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とあるバスケ部男子の祝勝会

作者: U

 汗が額をつたる。夕神の感じる感覚は、ほとんどそれだけだった。極限の集中状態の中、消音にしたテレビの様に、目に映る映像に音が追いついてこないのだ。

 残り時間はもう10秒を切っている。点差は2点。勝つための選択肢はもう一つしか残されていなかった。

 夕神はマークマンを振り切り、ボールをキープする霧崎の背中に吠えた。

 霧崎は不敵な笑みを浮かべ、ボールをもったその手を後ろに振り切った。

 霧崎は夕神を見なかった。

 そんな事をしなくても、このパスは通ると霧崎は確信していた。


 小学校2年生よりのチームメイト。


 一体何年、お前にパスを出してきたと思ってる?


 パスを受けた夕神の身体は、自ずと精錬されたシュートフォームを形作り、ボールを飛ばせた。


 スリーポイント。


 試合終了のブザーが鳴り響くのと、そのシュートはがネットを揺らすのはほぼ同時だった。

 チームメイト等は歓喜に湧き、次々に夕神に駆け寄った。

 そんな中霧崎は、一人遅れて夕神に歩み寄り、親指を自分に向けた。俺のおかげだぞ、とあまりにも大胆に顔に書いてあるので、夕神は小さく吹き出した。

「……ナイスパス。」

「おう!」

 霧崎が突き出した拳に夕神が応え、インターハイ予選決勝は幕を閉じた。


 もろもろのイベントを終え、帰路に着く頃には時刻は8時を回っていた。


「夕神〜祝勝会行くぞ〜。」

 コーチが「遅いから早く帰れよ」とそう口にした5秒後に霧崎はそう言った。やれやれ、とコーチは呆れた様子だが、特に何も言わなかった。

「祝勝会って……どこでやんだよ300円しか持ってねーぞ。」

「どこでってお前……決まってんだろーが、ついて来い。」


 霧崎がずんずんと歩いていく方向で、夕神には大体察しが付いた。


 15分ほど歩いて着いたのは小さな広場だった。

 滅多に人など来ないこの広場に何を期待して設置したのかわからない自販機が、少なくとも12年前から佇んでいる。

 木々が頭上高くまで空を覆い尽くすこの広場、二人は雨の日はいつもここでバスケをしていた。適当な木にゴール代わりの輪っかを取り付けて。

 少しばかりラインナップの少ない自販機で、夕神はコーラ、霧崎はコーヒーのボタンを押した。

「こんにゃろ〜ブザービーターとか…1番おいしいところ持って行きやがってテメェは。」

 くるくるとボールを回しながら、霧崎は言った。妬んで見せてはいるものの、本人にそんな気は全くない。

「わりぃわりぃ。」

 夕神もそれを知っていて、適当に流す。

「いいか、忘れるな、俺のパスのおかげだからな!」

「わかったってんだよ!」

 ここに来るまでの道で霧崎は何度もそう念押ししていた。


「いよいよ…全国だな…。」

 夕神のつぶやきに、霧崎は俯いたまま答えなかった。

「夕神……お前に言っとかなきゃならねぇ事がある。」

「……ん?」

 とても明るい話が出てくる雰囲気ではない。夕神はそれを悟ったが、平静を装った。

「俺は……。」

 霧崎は一瞬言うのを躊躇って、首を横に振った。

「俺は、お前といっしょ全国で戦う事は出来ねぇ。」

 しばしの間、静寂が広場を包んだ。

「……どういう……事だよ?」

 霧崎は遠くを見ながら、淡々と告げた。

「親父の転勤でな、転校する事になった。三日後にはこの街をたつ。」

「…………お前って奴は……!これからって時じゃねーか……!!」

 どうにもならない事は分かっている。分かっているが、夕神は問わずにはいられなかった。

 高校三年生にして、お互い初めて掴んだ全国への切符だった。

 

 その切符だって……お前のパスがあったからじゃねーか……!


 霧崎は何も言わずに立ち上がると、軽やかなドリブルを始めた。

「取ってみろよ」

「……はぁ?」

 なんの脈絡もない霧崎の挑発に夕神は憤ったが、霧崎は大真面目だった。


「1on1だ。」


 霧崎の目を見て、夕神は悟った。

 この勝負が、霧崎の餞別なのだと。


 小2から培った霧崎のドリブル技術は一流だ。速い上に変則的で、止めるのは至難。

 だが、そのドリブルを1番見てきたのは、当然ながら夕神だった。

 先を読んだ夕神の手がボールに伸びる。

 それをロールで霧崎が躱したかに見えたがーー

 夕神が後ろを振り返らずに放ったバックチップがボールを捉えた。


 ボールを抑え、夕神がシュートフォームをとる。


 霧崎も、全力でブロックに飛んだ。


 放たれたシュートに、わずかに霧崎の指先が擦る。


 二人の視線が、ゴールに交錯する。


 ボールは、ゴール上で数周回って、収まった。

 霧崎は、安心したように笑った。

「俺がいなくても……とれるな?日本一。」

「……当たり前だ、馬鹿野郎。」

「期待してるぜ。」 


 夕神に背を向け歩き出した霧崎は、振り返る事はなかった。

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