3.バランス調整失敗してませんか?
立ち上がって顔を上げると先ほどまで俺の顔を蹴ったり踏んづけたりしていた男の顔が映る。
男は一言で形容するならば貧相な男だったフレームの曲がった眼鏡に、やせ細った体型。
少し高い鼻。似合わないベージュのスーツを着ていた。
「まったくまさか既にカードを発動していたとは、しかし自己強化っていうのは珍しい。僕も初めて見るから気づかなかったよ。」
そう告げる貧相な男『ジライヤ』は警戒するようにこちらを見つめている。
そこで彼の警戒に理解が及ぶ。。
まだ『加速』の効果を失った事がこの彼にバレていないのだ。
俺はまだ後ろの大狼を押し倒すぐらいの怪力を持った人間だと思われている。
もし、後ろの大狼をけしかけられたら対抗手は無い。
だが、けしかけた瞬間に襲いかかられたら適わないという危機感。
それがこの膠着状態を作り上げていた。
しかし、俺からしてみれば絶体絶命だということには変わりない。
この事態が続き、こちらの状態を悟られてしまえばその時点でゲームオーバー。
今度こそ本当の敗北になる。
なんとかしてこの場を抜けなければならない。
先ほど見た最初の3枚の内1枚のカードを思い出す。
内、1枚の『加速』は既に使用してしまっている。
ルール通りなら、今2枚ほど新しいカードがドローされている筈だが、それをもたもた確認している暇も無いだろう。
だから、咄嗟の使用で効果が得られると思われるのはその2枚だ。
内カード名から効果が予測できそうなのは1枚。
それを咄嗟に使用し効果的に使うしかない。
俺は無い知恵を巡らせて戦い方を考える。
『ジライヤ』はこちらを警戒するようにみてスマホ取り出す。
その瞬間、俺は叫ぶようにして『ジライヤ』に向けて駆けだした。
「ひっ。」
そう情けない声をあげて目を瞑るジライヤ。
その声に反応するようにして大狼も動き出す。
この瞬間、俺は即座にスマホの画面に映し出されている『跳躍』のカードをスワイプした。
――
跳躍発動
残り60秒
―――
そう画面表示されるのを確認して、俺は全力で大地を蹴る。
すると地から足が離れ――
離れ
……離れ
………………離れ?
「離れすぎぃぃぃ!!!」
思わず俺は叫んだ。
俺の体は宙にに浮いたように飛び上がり、周囲にあったビルすらも飛び越える。
木の上を伝いながらビルの上に逃げるルートを選択するつもりだったが、もうさっきから効果が過剰気味だ。
跳躍によって得た力が地球の重力に負け落下をはじめる。
「うわああちょっと、待って待って!」
そう叫びながら、心中で興奮する。
まるで映画にでてくるヒーローになったみたいだ。
大地を踏めるのだろうか?
踏んだ瞬間に体が粉々になったりしないだろうか?
不安になる反面、期待が膨らむのも止まらない。
この普通なら死んでしまうような落下を無事生身で着地してしまうのだ。
それが出来たらどんなに楽しいだろう。
俺はジャンプ地点から数100mほど離れたビルの上に着地した。
両足にズンとした感触が響く。
痛みと同時に体全身に震えが走る。
けれど、五体は無事。
俺は思わず、感動に口笛を吹きたくなった。
アプリを起動して、カードを見る。
現在手札は4枚。
――――
『風塵弾』
『加速』
『風兎』
『二重装填』
アクセル:2
――――
俺は周りを見渡して『ジライヤ』がいない事を確認した後、各々のカードの効果を読み始めた。
<視点変更『ジライヤ』>
「あの糞ガキがぁ!」
『ジライヤ』は空を飛ぶように跳躍した『カラス』を見てそう叫んだ。
騙された。『カラス』は既にカードの効果を切らしていたに違いない。
デッドウルフを押し倒すような身体能力があるのならば、すぐに俺を拘束するなり攻撃するなりすることが出来た筈だ。
それを逃げの一手を取ってきたということはあの突撃自体がハッタリだった可能性が高い。
そう考え『ジライヤ』は地団駄を踏む。
これがこの男の持つ気の小ささが示すものであった。
最低コストとはいえクリーチャーをひっくり返す膂力、まるで空を飛ぶ跳躍力。
「人間を超人に変える超人デッキってか?ガキらしい煩わしいデッキ使いやがって!」
そう怒鳴り散らし、周りに当たる。
物に当たる、電柱に蹴る、時間が止まった空間で固定された人を蹴る、
何かに当たる。『ジライヤ』という男はそれ以外にストレスを発散する術を知らない。
そうして少しの時間を過ごした後、『ジライヤ』はまた豹変したように笑い出す。
クールダウン終了。
思考はクリアに、怒りは外へ、これにて『ジライヤ』は平静を取り戻す。
「まあ、いい多少予定外だが……それならこっちも本気でやればいい。」
『ジライヤ』と『カラス』のカードには決定的な違いがある。
『アイオーンクロック』は大きく分けて2つの種類のカードがある。
1つ目がサモンカード。今、『ジライヤ』の目の前にいるデッドウルフのようなクリーチャーを召喚するものだ。
