○*古式ゆかしき*○ 螢×源
お盆に…間に合わなかった(ㆀ˘・з・˘)
「螢さんは、お団子を作った事があるかしら?」
お義母様に「手伝ってもらいたい事がある」と言われるままに、着物の袖が邪魔にならないよう、二人して襷掛けをし、今は台所で白い粉の入った大きな器を前にしている。
「これは、うるち米ともち米を粉にしたもので、これにぬるま湯を加えて、丸めていくの。
お盆に御供えするお団子だけはね、代々草香家の女性が手作りしてきたのよ。今年からは螢さんにも、覚えてもらいたいと思って」
にこにこと微笑みながら語るお義母様の手際は良い。
器の中で木べらがこんこんと音を立てるうち、さらさらとしていた団子の粉は大きなひとつの塊にまとまっていく。
「湯を加える加減が大事」なのだそう。
私がしたことと言えば、見よう見まねで、手の平の中でころころと一口大に丸めただけなのだけれど。
煮立たせたお湯に静かに丸めた団子を入れていき、ぽこぽこと浮き上がってくる様子を、茹で上がるまで眺めているのは楽しかった。
つるん、とした出来立てのお団子に、きな粉と砂糖を和えたものをまぶしたり、小豆色のこし餡をぽってりと乗せたり。
初めての団子作りに夢中になっていたせいか、「そろそろ墓参りのお時間ですよ」と台所女中さんに促されて湯を浴び、身を清め終えた頃には、すでにひぐらしの鳴く夕刻になっていた。
お義母様が持つ、濃紫の風呂敷に包まれた小さめのお重には、先程作ったばかりのきな粉と、こし餡の団子が入っている。
呉服屋・萌葱の旦那様……もとい、お義父様は携帯用の火打袋に、火を灯していない手提げ提灯。
私はお墓に二つ供える為の、花束を逆手にしている。
水切り後に茎を束ねてもらっているから持ちやすいけれど、何かに触れた拍子に咲きかけの花弁が散ってしまわないよう、気をつけて歩くのは流石に緊張した。
鮮やかな青紫の竜胆、黄色の輪菊、柔らかな桃色の唐菖蒲に、赤の透百合ーーとても華やかな、五色の仏花なのだもの。
前を行く私の旦那様……源様はと言うと。
家紋入りの水桶に柄杓、そして何故か手の平大の銅鑼を携えている。
今朝方、仏壇の前で手を合わせる前に鳴らしたのは鈴だったのに、初めてみる小さな銅鑼はいつ使うのだろう?
「本家の仕来りや商家特有の験担ぎは、おいおい覚えて貰えば良いから」と言われていても、人の目のある往来でこちらから問うというのも……何となく憚れる。
いくらもしないうちに、四人は玉砂利の敷かれた寺の境内に辿り着いた。
先を行く源は「水を汲んでくる」と短く告げると、墓地へ続く道を離れ、玉砂利を踏みしめながら近くの井戸へと向かう。
螢はというと、通路を挟んで向かい合うように理路整然と並ぶ墓石に、目を瞬かせるばかりだった。
その道の先は、見上げるほどに立派な構えをしたお寺の本堂がある。
ーー集合墓地に、野で摘んだ花をお供えして祈る生まれ故郷の村での墓参りとは、随分違うのね…
【草香家】の墓は、数ある墓石の中でも少し奥まった場所に位置していた。
その手前にある小ぶりの石灯籠の側では、持参した細身の蝋燭にお義父様が火を灯している。
お義母様は、用意していた熊笹の葉を墓前に置き、丁寧な箸運びでお団子を並べていて。
源様が水を入れてくれたところで、ようやく私が持参してきた仏花を墓前に生ける事ができた。
ーーてっきり。
草香家の御先祖様が、お団子がお好きなのかと思っていたけれど。
ひとりひとり順に線香をあげ、静かに手を合わせた後、親戚のお墓へもお参りをしたことで、お団子は一般的な供物だと知れた。
