イレーネは見た
話がごっちゃになりそうでしたので、章わけしました。割り込み投稿しますので、ジルヴェスターのその後のみ第一話が最新話となります。わかりにくく不便をかけるかと思いますがよろしくお願いいたします。
「ふぅーん。時空間転移魔法で異世界にねぇ」
陛下のその言葉に、イレーネはノックしようとした手を止める。立ち聞きは良くないのはわかっているが、時空間転移魔法という言葉に興味が沸いた。
「お前、信じてないだろう?」
「だって、時空間転移魔法だよ? 夢物語じゃあるまいし。まぁ、僕的には君が戻ってきてくれたなら何でもいいけど」
時空間転移魔法。それは、過去と未来を行き来できると言われる夢みたいな魔法。だが、それを完成させた者は未だいないと言われている。イレーネも子供のころからその言葉は知っていたがそれだけだ。だから、ジルヴェスターが時空間魔法で異世界に行ったという言葉に興味を引かれた。
「これを見ても信じられないか?」
「何それ?」
ジルヴェスターが陛下に見せている物はあいにく扉の隙間からは見えない。大人しくノックするべきかと思案する間に中では話が進む。
「スマホという道具だ。これを持っている者同士、遠い所でも会話ができるし、手紙も送れる。まぁ、この世界では使えないが。あぁ、先に言っとくが触るなよ」
「へぇ。伝達魔法がかけられた魔法具とは違うの?」
「こんな素材がこの世界にあると思うのか?」
呆れ声のジルヴェスターにまぁねと陛下は返事するが、その声はどこか納得していないようだった。
「君はどう思う? イレーネ」
突然かけられた声にビクッと肩が跳ねる。イレーネは一つ息をつくとそっと扉を開いた。
「気づかれていましたか」
「当たり前でしょ。で? イレーネはジルヴェスターの話どう思う?」
気配は消していたつもりだったが、陛下ばかりか驚いた様子もないジルヴェスターにさえ気づかれていたことにため息をつく。そして、陛下の机に置かれている見慣れない物に視線が行く。あれがさっき言っていたスマホというものだろう。
「私にはそれが異世界の物かはわかりかねますが、見たことがないのも確かです」
「少しなら触れてもいいぞ」
「よろしいので?」
一瞬触れようとした手を下げた瞬間、ジルヴェスターがスマホを渡してくる。無機質なそれはやはり見たことのないものだった。
「って、ちょっと!? 僕の立場は!?」
「お前は壊すだろうが!」
好奇心旺盛な陛下ならやりかねない。試しに色々な魔法をかける姿が容易に想像できてしまう。
「これはどのように使うのですか?」
「そこを押してみろ」
「っ!?」
ボタンらしきものを押すと突然それが光り出す。何かの魔法が発動されたのかと一瞬手放しそうになり慌てて持ち直す。そんなイレーネの様子にクスクス笑うジルヴェスターは楽しそうだ。意地悪な方だと思いながらイレーネは光った画面を見る。
「読めませんね」
何やら文字らしきものが書いてあるが、あいにくイレーネにそれを読むことはできない。もしかしたらこれが異世界の文字かもしれないとイレーネは考える。
「向こうの文字だからな。このボタンを押すと遠い所にいる相手と話すことができるが、さっきも言った通り今は使えない」
少し寂しそうにスマホを見るジルヴェスターに珍しいとイレーネは表情には出さず驚く。こんな顔をした彼は今まで見たことがない。それは、陛下も同じだったようで驚いたような顔をしている。
「これは……?」
別の所に指が当たった拍子に、また何かが開かれた。そこにはジルヴェスターと見たことのない女性が写っている。着ている服は見たことのない服。いや、それよりも驚くのは女性の横で穏やかな顔で笑う彼。ジルヴェスターを変えたのはこの女性かとイレーネは直感する。
「あぁ、彼女に助けてもらったんだ」
柔らかそうな茶色の髪質にクリッとした目。綺麗というよりは可愛らしい感じだろうか。優しそうなその女性に彼はきっと色々助けられたのだろう。
「可愛らしい方ですね」
「気のせいだろう」
気のせいと良いながらどこか満足気な顔で書類に目を通し始めるジルヴェスターにおやおやと、イレーネはほくそ笑む。
「何々? 女の人なの? イレーネ見せて」
「お前は仕事をしろ!」
イレーネに近づいて来ようとする陛下をジルヴェスターは魔法で妨害し、元の椅子へと座らせる。陛下は大声で抗議しているが、ジルヴェスターは全く気にさえしていない様子だ。
「イレーネもそろそろ満足だろ?」
返せと言う様に手を出してくるジルヴェスターにイレーネはスマホを見せながらジルヴェスターの耳元に口を寄せる。
「これは陛下に見せられませんね。彼女のこと、とても愛おしそうに見られていますもの」
「っつ!! ルイか」
触っていたら現れた一つの画面。そこには、ベッドに横になっている彼女をベッドサイドで愛おしそうに見つめているジルヴェスターが映し出されていた。ジルヴェスターはイレーネの手からサッとスマホを奪うと早々に魔法で消してしまう。その顔は少し赤い。本当に珍しい表情に陛下も慌てたようにジルヴェスターに近づく。
「ちょっと、ちょっと! 君がそんな表情するなんて、本当に何があったの!? 僕にもさっきのすまほとか言うの見せてよ!」
「戻れ! というか、イレーネ。お前何か用だったんじゃないのか?」
またしても椅子に強制送還させたジルヴェスターは先ほどの表情はすでにない。少し残念に思いながらもイレーネは指を鳴らし、数枚の紙を取り出すとジルヴェスターに渡す。
「このお時間でしたので、私が言付けを預からせていただきました。明日予定していた国葬が中止になりましたので、中止になった分の費用についてになります」
その言葉に不愉快そうな顔でジルヴェスターが書面を読み進める。だが、読み進めながらその顔はだんだんと険しいものへと変化する。
「おい……。なんだ、この額は?」
紙面に書かれている莫大な額を知っているイレーネはジルヴェスターから少し顔をそむける。
「陛下が盛大にと言われておりましたので、皆張り切りました」
まさか、イレーネ自身も張り切ったとは言い出せない。ここは陛下に犠牲になってもらおうと陛下の方を見る。
「張り切ってんじゃねぇよ! って、あいつどこ行きやがった!?」
「逃げられましたね」
今の一瞬で姿を消した陛下にジルヴェスターは書面を握りつぶす。
「殺す!」
そんな物騒な言葉と共に、陛下を追うようにジルヴェスターも姿を消す。書面の返事も求められていたが、ジルヴェスターがいない今、返事はしばらくお預けだろうとため息をつく。
「まぁ、面白い収穫も出来たので良いことに致しましょう」
クスッと笑いながらイレーネは隠し持っていた小さい紙を取り出す。ジルヴェスターが彼女を愛おしそうに見ている姿。イレーネはスマホを返す直前それを魔法で写し取って隠したのだ。もう一度その紙を見た後、魔法で消し陛下が座っていた机へ向かい一礼する。
「では、陛下おやすみなさいませ」
その言葉と共にイレーネは姿を消す。それを確認した王はのっそりと机の下から這い出し姿を現す。
「まったく、油断のならない臣下達で本当に頼もしいよ」
小さく笑い、誰にともなくおやすみと呟いた王も静かにその場を後にしたのだった。