1章 - 02.青山 丸一
親の吸っている煙草の名前を取って「kent」
それが、私、橘 健二のコードネームだった。
小学校の裏山に
トタンやら古タイヤやらを集めて探偵団の秘密基地にした。
秘密基地には小さな隙間があって
中に入る際に
タバコの空き箱を通行手形代わりに差し出すのだ。
中身は飴玉やチョコレートであったり
母親がおやつに用意してくれた小さな甘食が入っている。
タバコの箱をパカリと開けて、
仰々しく、おやつを取り出して食べていた。
タバコのにおいが少しおやつに染みているのが
なんだか、悪いことのように思えて
少し大人に近付いた気分になっていた。
ふと我に返ると
少女が私を見つめていた。
「Hi?」
「…I will give you home.(…私が君をうちに帰してあげるからね)」
私は鞄からスマートフォンを取り出した。
★会社には直帰すると連絡し
もう、数十年連絡を取っていない友人へ電話を掛けた。
数回のコールの後、男の声。
「おう」
懐かしい声だ。
「すまん、青山、ちょっと力を貸してくれないか」
青山と呼ばれた電話の先の男は
鼻息荒く答えた。
「あぁ、ええで」
★青山に今の事情を簡単に説明すると、
渋谷の探偵事務所に来るように言われた。
駅からずいぶん歩かされた。
日は傾き、少し風が出て、歩き火照った体を覚ましてゆく。
渋谷には似つかない古めかしい
どこか昭和の匂いがするような薄暗い雑居ビル。
緑の細長いツタがビル全体を覆っていた。
探偵事務所の看板が二階の窓にかかっているが
ツタのせいでほとんど見えていない。
これで客は来ているのか。
いや、探偵業的には、この方がいいのか?
外に作られた非常階段らしき
頼りない足場の螺旋の段差を登って行く。
"青山探偵事務所"
すりガラスの窓がついた木の扉。
チャイムを探す。
飾り気のないボタンを押すと
中からキンコーンと音がした。
ガサガサと音がして、扉が開いた。
「はいはい」
現れたのは若い痩せた男であった。
センターで分けたぼさぼさの長い髪が顔の半分を覆っていた。
猫背気味の男は眠そうに目を細め、私たちを一瞥した。
「…所長の友人の方ですね?中へどうぞ」
中は広いワンルームの様で
タバコの匂いがした。
奥にある革張りのソファーに
赤い毛布の様なものがかかっている。
若者がソファーに声を掛ける。
「マル所長ー、橘さん来ましたよ」
「あ?ぉ、ぉお!まっとたで」
毛布からむくりと、ずんぐりとした恰幅の良い男が顔を出した。
青山 丸一、この探偵事務所の所長であり、
私の小学校の同級生だ。
「すまんな、急に押しかけてしまって」
「なんやなんや、別にええって、俺はもうほとんど引退やし
名ばかり所長や。基本的に今来てる依頼はこいつがこなしてんのや」
青山に小突かれた男が首だけ下げて答える。
「佐々木部、言います。」
そして、青山は興味津々に乗り出し、アリスを一瞥した。
「それに、面白そうな話やったしな」
アリスは怯え、私の後ろに隠れた。
青山はにやにやと笑みを浮かべた。
「せやせや、簡単に警察と英語圏の大使館各所に確認取ったんやけど
今のところこの子の捜索願は出てないようやで」
「そうか」
「何か動きがあれば、すぐに連絡が来るようになっとる」
「悪い。ありがとうな」
「なに、良いって事よ。ま、ずっとそんなとこ突っ立てないでこっち座れや」
アリスを促し、丸山の前にあるソファーに座らせる。
目の前のガラステーブルには
薄汚れ、黄ばんだレース状のクロスが引かれていた。
その上の重そうなガラスの灰皿には
マルボロライトがゆらゆらと薄い煙を伸ばしていた。
1-02.青山 丸一