もう1つがスペルカード。『カラス』が使ったものであり通常はクリーチャーの召喚サポートや強化を行なったりするものが多いが『カラス』はそれを己に付与する事で超人化を行なった。
言うなれば外見こそ変わらないが自身をクリーチャーへと変貌させたのである。
プレイヤー自身が弱点となりやすいこのゲームにおいて自身を超人化するというのは大きな利点だ。
だが、召喚したらゲームが終わるか絶命させられるまでそこに居続けるクリーチャーと違い『カラス』のカードには効果時間という制限があるようだ。
必死だったとはいえそれを『ジライヤ』に悟られてしまったのは『カラス』の不慮という他ない。
『ジライヤ』はクールダウンした頭でスマホを片手にカードを確認する。
アプリに表示されたカードは5枚。
―――
『グールバタフライ』
『インテグラルドレイク』
『冥界の門』
『生贄』
『メサイアドラゴン』
アクセル:1
―――
『:ジライヤ』のデッキはその七割がサモンカード、つまり今目の前にいる大狼デッドウルフのようなクリーチャーを召喚する効果を持つカードだ。
既にカード使用のクールタイムを終え、スロットに新しいカードを入れられる状態になっている。
「糞ガキぃ、俺を怒らせたこと後悔しやがれ……。」
そう笑って『ジライヤ』はカードをスロットにフリックした。
<視点変更:『カラス』>
カードの確認を終えた後、ひとまずプランを立てた。
とりあえず愚痴らせて欲しい。
俺のカードはよくわからないカードばかりなんだ!
先ほどの『跳躍』にしろ、最初の『加速』にしろテキストに書いてない項目まで読み解かないといけない。
俺は断固としてこのゲームを作ったゲームマスターに抗議したい。
例えばこれだ。
―――
『風塵弾』
種別:スペル
「風の弾を発射する。」
―――
なるほど武器になりそうなカードだっていうのはわかる。
弾というぐらいだから遠距離攻撃用に使えるカードなのだろう。
じゃあ、どれぐらいの威力で、どれぐらいの飛距離で届くのか?
先ほどからのオーバースペックじみた身体強化から凄い威力なのではないかとつい期待してしまうが、そこはネガティブを楽しむ男である俺は決して最高の期待をしない。
最悪、扇風機が起こす風ぐらいの風が起こるとかそういうのが頭によぎる。
なに?一人回しをしてない俺が悪い?
そうですね、ぐうの音も出ませんよ!
とはいえ、1度カードを使用すれば30秒のカード使用不可のクールタイムが課せられるしカードを試し打ちで消費してしまうのは痛い。
今、高所に逃げる事に成功はしているものの敵が高所に来るカードを持っていないとは限らないのだ。
逃げる確率を上げれそうな『加速』を再度使用するが魅力的なプランに入る。
だがここで1つ魅力的なカードが俺の目に入っている。
―――
『二重装填』
種別:スペル
「スロットを1つ増やす。」
―――
これはつまり今1つしかないカードスロットが2つに増えるという事なのでしょうか?
つまり1枚大ポカなカード使っても、もう1枚は安定と信頼の効果のカードを使えるという二段構えを組めるというスペシャルカード。
天啓を得たり!
俺は迷わずに『二重装填』をフリック操作で発動する。
画面の中のスロットに吸い込まれていくカード。
スロットが光り、1つだったスロットが2つに別れる。
その画面を見て思わずガッツポーズをした瞬間――
――地響きがなった。
地震と勘違いするような地響きと共に大気が震える感覚。
俺はおそるおそる背後を見る。
するとそこには巨大!巨大!巨大な蜥蜴の顔があった。
その背は俺が今立っているビルよりも巨大で、二足歩行で立ち、カメラレンズのような円形の2つ眼。
まるで怪獣映画の1シーンに自分が立ち会っているような非現実的な感触。
―――
『ジライヤ』>『インテグラルドレイク』召喚
―――
アプリ画面にはそう表示されている。
先ほどの大狼など、このゲームの化け物の中では序の口でしかなかったのだと俺は思い知った。
俺は逃げる為に慌てて先ほど解放したもう1つのスロットに『加速』を入れようする。
―――
スロットクールタイム中に付きカードを発動出来ません。
―――
ここに今、俺は壮絶な勘違いをしていた事を気づいた。
『二重装填』は確かにスロットを増やすカードだ。
俺はこれを使った後に新しいスロットに『加速』を使えば、とりあえずその場凌げるだろうと思って使用したのだ。
しかし、どうやら追加されたスロットも30秒のクールタイムが要求されるらしく。
今あるスロットは2つとも使えない。
次のカードが使用できるまで25秒。
「どーしようかなーこれ?」
半ば自嘲的に現実逃避する俺の背後で怪獣は咆哮した。
使用者:『ジライヤ」
カード名:『インテグラルドレイク』
ATK:■■■□□
DEF:■■■□□
SPD:■□□□□
特性:巨躯
アクセル:1
"グギャアアアアア(我が忠義を尽くそう、ぐしし)"




