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+:✿。華蝶風詠。✿:+  作者: 如月 宙
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○*目利きの日*○ 螢×楼主





「……なに、手塩にかけて育てれば良いだけだろう」


瞳も、髪も装いも。


漆黒が似合うその人はそう言って。


わたしの顔に添えていた左手の親指で、涙の跡が付いたままの頬が、軽く拭われた。





.゜+:✿。.゜+:✿。.゜+:✿。.゜





品定めをするかのように、珍しい色合いのこの翠の眼を覗き込まれることは何度もあった。


それでも「髪と眼の色は珍しいが、病弱な小娘では、使えるようになるまで育たない」と皆同じように難しい顔をしたまま、首を横に振るのだ。


会ったばかりの名も知らない大人からも、生まれ育った村で聞いたものと同じ事を言われてしまう。



ーーわたしにだって、優しい両親が居たのに。


ーー好きで、病にかかるのではない。


ーーこの将来(さき)、自分はどうなるのだろう……


口には出せない思いが、浮かんでは消える。



朝日の明るさで目を覚ますたびに、頬には涙の流れた跡が付いていた。


昼間はひたすら歩いて、歩いて。


日が暮れるまで泣く暇もなければ、体力も残って無いから、寝てる間に勝手に涙が零れるようになったのかもしれない。



なんでも、"(いち)"のようなところで"競り"があるらしい。


そこからまた、生まれ故郷から遠くに売り飛ばされるのか、と考えただけで体だけでなく心も重くなる一方だった。


初めから、何処にも行くあてなんか無いけれど。


ゆっくり横になって休めるところなら、もう何処でもいいかもしれない。






暗い瞳の、ふらふらと足元の覚束ない若い女性や、不安そうに沈んだ表情をしている、自分と同じような年頃の童女。


長旅だったのか、皆埃っぽく、みすぼらしい格好をしていた。


そんな女達を、荒々しい言葉を吐きながら手荒に引っ立てては、物のように扱う人買い。


ちらほらと居る身なりの良い人達は、この"女と童の市"に慣れているのか、目の前の状況にも"どこ吹く風"の表情で、人買いとなにやら交渉している。


何も視界に入れたくなくて唇を噛み、俯こうとしたら「顔を上げろ」と後ろから小突かれてしまった。



ーーいつの間にか、わたしが値を付けられる番だったらしい。


ここに来るまでに寄った何軒かの宿場(しゅくば)でも「ウチの"飯炊き"には向かない」と言われてきたのに、顔を上げたくらいで、何か変わるのかわからなかった。



「……さっさと来い。お前は花街の旦那が買った」



はなまち?なんて聞いたことがなくて、思わず口に出していた。



「…….女ばっかりの街のことだよ。そこでの仕事は、きれーに着飾って、見世に来た男の相手をすること」



近くに座り込んでいたお姉さんは、"はなまち"を知っているらしい。



「ふぅん……?」


「好いても地獄、好かれても地獄って噂だから、気をつけな?お嬢ちゃん…」


「わたしは…もう、横になってゆっくり休めるなら、どこでもいいよ…」


「あは。それなら天職かもしれないね……まあ、見世への借金こさえないように、せいぜい気張りぃ」



また聞いたことがない。"てんしょく"?


地獄は、生きてた時に悪いことばかりした死人が行く、辛くて大変な場所だったはず。


誰かを好きになっても、誰かに好かれても、辛くて大変な"はなまち"。。。



ぼーっとお姉さんが教えてくれたことを考えながら、とぼとぼと人買いの後を付かず離れずついて行くと。


わたしと同じような年頃の童女を二人連れた、真っ黒な着物の人の元へ来ていた。


その人は急に屈んで目線の高さを合わせるなり、添えた左手で、わたしの顔の角度を少しずつ変え、何かを確かめているようだった。



「光の加減、というわけでは無さそうだな。………珍しい瞳だ」


「ちぃとばかり他より細いのは、病みあがりらしくて、村から歩きづめだったからでしょう。今は、特にどこも悪くねぇんで」



……そう。

"次の季節の変わり目に、体調を崩す前に"って厄介払いされたの。



「お前っ余計なことを……!!」



ーーわたしを買った人なら、知っておいた方がいいと思ったから、小声で付け足しただけなのに。



人買いが振りあげた拳は、頭だろうか。

それとも、頬に振り下ろされる?


痛みを予感しただけで反射的に、ぎゅっと目を瞑ったけれど。

不思議なことに、いつまで経っても打たれた痛みはやってこなかった。



「この者はすでに華苑の花芽。手を出さないでもらおう」



そっと片目を開けると、目の前にいるその人は、人買いからわたしを隠すように右の袖で庇ってくれていた。


近くにいただけの二人の童女も怯えているというのに、わたしは初めてのことに驚きでぽかん、と口を開いたままだ。



「わたしはもう、"かえんのはなめ"?」


「華の(その)で育てる幼い童女を、華苑では皆そう呼ぶ」



どうやら、"かえん"には童女が他にも居るらしい。

そして、この人は今し方、人買いの暴力からわたしを庇ってくれた。


それだけで、今まで聞いたことも見たことも無かった"はなまち"への不安も、軽くなるから不思議だ。


勝手にぼやけていく視界の端から、ポロリと落ちた涙が頬を伝う。



「他の子より……体が、弱くても、だいじょう、ぶ?」



「……なに、手塩にかけて育てれば良いだけだろう」



低すぎて聞き取り辛い声に、誰と話す時でも無表情で、冷たい眼をしていて。


たとえ真っ黒な着物を着た、若い男のひとでも。


わたしの翠の眼が、この人の目に止まって、よかった。


細い手足に、病に弱い体でも"要らない、使えない"と顔をしかめて放り出されることは無いらしい、から。



ーー父さん、母さん。


わたし、これから"はなまち"に行きます。


螢は"かえんのはなめ"に、なりました。




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