異世界へ帰還
やってきました異世界人が完結しました。書きたかった内容が織り込めなかったりしたため、こちらに書くことにしました。完全に自己満足の世界になっておりますので、興味があるかたはお付き合いください。
ひんやりとした感覚に意識が浮上する。気だるい体を無理やり叩き起こし、周囲を見渡す。雨でも降っていたのか、もたれ掛かっていた木の上から雫が落ちてくる。
「戻って来たな」
噴水を中心に季節ごとに容貌を変える庭木が美しく配置された庭。その先に見えるは、ジルヴェスターが使える王がいる城がそびえ立っていた。てっきり戻るなら異世界に飛ばされたあの
戦場だと覚悟していたジルヴェスターは拍子抜けする。異世界を飛んできたためか、上手く動かない体を奮い立たせ今の状態を確認する。
「向こうのままか」
ミコトが選んだ濃紺の浴衣に身を包み、帯の間に挟んでいたスマホも一緒にこっちに来ていた。試しにホーム画面を開くと当たり前のように左上には圏外の文字が映し出される。少し残念そうに画面を暗くしたジルヴェスターは指を鳴らしスマホを片付ける。久々に使う魔法に少し安心感を覚えながら、服装もいつもの物へと替える。白を基調としたシンプルな服装に青いコートという姿に懐かしささえ覚える。
「行くか」
意気込んだところで、片足で軽く地面を打つ。その瞬間足元に青白い光を放つ魔法陣が現れた。それを確認するとその場で軽く飛び上がる。次の瞬間、庭からジルヴェスターの姿は掻き消えた。
「静かだな」
転移魔法で城内に移動したジルヴェスターはその静寂加減に眉根を寄せる。夜とは言えそこまで遅い時間帯ではない。食事が終わり各自部屋で過ごしているにしろ、この静寂さは異様だった。試しにいくつかの部屋の扉を開けるもそこには誰もいない。何か嫌な予感がしてきたジルヴェスターは歩みを早める。そのまま廊下を歩いていると、窓から一つ明かりがついている場所が見えた。その場所を確認するとさらにジルヴェスターの顔は険しいものへと変化する。
城の隅に建てられた真っ白いドーム型の建物。そこは、亡くなった者の最期を見送る場所。そこに明かりがついているということは、誰かが亡くなったのだろう。しかも、城内の誰もが参加しているということは、それなりに地位があるやつに違いない。何が起こったのか知るために再度転移魔法を使い場所を移動する。
音を立てず降り立ったその場所は先ほど見えた建物の中。予想通り建物の中には大勢の人が敷き詰めあっていた。一番前を見るとそこには華やかな飾りが施されている祭壇。そこには一国の王が目尻に涙を浮かべ祈りを捧げていた。王が出てくるくらいだ、相当な大物に違いないと軽く祈りを捧げた後、列の一番後ろにいる兵に小声で声をかける。
「悪いが、しばらく城を開け今しがた戻って来たので教えてほしい。誰が亡くなった?」
突然後ろから声をかけられた兵はビクッと体を震わしながらも、祈りのポーズを崩さず小声で返してくる。
「ご存じないのですか?前の戦いで果敢にも陛下をお守りしたあのお方です。陛下はあの日以来、塞ぎこまれていましたが、昨晩〝色々考えたんだけど、やっぱり式は盛大にしないとね“と思い立たれ今日に至りました。私も残念でなりません。ジルヴェスター様、尊敬しておりましたのに。ちなみに明日は国葬が予定されております」
怒りを通りこして、呆れてしまう。一瞬でも祈りを捧げたことに後悔する。何が悲しくて自分に祈りを捧げなければいけないのか。深いため息をつくと、前にいた兵が窘めるように後ろを振り返った。
「式の最中です。そのようなため息はっ!?」