各家の墓前、僅かに白煙が立ち上る線香の近くに、白いままのお団子や足元の玉砂利にそっくりな胡麻団子が添えられていたから。
お義母様が手を合わせる前に、親戚の墓前にもお団子をお供えしていたし。たくさん作って、お重で運ぶだけの事はある。
ふと顔を上げると、祝言を挙げた時に見かけた方が何人か家族で墓参りにいらして居て、遠目に気づいてくださった方には会釈で挨拶をさせてもらった。
「螢はまだ一度しか会って居ないのに、よく顔を覚えていたね。あの人は母の従兄弟にあたる方で、草香家に嫁いだ祖母にとっては、実家を継いだ甥になる。」
源様も、いつの間にか会釈を交わしていたようだ。
「母は一人娘でも、従兄弟は父方も母方も多いんだ。血筋の近い親戚は明日、仏拝みに本家に来るから、螢もまた顔を合わせる事になると思う」
父は親戚周りがあるし、昼時まで来客を迎えるのは俺の役目だから、螢に茶を淹れてもらえたら嬉しいーーと、源様は続けた。
ーーこれまでの盆の期間は、というと。
花街のどの見世にも、馴染みの客がほとんど来ない。客引きで招かれた羽振りの良い流浪人がちらほらと訪れるくらいだ。
先祖代々のしきたりや、血族の柵とは縁遠い花街の女にとっては、羽休めの時期でしかない。
呉服屋の若旦那に嫁いで初めての盆を迎えた私の務めは、源様と親戚の方々のおもてなしになりそうだ。
明日は、訪れた方のお茶の好みをお義母様に教えて頂こう、と一人気持ちを新たにしていると。
……コ、コォーーーォン…
それは聴きなれぬ、どこか少し篭ったような控えめな響きの音だった。
思わず、その小さい銅鑼を目の前で鳴らした主をはた、と凝視してしまう。
「【では、出発します】のご先祖様への合図に二度、これを鳴らすんだ」
作りは小さいけれど、銅鑼の用途も大事なものだった。
「これから家路につくだけだが……螢さん。空の水桶か提灯、何方か持ってもらえるかな」
柔和な表情で、お義父様が火の灯った提灯と、行きは源様が持参していた水桶を軽く掲げる。
二つとも黒々とした家紋入りの品で一瞬迷ったけれど、何方かと言えばすでに役目を終えた水桶が良い。
下手をすれば、手にした提灯で道を先導する事になるかもしれないから。
「……では、水桶を」
「それは些か残念だ。揺らめく灯りで夕闇の足元を照らすのは、今年も私の役目か」
ーー暗くなってきたから、慣れない足元に気を付けなさい、というお気遣いだったのかしら?
そう思っていると、苦笑しながら水桶を差し出すお義父様の背後から、少し冷ややかな声がした。
「あなた。仏壇まで迎え火を運ぶ役目を、冗談にするものではないわ。半分本気で螢さんに任せようとしているから、尚更タチが悪いわね?」
「結衣は厳しいなぁ……先代だって、顔の見飽きた入婿より、可愛い孫の嫁に家まで案内してもらいたいだろうに」
ーーやはり、ここは水桶を選んで正解だったらしい。
表面上は笑顔で交わされている言葉に若干ハラハラしていると、二人の息子である源様はやれやれ、と軽く一瞥しただけで歩きだした。
「…墓参りで、父が石燈籠に火を灯していただろう?その火に、霊界から帰省したご先祖様の霊が宿るらしい。
仏壇の蝋燭まで、手提げ提灯で運ぶ。その火を【迎え火】と言うんだ。
十五日の送り盆までの二日間、家の位牌に宿って頂く為にね。ご先祖様を家族で迎える、という風習」
「………大切なお役目、ですね」
「父の場合は、ああして小言を言われてでも、母と並んで外を歩きたいだけだから」
…コォーーン……
思い出したかのようなタイミングで、再び鳴らされた銅鑼。
よくよく見れば、布で包まれたバチではなく、先が丸く作られた木製のものだった。
「今、角を曲がっただろう?
