禍々しいオーラを背にし、宙を漂ってくるそいつは、今最も会いたくない相手だった。
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名前:未設定
年齢0
種族:リッチ
Lv.1
―――
パラメーター
HP:2300
MP:900
筋力:600 瞬発力:300
防力:400 魔攻力:1100
―――
スキル
火炎魔法Lv.2 氷結魔法Lv.2
封絶魔法Lv.1 探知Lv.3
―――
称号
ダンジョンモンスター
アンデッドキング
魔導師の成れの果て
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呪眼:自分よりも格下の相手にバットステータスを与える。
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隠蔽:あらゆる物を隠蔽することが出来る。
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