顎が外れるのではないかというくらい大口をあけ、あっけに取られている兵に構うことなく通路を進む。一歩、また一歩と歩みを進めるにつれ、静寂に包まれていた空間にどよめきが起こる。ある者は悲鳴をあげ、ある者は一歩ずつ後退をしていく。騎士団団長あたりは早々に撤退命令を下していた。賢い選択だろう。
「君たち何を騒いでぇえ!?」
祈りを捧げていた王もこの騒ぎに気付き祈りを中断し振り返る。そして、目に飛び込んできた人物をとらえると、驚愕のまなざしでしばらく見つめる。そして、状況を飲み込んだ瞬間、指を軽快にならし祭壇をまるで何もなかったかのように片付け満面の笑みを向けてくる。
「ジルヴェスター! 生きていたんだね! 僕は信じていたよ!」
「ほぉ。その割には面白そうなことをしていたようだが?」
冷ややかな笑みを向けながら、横目で片付けられた祭壇を見る。当たり前のように一瞬で片付けていたが、本来ならこんなに簡単に片付けることはできない。とぼけた顔をしていても王は王かと感心する。だが、そんな顔は一切出さず笑顔で手を広げている王に冷たい目を向ける。
「いやぁ、なんのことかさっぱり。あれ?皆こんなところで何してるの?ほら、持ち場に就くか、休むかしないと」
いつものゆっくりとした口調で皆を諭しながら、皆と一緒に出口に向かおうとしている王の服を掴む。
「待て、どこへ行く気だ?」
「ほら、溜まった執務が残っているから戻らないと……。ジルヴェスター、僕の服が凍りついてきているんだけど……。わかった、わかったから!」
とぼける王に無言で服を裾からゆっくり凍らせていく。体に差し掛かったところで慌てた王は制止をかけた。
「仕方ないだろう。君が僕を守ってくれた瞬間、君の魔力が消滅したんだよ。さすがの君でも、あぁ、これは死んだなと思うじゃないか。で、部屋に帰って数日間、君のために色々計画してたんだ。これは僕の愛なんだぁあああ!?」
「なら、何だ? お前は数日間ふさぎ込んでたんじゃなく、こんなことを考えるために仕事を放棄していたと? 今がどういう状態かわかってるんだろうな? イレーネ! こいつはどのくらい部屋に立てこもってたんだ?」
徐々に服を氷つかせていきながら、近くに控えていたメイド長のイレーネに声をかける。イレーネは軽く頭を下げながらその日数を告げる。
「月時計で約十四日程」
「ぁああああ! ちょ、凍る、凍っちゃう!」
くだらないことで十四日も仕事を放棄していた王にジルヴェスターは目じりを険しく吊り上げる。溜まった仕事がどれくらいの量になっているのか考えるだけでもおぞましい。
「ジルヴェスター!? 顔が大変なことになってるよ! あっ、そうだ! 君が無事に帰ってきたんだから、今度はお祝いをしなきゃぁああああ!?」
また、くだらないことを考える王を一気に氷つかせる。目の前の男は自分が王だという自覚がないのかもしれない。十四日分の仕事量を手伝わなければいけないことを考え、しばらく眠れないことを覚悟する。
「十四日だと?」
その日数に違和感を覚える。向こうにいた日数の約半分。それは、異世界から戻って来た反動での時間変動なのか、それとも向こうの世界と進む時間が違うのか。ミコトとの約束は向こうの一年。
「頭が痛い」
考え事が増えたことに、頭を抱える。とりあえず、下半身まで凍った体を慌てて溶かしている王に綺麗な笑みを浮かべる。その笑みに機嫌が戻ったと勘違いした王は笑顔を満開にする。
「今から最低七日間は徹夜で仕事だと思え」
死の宣告とも言えるジルヴぇスターの言葉に王の笑みは一気に凍った。それを軽く鼻で笑うと執務室へ向かうためジルヴェスター強制的に転移魔法で王ともどもその場から消える。
「やっといつもの日常になりましたね」
二人を見送ったイレーネは優しい笑みを浮かべて誰もいなくなった空間に一礼する。
「お帰りなさいませ。ジルヴェスター様」