ご先祖様を道案内する【音】だから、角を曲がる時や、橋を渡る前、渡り終えた後にも一度ずつ鳴らすんだ」
ーー何人くらいのご先祖様が後ろに続いているのだろうか。
なんだか、源様の話を聞いていると、後ろを振り返ってはいけないような気がした。
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「螢は何から食べたい?」
「甘さが控えめな、きな粉にしようかと」
すでに砂糖を混ぜてあるけれど、「きな粉のお団子に、黒蜜をかけても美味しいから」とお義母様が嬉々として用意してくださったから。
飴色の座卓の上には艶々とした漆塗りの椀があり、そこには三種類になったお団子が二人分。
源様へお茶をお出ししてから気付いたのは、この部屋には楊枝も箸も常備していないこと。
「箸か、黒文字を貰ってきますね」
「いいよ、螢。この後すぐに夕飯に呼ばれるだろうから。……ほら」
ーーほら?
指先をきな粉で黄色く染めた源様が、隣で腰をあげかけた私の口元へとお団子を差し出している。
畳や着物の上にきな粉を落としては大変だ、と思わずぱくん、と目の前に差し出されていたお団子を口にした。
とっさの行動ではあったけれど、これは中々恥ずかしい。
目を細めて嬉しそうに「美味しい?」と聞かれても……
返事はおろか、モチモチとしたお団子の口当たりの柔らかさを感じているのが精一杯なのに。
ほんのりとした甘さも、あるにはある。
それよりも、目の前の源様の視線が甘すぎて見ていられず、此方が伏し目になってしまうし、顔に熱が集まってくる。
ーーそれにしても。源様は何とも思わないのかしら?
それとも、"あーん"は食べる方だけが、恥ずかしい思いをするものなのかしら??
幸いな事に、おしぼりは二人分ここにあるのだから、と自分を励ましつつ。
伸ばした右手の袂に気を配り、こし餡の乗ったお団子を椀の中からそっと、つまみ出した。
「源様も、どうぞ?」
こうして私も指を汚してしまえば、後は自分で食べてしまえば良いのだもの。
そうでもしなければ、せっかくのお団子を味わう余裕もなく、残り二つも夫の甘い笑顔付きで"あーん"が待っていたかもしれない。
一瞬、少し驚いた顔をされたけれど、特に抵抗はなかったようで。
源様も私の手からお団子を食べてくれた。
心なしか、その目元がほんのり染まっている気がする。
やはり、"あーん"は食べさせられた方が、後から恥ずかしさが込み上げるものなのかもしれない。
これで心置きなくお団子を味わえる、ふふ。してやったり、と螢が微笑んでいると。
「……螢。まだ指に付いてる」
源は螢の右手を軽く引き寄せると、薄くこし餡の付いたままの白い指先をそっと自らの口に運んだ。
「…うん、甘い。あと二つずつ、こうして食べようか?」
人差し指への不意打ちの口付けに、ふるふるとするばかりだった螢は、その発言にハッと我に返った。
ーー残りは、きな粉とこし餡が一つずつ。それに、きな粉に黒蜜のかかった…お団子が二つ。
お団子を"あーん"する事よりも。
どちらにせよ、この後確実にペタペタに粉まみれになってしまう私の指先は………きっとまた、夫に……
なめ…られて、しまう?
源様のせいで、何だか指先までジンジンと熱を持ち始めた。
"あーん"よりもこちらの方が数倍、恥ずかしい……
「螢が作ってくれたから、いつもより美味しく感じるな」
何やら上機嫌で次のお団子を差し出してくる夫の真似は、今後軽々しくしないようにしよう、と。
螢は中々熱の引かない頬を隠すように、両手で顔を覆ったまま、かたく心に決めたのだった。
ーーそして後日。
源の知らぬところで、台所女中に真新しい箸を二膳と爪楊枝を用意してもらった螢は、部屋の小さな茶箪笥にそれらをこっそり忍ばせたのだった。
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指先へのキス→賞賛。
団子作りと"あーん"に対しての賞賛。
byはじめ ( ॢꈍ૩ꈍ) ॢ
おしぼりを添えただけの結衣は確信犯です。何故って手製の団子を夫婦で食べさせあうのがすでに習慣だから。
地域性の出る墓参りで話を作りたかっただけだったのに、文末の糖度……お粗末様でした…_:(´ཀ`」 ∠):